第31話 決心の裏側

 街の中心部、あたしとエリーゼは川沿いに様々な工房が建つ区画にやってきた。冒険者ギルド前の広場からずっと、肩を怒らせて歩いていたエリーゼだが、ここにきてストンと肩の力を抜いた。そしてぽつりと呟く。


「面子というのは面倒なものです」


 工房から響くつちの音、売り子たちの呼び込みの声、そういった喧騒の中にあっても、その呟きはあたしの耳に届いた。不思議な声色に少し戸惑いつつ――そしてご機嫌が直ったことを期待しつつ――伺うように話を合わせる。


「ヴォルフがすみませんでした、あんなに大声で騒ぐから」


「いえ、衆目を集めてしまうのは少し予想外でしたが、彼には感謝しているのですよ。きっと私が望んでいたことですから」


「エリーゼ様が……?」


「誰かに発破をかけて貰いたかったのでしょうね、私は」


 エリーゼはあたしを振り返り、申し訳無さそうに笑った。意図を汲みきれず困惑するあたしに詫びるように、エリーゼは語り始めた。


「私の従士たちは、不甲斐ない私をよく励ましてくれたものです。時には友人のような軽口を叩きながら」


「仲が良かったんですね」


「幼馴染でしたからね。幼い頃、城を抜け出して遊びにいった先で出会ったのが、彼らだったのです……勿論許されることではありませんから、私も彼らも、それぞれの親からひどく怒られたものです。その点は本当に彼らに申し訳なく思っています」


「ふむ」


 今まで聞いたエリーゼの幼少期の話と統合するに、やんちゃだったんだなぁと思いつつ。


「……口ぶりからすると、それでもお城から抜け出すのをやめなかったんですね?」


「正解です。私は懲りずに彼らに会いにいき、彼らもまた私を受け入れてくれました。”一緒に悪いことをしている”というのは、子供心に本当に心地よかった。きっと彼らもそうだったのでしょう」


「わかりますよ」


 スラム街の子どもたちの中にある奇妙な連帯感の正体は、それだろう。あたしとヴォルフの絆も、数えきれないくらいの「悪いこと」の上で育まれた。あたしたちのそれは、衛兵に見つかったら仲良く手首切断刑という類のものだが。


「彼らと私はいつしか友人になっていました。よく野を駆け回って遊んだものです。しかし男と女です……ああ、色恋の話ではないですよ。成長するに従って、女の身である私は彼らの体力についてゆけなくなったのです」


「それもわかります。あれは……理不尽です」


「ええ。……私は彼らに文句を言いましたよ、『私は皆みたいに早く走れないし、強く棒を振ることもできない』と。それから私は彼らと遊ばなくなり、でも悔しくて、師匠に稽古を頼んだりしました」


「あれ、じゃあ従士さまたちは……」


「再会したのは、成人してからですね。父が私に従士なり騎士なりをつけようと考えていた頃、彼らが士官を申し出てきたのです。親に頼み込んで学校に通わせてもらい、退役兵に武術を習ったそうです。そして私にこう言ったのですよ、『貴女は早く走れなくとも、強く棒を振れなくともよいのです。それらは全て我々が引き受けます』と」


「おおー……」


 あたしは感動しつつ、背筋に寒いものを感じていた。エリーゼの口ぶりには、そんな従士たちを喪った悲しみや後悔が確かににじんでいた。だがほんの少しだけ、滑らかで、それでいて冷たい――蛇がするりと身体に巻き付くような、不可思議な感覚を覚えたのだ。


「彼らはよく尽くしてくれましたよ。公的にはもちろん、先程申し上げたように、私的に励ましてもくれました」


「……エリーゼ様」


「はい」


「ヴォルフに、彼らの代わりをやらせようとしました?」


「はい。……ああ、誓って申し上げますが、意図的にではありませんよ? 私だって先程気づいたのです、無意識にそうしていたのだと」


「それは……」


 いつの間にか、甲冑工房についていた。エリーゼはあたしとの話を中断し、職人に声をかけ、自分の甲冑を受け取った――持つのはあたしだが。兜を見てみれば、ヴォルフが木剣で凹ませた部分は綺麗に直っていた。


 職人とエリーゼに、文句を言うような口調で話しかける。よく見てみれば、職人の目元にはひどい隈があった。


「流石に骨が折れましたよ、打ち直しを2日でやれとは。お陰様で寝ずに作業するハメになりました。まあ特急料金を頂けたので、文句はないんですがね……」


「ご苦労をおかけしました」


 そう言ってエリーゼは、ボーナスなのであろう、銀貨を数枚手渡した。職人は満足げに頷くが……そこにはボーナスへの喜びだけでなく達成感……いや、心酔するような色さえ浮かんでいた。


 この女はどういう手管を使ったんだ? いや、? 継承争いから身を引いて修道院に入ると言っていなかったか?


 混乱するあたしに、エリーゼは「さあ、戻りますよ」と声をかけた。彼女のあとについて歩きながら、あたしは疑問をぶつける。


「……どこまでが仕込みだったんです?」


「わかりません。本当にわからないんです。直感に従って行動したら、こうなったんです。こうなるんです」


「余計にタチが悪いです」


「でしょうね」


 あたしは確信した、この女は相手の感情に訴えかけて、自分の望むように行動させる才能があるのだと。


 最悪だ。ヴォルフはエリーゼに覚悟を決めさせてしまったのだから。彼女はきっと、今こうして気づいてしまった自分の才能さえ、全力で活用する気でいるのだろう。そして真っ先にその才能の餌食になるのは、あたしとヴォルフだ。彼女のために死ぬことさえいとわないようになる。喜んで死ぬようになる――そんな未来が想像できた。


 だが何故、彼女はこんなことをあたしに話すのか。少なくともヴォルフに「あいつは危険な女だ」と警告させるためではないだろう。あたしはため息をついてから、尋ねる。


「……要求は?」


「ヴォルフをお手伝いをお願いします」


「対価」


 エリーゼはにっこりと笑ってから、あたしとヴォルフへの「贈り物」を説明した。あたしはそれをゆっくりと吟味し、頷く。


「……商談成立です」


「ありがとうございます」


 あたしとエリーゼは、こつんと拳を突き合わせて笑い合った。誰かと一緒に悪いことをするのは、楽しいものだ。

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