第13話 ヘラの小さな胸中 2
あたしは戦利品の山を、精算カウンターにどんと置く。ギルド職員が目を丸くしているのが面白かった。普段地下2階を狩り場にしているような冒険者では、膂力の問題で到底運びきれないような量だからだ。そもそも1日に狩りきれるような量でもないけれども。
「では鑑定しますので、一緒にご確認お願い致します」
職員がサラマンダーの皮を手に取り、大きさや状態を確認してゆく。これはレオお爺ちゃんが得意なので彼に任せて、あたしは意識をヴォルフのほうに向ける。丁度エリーゼと話しているところだ。
「……立派な殿方が、淑女を困らせないでください」
「なんとなく、生きてる世界が違うんだなぁってことはわかったよ。あんなの、ヘラは絶対言わねえもん」
「そういうところですよヴォルフさん」
そういうところだぞヴォルフ。
まあ、良い。あたしに品というものが無いのは純然たる事実なのだから――だがこれについては、手を打ってある。模擬戦後にエリーゼを介抱している間、あたしはエリーゼに礼儀作法を教えてもらう約束を取り付けたのだ。代わりにあたしは、彼女にレスリングを教えることになったが。
レオお爺ちゃんが、意味ありげな視線を送ってきた。このお爺ちゃんは、あたしの気持ちをわかった上で、遠巻きに応援してくれている。
「……よいのか?」
「いいよ、ゆっくり成長していけばいいんだ」
「そうか。では買い取ってくれ。これについてはケチはつけぬよ、迅速な血抜きも出来なかったゆえに」
「へ?」
視線を精算カウンターのほうに向けてみれば、ギルド職員が血牛の脚を持って「5ペニヒですかねぇ」と言っていた。あたしは慌ててそれをひったくって取り戻す。
「わー! これはダメだよ、あたしが食べるんだから!」
「確認したじゃろうが!? さては話を聞いていなかったな!?」
「てっきり別の話だと思ってたんだよぅ!」
レオお爺ちゃんは肩をすくめ、それからギルド職員のほうに向き直った。
「すまんな、ではこれで全てじゃ」
「承知致しました。ではご確認ください。まず血牛の角、上等品が12点……」
ギルド職員は査定が終わったものの数量と値段を読み上げながら、算盤を弾いてゆく……退屈だ。ヴォルフに意識を向けていて聞き逃した部分を、レオお爺ちゃんに尋ねる。
「死喰い蝙蝠の肝って何個だっけ」
「18」
「じゃあ全部合わせて4グルデンと12クロイツァーと2ペニヒだね」
レオお爺ちゃんは片眉を上げ、暗算を始めた。ギルド職員も「少々お待ち下さいね」と算盤をいじる速度を上げた。
「……うむ、合っておるな」
「……合っていますね」
ギルド職員が金庫へと向かう。
「おぬし、記憶力と計算能力はずば抜けておるよな」
「前に約束した通り、ヴォルフには秘密だよ?」
「スラムの住民というのは、そんなにも”頭が良いこと”への忌避感があるんじゃなあ」
「それが下層民の共通言語みたいなものだからねー」
「じゃが、少なくともヴォルフはそこから抜け出そうとしておるんじゃろ」
「うん。そういう意味で、まだ本気じゃないんだと思うよ。貴族になりたいっていうのは」
「面倒なガキじゃ」
戻ってきた職員が、カウンターに硬貨を置いた。レオお爺ちゃんが枚数と品位を確かめてから受け取る。レオお爺ちゃんは職員と二言三言話した後、振り返った。
「では戻って分配じゃな」
「先に戻ってて。あたしはこれを調理してもらってくるよ」
あたしが血牛の脚をぶんぶんと振ると、レオお爺ちゃんは悲しそうな目であたしの胸を見た。ぶち殺してやろうか。
◆
最初にレオ爺さんが戻ってきて、それから焼いた牛肉を持ったヘラが戻ってきた。俺たちは食堂で腰掛け、カネの分配をしながら今後のことを話し合う。
「今日は大戦果だったがよ、イザークが言っていたことも事実だよな。俺たちもはやいところ地下5階に潜らねえと、間に合わねえだろ」
レオ爺さんがワインで口を湿らせてから答える。
「焦りは禁物じゃ。だが今日は想定より……正直に言えば2日ぶんほど多く狩れたからの、工程を早めようとは思う。明日は地下3階にゆこう」
エリーゼが顎に手を当て、「地下3階ですか……」と呟いた。そういえば、こいつの従士が殺されたのは地下3階だったな。地下5階の魔物が這い上がってきたという事故はあったとはいえ。
「エリーゼ様の懸念は理解しますぞ。ですので地下3階でも辺縁を狩り場にし、主要通路には近づかないように致します」
「ギルドの方は何か仰っていましたか?」
「深い階層から魔物が上がってくる現象は、未だ続いているようですな。とはいえ目撃報告が多いのはやはり主要通路です、そこを避ければ比較的安全かと」
「わかりました」
ヘラが牛肉にかぶりつき、「ヴォエッ、生臭ぁ!」と顔をしかめた。
「血抜きしなかった肉はそんなもんじゃ」
「ここまで酷いとは思ってなかったよ……そういえばさぁ、スヴェンがイザークに雇われてたのは意外だったよね。あの人、他人とパーティー組まないことで有名じゃん?」
名高い冒険者というのは幾人かいるが、スヴェンもその一人だ。
「組めないの間違いだろ。性格難で有名だからな」
「イザークは知らないで雇ったのかなー。あ、肉食べる?」
「性格難同士、お似合いだろ……ヴォエッ、生臭え!」
エリーゼがくすりと笑う。
「いっそ、仲間割れしてくれたら嬉しいのですけど」
「おっ、意外と腹黒いな?」
「戦略的と言って頂きたいですね……さて、明日は何時集合にしましょうか?」
「地下3階の辺縁に行くなら、移動時間長くなるよな。そのぶん早めに出発するか。6時でどうだ」
「では、そのように。……ヘラさん、お肉頂いてもよろしいですか?」
「いいですけど、マジで生臭いですよ」
「そうは言っても牛肉は精がつきますからね、多少は我慢しますよ」
エリーゼは日用ナイフで牛肉を一切れ突き刺し、口に運んだ。口元を隠しながら咀嚼し……無表情で、ワインを飲んだ。
「お味はどうだい、姫様よ」
「……興味深い風味でした」
それが「不味い」の上品な言い回しなんだろうな。俺も今度から不味いもん食ったら「ヴォエッ、興味深い風味!」って言おうかな。
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