第24話 死闘

 オーグルは斧頭ふとうを右下段に下げた構えで待ち受ける。その巨体ゆえに奴のほうがリーチが長い。やりづらい相手だが、受けに回ればリーチ差で封殺されるだけだ。それにレオ爺さんも助けに行かねばならない。先手を取って、こちらから封殺しなければ。


 俺とヘラが同時に駆け出した。オーグルは俺たちを見渡し――俺に視線を定めた。瞬間、俺の目の前を斧頭が通り過ぎた。下から、上へ。


「うおッ……!?」


 速い。そして重い一撃だったのが見て取れる。反射的に飛び退っていなければ、小盾で受け止めたとしても宙に跳ね上げられていただろう。


 急制動のせいで一瞬身動きが取れなくなる。オーグルの次の攻撃――はヘラに向いていた。斧を振り上げると同時、回し蹴りを繰り出していたのだ。しかも、すくい上げるような軌道で。


「ッ……」


 ヘラも飛び退って蹴りを回避。後詰めのエリーゼは動けないでいた。オーグルの斧の石突が、エリーゼを正面に捉えていた。攻め込めない。俺たちは距離を取り直した。


「こいつ……手練てやがる」


「うん。あたしたちを浮かせようとしてきた」


 両足が宙に浮いたら死ぬ、とはレオ爺さんに何度も言われたことだ。続く攻撃を回避出来なくなるからだ。そしてオーグルは掬い上げるような攻撃を繰り出してきた。いかに祝福で膂力が強化された人間でも、体重そのものは変わらない。馬鹿力で掬い上げられれば、身体が浮いてしまう。こいつは自分より小さくて軽い奴との戦いに慣れている。


 エリーゼが指示を飛ばしてきた。


「お二人は背後に回り込んで、圧力をかけて。可能なら足の健を斬ってください」


「あいよ」


「了解です」


 俺とヘラがオーグルとの距離を保ちつつ、その背後に回ろうと動く。だがオーグルは巨体に似合わぬバックステップでそれを阻んだ。


「クソッ、歩幅の差が――」


 悪態をつきながら、駆ける速度を増そうとしたその瞬間。オーグルが急突進してきた。エリーゼに向かって!


「なっ」


 加速し始めるまさにその瞬間だった俺は、方向転換が遅れてしまう。カバーに入れない。オーグルの掬い上げるような石斧の振り上げが、エリーゼに繰り出される。


「待てコラッ!!」


 身軽なヘラが、オーグルの動きに喰らいついた。足首にナイフを突き立てようとする。だがオーグルは後ろ蹴りを繰り出し、ヘラに直撃した。


「ぶえっ!?」


「ヘラ!」


 ヘラが吹き飛ばされ、後方の木にぶち当たる。だが彼女が一瞬だけオーグルの動きを止めたお陰で、エリーゼは石斧を回避する猶予が出来ていた。エリーゼはオーグルを迂回するように機動し、俺と合流した。


「ヘラさん、無事ですか!?」


「……今にもゲロりそうですけど無事です」


 ヘラはよろよろと立ち上がったが、衝撃が抜けきるまで時間がかかるだろう。実質、ここからは俺とエリーゼだけで対処しなければならない――だが、俺たちの数的優位が減ったというのに、オーグルは詰めてこなかった。奴は俺とエリーゼを交互に睨み、慎重に石斧を構え直した。


「……剣を警戒しているのでしょうか」


「かもしれねえ」


 オーグルは俺とエリーゼには石斧で攻撃したが、ヘラに対しては2度も肉弾攻撃を仕掛けた。確かにヘラのナイフの刃渡りでは、奴の皮膚を貫通出来るかも怪しい。だが俺とエリーゼの剣なら、オーグルの丸太のような腕であっても、骨まで刃は届きそうだ。その間合いまで踏み込めればの話だが。


「俺と姫様の同時攻撃はどうだ」


「考えてみましたが、奴の片腕か片脚と引き換えに私たちどちらかが死にます」


「そんな気はしてたよ」


 とにかくあの石斧のリーチが厄介だ。巨大な腕で長大な石斧を振る以上、どうしても奴の攻撃が先にこちらに届く。それをなんとかしていなして踏み込んでも、その間に奴は石斧を引き戻す猶予がある。そして互いの距離が近づけば近づくほど、攻撃を「見てから避ける」のが難しくなる。二撃目は避けられないと考えるべきだ。


 ヘラが悪態をつきながら合流してきた。


「クソッ……斧をどうにかできればなぁ。肉弾攻撃ならギリ死なないってことがわかったし」


 全員が生き残りつつ勝つには、やはりあの斧を封じなければ話にならない。あれさえ無ければ、殴られようが蹴られようが、耐えながら手足を一本一本斬り落としていって勝てるのに。


