第14話 馴れ初め

 翌朝、俺たちは冒険者ギルド前に集合した。ギルドへの出立報告は既にレオ爺さんが済ませてくれたので、簡単に装具点検を済ませ、さて出立するかという流れになったその時。エリーゼが「あっ」と声を上げた。


「どうした?」


「いえ、ほんの少しだけお時間ください」


 彼女はそう言うと、昨日俺たちが模擬戦を行ったあたりをキョロキョロと見渡し、目当てのもの――木の枝と石ころを発見し、手に取った。


「試してみても?」


「もちろん」


 エリーゼは微笑むと、石ころを地面に置き、木の枝にエンチャントを施した。そして両手で枝を握り、すとんと肩の力を抜く――いつの間にか木の枝を振り上げていた。「武器を振り上げた」という認識するのが一瞬遅れてしまうような、自然な動き。


 そしてやはり「武器を振り下ろした」と気づくのが一瞬遅れるような、自然かつ鋭い動きで、石ころを叩いた。


 枝は、折れた。


「……まだ、ヴォルフさんには及ばないようですね」


「そりゃ大量に狩ったとはいえ地下2階の魔物だからな……だが、よく見てみな」


 石ころを指さしてやると、エリーゼの顔に驚きと、小さな喜色が浮かんだ。石ころは真っ二つに割れていた。


「こうして成長が実感出来ると、嬉しいものですね。いえ、私が成長したと言うのはおこがましいですね……神より賜った祝福に、感謝しなければ」


「神ぃ?」


 教会の公式見解では、迷宮とは神が「試練の場」として地上に造ったもの、ということになっているらしい。フィリップ助祭の受け売りだが。


「だとしたら本当に神様は太っ腹なんだろうな」


 俺みたいな不信心者でも、魔物を倒せば祝福をくれるんだからな――と言おうとして、やめた。エリーゼは教会ジョークに良い反応をしなかったことを思い出したからだ。


 迷宮に向けて歩き出しながら、話題を変える。


「そういえばよ、なんかアンタさ、石ころ相手にしてる時と俺を相手にしてる時、雰囲気が違くねぇ?」


「それは……ヴォルフさんは生身の人間相手ですし、敬意と敵愾心てきがいしんも持って臨んでいますよ?」


「あー、そういうことじゃなくて」


 ヘラが割り込んでくる。


「石ころ相手の時は、力が抜けてて攻撃動作が見えづらいんですよー」


「そうそれ! なのに俺相手の時はよ、読み合いで勝ってるのに、技の出かかりが普通に見えちまってるんだよな。だからギリ対処出来ちまう」


 エリーゼは困ったような、申し訳なく思っているような、微妙な表情になった。


「あー……それは、師匠にも言われました」


「へえ、てっきり親父さんにでも習ったのかと思ってたぜ。貴族ってのはそういうの、わざわざ雇うんだなぁ」


「まあ、父上が男兄弟向けにと雇ったところに、私も無理を言って一緒に練習させて頂いただけなのですけれどもね。今になってそれが活きるとは思いもしませんでしたが」


 ここでレオ爺さんが「ふむ」とヒゲをしごいた。


「エリーゼ様はまだ戦いに慣れていらっしゃらぬのでしょう。……『女子を傷つけてはまずい』と、本格的な模擬戦には参加させて貰えなかったクチでありましょう?」


「実を言うと、そうなのです。相手が反撃してこない打ち込み練習はさせて頂いたのですが、それでも『実戦なら相手がどう動くか』などと考えを巡らせていると、身体に力が入ってしまって……」


「それは相手の反撃を常に警戒しておられるがゆえでしょうな。反撃を気にせず跳ぶような死にたがりよりは余程マシですわい」


 明らかに俺の悪口だが、これについては散々説教を食らったので反論はしない。


「ちなみにエリーゼ様、力が入ってしまうことについては、師匠から何かアドバイスを貰いましたかな?」


「2つ頂きました。1つは慣れること……これについては当時、なら正式な模擬戦に参加させて頂きたいと散々思いましたが。もう1つは」


「『落ち着いて封殺せよ』ですかな?」


「……当たりです」


「ハンスの言いそうなことですな、ムハハ。太刀筋を見てもしやとは思っておりましたが」


「えっ、師匠をご存知なのですか!?」


「奇縁というやつですのぅ」


 2人はエリーゼの師匠についての話で盛り上がり始めたが、俺とヘラは置いてきぼりだ。ヘラは肩をすくめる。


「ほんと、レオお爺ちゃんって何者なんだろうね? 貴族の剣術師匠になるような人と知り合いだなんて」


「さぁな。聞いても『さすらいの老戦士』だとか『愛のために戦う男』としか言わねえもん、わかんねぇ」


「『啓蒙する老戦士』、『青い血を隠して戦う愛の吟遊詩人』、『世を儚む大魔法使い』なんてバリエーションもあったね」


「娼館通いさえなけりゃ、どれか1つくらい信じられるんだけどな」


「言えてる~」


 ここでレオ爺さんが「聞こえておるぞおぬしら!」と怒り始めたが、エリーゼがなだめに入った。


「まあまあ……ところで、お三方の馴れ初めを伺っていませんでしたね。ヴォルフさんとヘラさんが幼馴染なのはこの前伺いましたけれども、レオさんは……?」


「……ヤボ用でこの街を訪れた折、こやつらが初めて迷宮に潜る場面にたまたま居合わせたのです。信じられますか、ヴォルフはフィリップ助祭に恵んでもらった小盾バックラーと棍棒だけ、ヘラに至っては木の棒にナイフを括り付けた槍だけを手に、『一発成り上がろうぜ!』と息巻いておったのです」


「まあ……」


 懐かしいなぁ。迷宮に潜ると言ったらさんざんフィリップ助祭に止められたが、「じゃあ盗みで生きていく方がマシか?」と聞いたら、聖都からの旅で使ったという小盾と棍棒をくれたんだよな。ヘラはどこかからかっぱらってきた建材を槍にしたんだっけ。


「どう考えてもこれは初回で死ぬと思いましてのう。見殺しにするのも心が痛む、せめて独り立ちするまでは面倒を見てやろうと、こうして指南役を買って出てやったのです……わかっておるのかヴォルフ! ヘラ! おぬしらはわしの善意があってこそ生き抜いておれるのじゃからな!」


「それについてはマジで感謝してるよ」


「うん」


 エリーゼがくすくすと笑いながら「レオさんはお優しいのですね」と言うと、レオ爺さんは「いえいえ、人として当然のことをしたまでですわいムッフォフォフォフォ」とヒゲをしごいた。褒めるとすぐ調子に乗るんだよなこの爺さん。


 話しているうちに、俺たちは迷宮に侵入を果たした。エリーゼとの迷宮探索2日目が始まった。

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