第8話 確認
簡単な「準備」を終わらせた俺たちは、昼食をとりつつエリーゼを待った。
正午過ぎにエリーゼはやってきたのだが、完全武装で、しかも兜のバイザーは降ろしたままという出で立ちだった。レオ爺さんと一緒に契約書の複写を作っている時でさえも、バイザーは上げなかった。理由は察せるが、そんな精神状態で迷宮に潜るのは確かに危険だ。
予測が当たったレオ爺さんはニコニコ顔で彼女をギルド本部の庭先に連れ出し、「まずはじめに」と切り出した。
「迷宮に潜る前に、わしらはエリーゼ様の実力を知っておく必要があります。わずか一ヶ月で貴女様を武術大会で通用――それどころか優勝に導くためには、綿密に計画を立てねばならぬからです」
「それは、一刻を捨てる価値があることなのですね?」
「その血貴きお方、例えば合戦前の軍議が無駄か否かは、意見がわかれるでしょうな」
「……わかりました、進めてください」
「大変結構。……では、まずはじめに基礎を確認致します。人々が迷宮に潜るのはひとえに祝福を得るためですが、具体的に、祝福とは人に何をもたらすのか。ご存知ですな?」
「1つ、膂力を強靭たらしめる。1つ、武器物の具を固める。1つ、世の理を曲げる」
エリーゼは、まるで文章を朗読するかのようにそう言った。
「流石ですな。そしてそれらの効果は、どのような傾向で発現するかは人により千差万別です。例えばヘラは膂力強化に特化しております」
ヘラはレオ爺さんが用意した拳大の石を拾い上げ、ぶどうでも潰すかのような気軽さで握り込み、砕いた。
「その代わり、あたしはナイフくらいにしか魔素を通せないんですよー」
「然り、彼女は武器物の具を固める――ようはエンチャントが苦手です。これが得意なのが、ヴォルフですな」
呼ばれた俺は、これまたレオ爺さんが用意した木の枝を手に取る。細く古い枝で、町娘の力でも折るのは容易いだろう――そこに魔素を通す。そして、地面に置かれた石に振り下ろす。
石は鉄剣で斬られたかのように真っ二つに砕けた。木の枝は無傷。
「固めた小盾で守るのが俺の仕事なんだが、別に膂力強化を受けてない訳じゃないから、こうして攻撃もできる」
「然り。まあ、ヴォルフのように膂力強化とエンチャント能力、どちらも得手不得手なく授かる者が多いですな。逆に授かる者が少ないのが、世の理を曲げる――魔法を扱う能力ですな。このわしのように」
そう言ってレオ爺さんは指先に炎を熾し、無駄に風を吹かせてローブをなびかせた。うぜえ。
「……して、エリーゼ様はどのような形で祝福を授かったのか、教えてくださいますか?」
「私は膂力強化とエンチャント能力のようです」
「結構。では今の実力を見せて頂きましょう」
レオ爺さんが合図したので、俺は持っていた木の枝をエリーゼに投げてやる。エンチャントは、それを施した人間の体から離れると効力を失う。つまり今エリーゼが掴んだ木の枝は、石に当たれば折れてしまう、ただの古い細枝というわけだ。
レオ爺さんは、エリーゼの前に「どうぞ」と石を置いた。エリーゼは枝に手をかざす。
「天にまします我らが父よ……」
「……エンチャントの時に真面目に聖句唱えるやつ、初めて見たぜ」
「えっ、皆さんはしないのですか?」
「唱えなくても効果は同じだろ? それに敵前で長々唱えてられっかよ」
「それは……そうですが……」
俺はぐい、とレオ爺さんに肩を引っ張られた。
「この不信心者のことはお気になさらず。さ、はじめてください」
「は、はい」
エリーゼは両手で枝を持ち、石と相対した――綺麗な構えだな、と思った。プレートアーマー越しでも、無駄な力が入っていないことが見て取れた。何も気負わず、自然体で――あまりに自然過ぎて、彼女が腕を振り上げたことに気づくのが一瞬遅れた。
「はあッ!」
そして一閃。やはり振り下ろす瞬間を認識するのが一瞬遅れるような、自然で滑らかな動き。そうして振り下ろされた枝は、石にぶち当たり、弾けるような音を立てた。
ヘラが「いてっ」と叫ぶ。
木の枝は、折れていた。そして破片がヘラの額にぶち当たったのだ。
「ああっ!? すみません!」
「いやいや、大丈夫ですよー」
ヘラは駆け寄るエリーゼを手で制した。祝福を受けると肌まで強靭になるからな。魔素が抜けた木の枝が当たったくらいでは、傷ひとつつかない。
彼女たちを横目で見ながら、俺とレオ爺さんは打たれた石を拾い上げてみた。
「……あー、ヒビは入ってるな」
「そのようじゃな。このぶんなら、一週間もあれば充分追いつくじゃろ」
「早くねえか?」
「ハイペースで魔物を狩ればそれくらいじゃ。それについてはひとつ見込みがあるでな……」
「また何か企んでんのか? まあ任せるけどよ」
「大変結構――エリーゼ様、エンチャントの実力は測れました。次は武技を見せて頂きたく」
そう言ってレオ爺さんは、用意していた木剣をエリーゼに差し出した。
「ヴォルフと模擬戦を。急所攻撃は寸止め。祝福のぶんだけヴォルフが膂力で有利ですが、甲冑と武芸で相殺されましょう。如何か?」
「……受けて立ちましょう」
ふむ、ここで模擬戦か。レオ爺さんの考えがわかる、これはエリーゼをぶちのめして、俺たちの指示に逆らわないよう「しばく」――教育しようと言うのだろう。早く強くなりたいからって、独断専行で迷宮の奥に行かれたら困るからな。
それも相手の心が弱っている時にやろうと言うのだから、レオ爺さんはやっぱり性格が悪い。
レオ爺さんは俺にも木剣を渡しながら、小さくつぶやいた。
「よく見て学ぶのじゃぞ」
「……あ?」
「行って来い」
レオ爺さんは俺の背中を押し、エリーゼの前に立たせた。……なんで「ぶちのめせ」とか「くれぐれも負けるなよ」じゃないんだ?
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