 朝方にエリーゼが木の枝で石を斬ったように、どんな粗末なものにでも殺人的な強度を持たせられる、エンチャントという技術がこれほどまでに厄介なのだと痛感する。エンチャントさえされていなければ、石の斧頭はヘラの拳で砕けるだろうし、柄は俺やエリーゼの剣で斬り裂けるだろう。ただの石と木の組み合わせなのだから。


 ……そうか。


 エリーゼが「やはり私が斧を受け止めます、防御に徹すれば……」と言いかけたのを、俺は遮る。


「考えがある」


 俺が作戦を説明している間も、オーグルは動かなかった。奴の背後では、もう一体のオーグルとレオ爺さんが戦っている。レオ爺さんは魔法を連発しつつ距離を取ろうとしているが、体格差ですぐに追いつかれてしまう。レオ爺さんの体力が切れる前に、こちらを片付けねばならない。


「――以上。どうだ?」


 エリーゼとヘラに問う。


「迷ってる時間はなさそうですね、やりましょう」


「最低だけど最高だね、やろう」


 方針は決まった。即座に俺たちは隊列を整える。俺が先頭、その後ろにヘラ、最後尾がエリーゼという縦隊。


 オーグルは面白がるように口角を歪めた。こいつ、俺たちとの戦いを楽しんでやがる。あるいは弱者のあがきを見るのが楽しいのか。


「いいぜ、楽しませてやるよ……行くぞッ!」


 俺たちは駆け出した。オーグルは斧頭を下に、振り上げの構え。オーグルの腕の筋肉が隆起する。来る。当たれば即死、そうでなくとも宙に跳ね上げられる一撃が。


 だが、俺は突進を続けた。もう回避動作を取り始めても絶対に石斧を避けられない距離。斧頭が迫る――俺は回避の代わりに、目一杯姿勢を低くした。


「喰らえッ!」


 ヘラが叫んだ。瞬間、俺の頭上をと、が駆け抜けた。


「!?」


 水しぶきが石斧全体にふりかかる。オーグルが驚愕の表情を浮かべたが、石斧はもう止まらない。俺は小盾で斧頭を受け止め――斧頭が弾け飛んだ。石斧の柄は、溶けながら折れていた。


「エロ水だ」


 エロ水は植物繊維を溶かす。ならば木も溶かすだろう。どの程度の速度で木を溶かすのかは未知数の賭けだったが、うまくいった。小柄なヘラを俺の背後に隠し、彼女はエロ水の入った水筒を馬鹿力で殴ったのだ。


 俺はオーグルとの距離を詰めつつ剣を繰り出す。オーグルは回し蹴りを繰り出してきた――ああ、斧からの蹴りはこいつの癖だったのかな。


「悪手、だッ!」


 俺の剣はオーグルの足首を斬り飛ばした。だが、振り抜かれた脛が俺の胸を直撃した。凄まじい衝撃が駆け抜け、身体が吹き飛ぶ。


「ぐうッ……!」


 背中から木にぶち当たり、停止。胃から熱いものが込み上げてくるのを堪え、立ち上がる。戦況を確認――既にほとんど決着はついていた。


 ヘラがオーグルの無事な足――軸足に組みつき、エリーゼは長剣を振り上げていた。


「やあッ!」


 エリーゼが長剣を振り下ろす。オーグルは拳で迎撃。オーグルの拳が半ばまで斬り裂かれたが、勢いそのままにエリーゼの身体を打った――だがエリーゼは吹き飛ばない。威力が乗っていなかったからだ。


「おっらあああああああァァァァァ!!」


 ヘラがオーグルの巨体を持ち上げ、姿勢を崩していた。俺は駆け出す。ヘラはオーグルの身体を振り回し、地面に叩きつけた。瞬間、エリーゼと、戦線に復帰した俺が剣を振り下ろす。オーグルの首目掛け。


「GRRRRRUA!?」


 オーグルは両手で首を守ったが、その手は俺とエリーゼの剣で切断された。首には届かなかったか。もう一撃。


「AAAAAGGGGGGGHHHHH!」


 腕を振り回して俺たちを振り払おうとするが、それは叶わなかった。突如オーグルの顔が苦痛に歪み、動きを止めたのだ。ごきり、と嫌な音がした。ヘラがオーグルの足首を捻り上げ、足首と膝を同時に破壊したのだ。


「ナイスアシスト」


「見事」


 俺とエリーゼの剣が振り下ろされ、オーグルの首は跳ね飛んだ。


「よし……っと、次だ!」


 俺はレオ爺さんの方を向き――ひゅっ、と息を呑んだ。


 もう一体のオーグルの石斧が、レオ爺さんを捉えていた。オーグルは左腕を失っていた。右腕一本での一振りだというのに、それは防御に使った小剣をへし折り、レオ爺さんの身体を弾き飛ばした。

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