第49話 エピローグ

 ――半年後。


 新帝都ウィーンにて、俺は「帝国騎士」に叙勲された。これは領地なしの爵位だが、世襲が認められた。おまけに皇帝から「フォン・突き刺す者シュテッヒャー」の姓まで貰った。俺が異形の民の胸を突き刺した場面は、ちゃんと見られていたらしい。


 叙勲式後に王宮で開かれた夜会を抜け出した俺は、ヘラを連れ立って庭を歩いていた。2人とも急いで仕立てた礼服を身にまとっているが、どうにも似合わない。礼儀作法もあの後レオ爺さんに死ぬほど叩き込まれたが、爺さんやエリーゼ以外の貴族の前でお行儀よく振る舞うのは、疲れる。だからこうして抜け出してしまったのだ。


「……ケッ、領地なしかぁ。散々嫌味言われたぜ、領主貴族サマがたによ」


 抜け出した理由はもう1つあった。領主貴族たちからの嫌味である。勿論、これは事前に予測していた。……予測はしていたが、腹が立つものは腹が立つ。ナメられない程度に言い返しはしたが、一旦頭を冷やす必要があった。流石に叙勲初日に乱闘騒ぎを起こして皇帝の不興を買いたくはない。


「仕方ないよ、今回の事件で陛下も結構領地失なっちゃったみたいだしさ。余裕ないんでしょ」


「まぁな……」


「……ふふ、でも果たせたじゃん、夢」


「ああ。俺に賭けて正解だっただろ?」


「ふふん。正確にはヴォルフとあたし自身に賭けて正解だった、かな」


 そう言ってヘラはくるりと回ってみせた。


「賭けに勝って、あたしは英雄ヒーローの妻で、ヴォルフは女英雄ヒロインの夫になった。でしょ?」


「ああ」


 2人で笑い合っていると、後ろから声をかけられた。


「ヴォルフ、ヘラ。お久しぶりです」


 綺羅びやかなドレスに身を包んだエリーゼであった。2人の従士――新人だろう――を引き連れて小走りで近づいてくるが、その所作すら洗練されていた。


「よぉ、姫様……いえ、ローゼンハイム、ご機嫌麗しゅう」


「そんなに畏まらなくて結構ですよ。私たちの仲でしょう?」


「そりゃどうも」


「……聞きましたよ、領地までは頂けなかったと。私のほうでも領地を御下賜なさるよう陛下に請願していたのですが、力及ばず」


「そこまでしてくれてたのか? 悪いな」


「いえいえ、むしろ僥倖でしたとも」


 エリーゼは茶目っ気のある笑顔になった。


「……どういう意味だ?」


「いやなに、我が所領より1つを切り取って――」


「……すまねぇけど、受けられねぇよ」


 俺はエリーゼのオファーを蹴って、彼女と対峙する道を選んだ。異形の民にその道ごとぶち壊されたとはいえ、面子というものがある。


「ふふ、そう仰ると思ったので……ヘラ」


 ヘラが俺に1枚の羊皮紙を差し出してきた。受け取り、月明かりを頼りにタイトルを読んでみる。


「なんだこれ……は? 訴状?」


 ヘラがにんまりと笑い、俺の袖を引いた。


「お父さんから伝言。『法学の実践訓練といこう』だってさ」


「は? え?」



 ――「シュテッヒャー家」の始祖として知られるヴォルフ(? - 1542)の足取りを直接知る手立ては限られている。というのも、シュテッヒャー家の所領は1524年に起きた『第二次龍禍』と、それに続く農民戦争の火に呑まれ、初期の日記などの資料が遺失したためである。


 ともあれ彼が『第一次龍禍』でエリーゼ・フォン・ローゼンハイムと共に戦った『13人』の1人であり、その功を以て平民から騎士に叙されたことは、主家筋たるローゼンハイム家やハプスブルク家の資料からして間違いないであろう。また、修道士フィリップとの文通は、ヴォルフと彼の妻ヘラの青年期を知る上で重要な資料である。


 しかし彼の領地は、エリーゼと封建契約を結んで得たことは間違いないが、そこに至るまでの経緯は謎に包まれている――彼女や『13人』に関する逸話は過度に神話化されており、また幾つものバリエーションがあり、どれが真実か見極めることは難しいのである。幾つか例をあげる。


① エリーゼが神の啓示を受けて領地を与えた。神秘主義者に人気の説。


② ローゼンハイム=キルプ男爵イザークが、自分よりもヴォルフのほうが領主に相応しいと所領を譲った。民話として人気の説。(ただしイザークは第一次龍禍の最中に死亡しており、ヴォルフの叙勲時期と整合が取れない)


③ 何らかの裁判の末に和解し、封建的主従契約を結んだ。これは民話として様々なバリエーションが伝わる。決闘裁判に発展したというバリエーションでは、その折に使われたという片手剣が現存しているが、真偽は定かではない。


 ――『龍禍の200年と帝国』(平坦社)より

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迷宮に願う者たち しげ・フォン・ニーダーサイタマ @fjam

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