第17話 魔賊 その1

 正直、がっかりだ。未踏領域だと思ったその場所から、人間が出てくるだなんて――そのような落胆を塗りつぶすくらいの、不快感とも焦りともつかぬ感覚を、俺は感じていた。


 前からやってくる修道士の身体は血と埃で汚れ、その目は瞳孔が開いていた。スラム街にたまにいるやつだ――近づいてはいけないタイプの人間。しかも最悪なことに、腰には片手剣を吊るしていた。


 そいつは俺たちをせわしない目つきで見渡すと、かすれた声で話しかけてきた。


「冒険者ですか」


「ああ。あんたもか?」


「帰るのですか、地上に」


「当たり前だろ?」


 こちらの質問が無視された。話が通じないタイプか? いよいよヤバい奴な気がしてきたぞ。ちらとヘラやレオ爺さんの反応を見たが、彼らも警戒を強めていた。慎重に修道士との距離を調整しながら、会話を続ける。


「あんたは帰らないのか?」


「帰ってはいけないのです」


「……罪でも犯したのかい、修道士サマ」


「罪」


 修道士はぶるぶると震え出した。


「そうです、罪です。我々は迷宮に潜ってはならなかった。地上に帰ってはならなかった。我々は罪を犯したのです。神が慈悲深くも地中深くに隠されたを、持ち帰ってはならなかったのです」


「何の話をしている」


「魔素。これは祝福などではない。違ったのです、無邪気に信じていたこれは! 地上に出してはいけないのです! あなたがた、地上に帰ってはなりません! ここで暮らし、祈りを! ここで贖罪の日々を過ごしましょう!」


 やべーぞこいつ。だが答えは決まってる、俺たちは迷宮で強くなって、武術大会で勝ち上がって、その先がある。迷宮は通過地点に過ぎない。


「嫌だね」


「では魔素を置いていきなさァァァァーーーーい!!」


 修道士は抜剣しながら襲いかかってきた!


「クソが! ゴチャゴチャ言ってたが結局は魔賊かよ!」


 小盾で修道士の剣を受ける。その隙にヘラが修道士の側面に回り込もうとしている――だが、俺は気づいた。エンチャントを施したはずの小盾に、修道士の剣が食い込んでいることに。修道士は小盾から剣を引きはがすや、回り込もうとするヘラに剣を向けた。


「ヘラ、下がれ!」


「えっ!?」


 ヘラは困惑しながらも、ナイフを前に突き出して盾としつつ下がった。そのナイフに修道士の剣がかすめ――バターのように切断された。


「あっぶな!?」


「こいつ、俺らより祝福を受けている!」


 俺は修道士に斬りかかったが、機敏な動きで躱された。修道士は焦点の合わない目で俺を見つめてきた。


「祝福などではなかったのです。これは、呪いなのです」


「はん、だから呪いを引き受けてくれるってか? 大した善人だな、人殺し」


 祝福、魔素を得るには魔物を殺す必要がある。だが同様に、魔素を持った人間を殺すことでも魔素を奪える――それは魔賊と呼ばれる行為で、重罪だが。


「ヘラは分が悪い、下がってろ。姫様は――」


 鞘走りの音が鳴り、ヘラと入れ替わるようにして、俺の隣にレオ爺さんが立った。


「エリーゼ様も下がりなされ。援護はわしで充分ゆえ」


 レオ爺さんは右手で小剣を構えていた。迷宮で抜いているのを見るのは初めてだ。


「戦えるのかよ、ご老体?」


「おぬしに剣を教えたのは誰か忘れたか? とはいえ斬った張ったは若い者に任せるわい、わしはマズい時の援護に徹する……これは武術大会の予行演習だと思え」


「なるほどね」


 武術大会では、自分より祝福を受けている奴と戦うことのほうが多いだろう。だが、祝福だけでは勝てないことを俺はエリーゼから学んだ。


「ようは技量の差が勝負を分けるってことだな」


「然り、わしの教えをしっかり活かしてゆけ……ちなみに奴も剣術の心得はあるようじゃから気をつけい」


「途端に不安になってきたな」


 レオ爺さんが相手の技量を読み違えていたら、死ぬのは俺なんだからな!


 だがそれは杞憂だとすぐにわかった。修道士はレオ爺さんに襲いかかってきたからだ。のだ、戦力の見積もりを誤っている!


「させるかよ!」


 小盾で剣を弾きながら、レオ爺さんと修道士の間に割り込む。そして斬撃を浴びせてやるが、躱される。もう一撃。修道士は剣で受け止める。


「らあッ!」


 剣同士が噛み合った瞬間に剣を捻り、自分の切っ先を相手に向けつつ、相手の切っ先を逸らす。剣術の基本。そのまま突く。


「!」


 修道士は突きを避けようと身をよじったが、切っ先は奴の胸を浅く裂いた。レオ爺さんの叱咤が飛んでくる。


「主導権を握り続けよ、さすれば」


「相手はいずれ死ぬ、だろ!?」


 小盾を突き出し、修道士の剣の鍔にぶち当てる。剣は封じた。次は足を払って――ふと、修道士の口元が動いていることに気づいた。左手の人差し指が俺の顔に向いていることも。壮絶に嫌な予感がする。


Kuhクー, Neakネァク


 修道士の指先から炎が噴き出した!


「クソッ!」


 足払いに使うはずだった右足で地面を蹴って横に飛び、炎を回避。修道士は剣を構え直しながら距離を取った。仕切り直し。


「魔法使うなんて聞いてねえぞ!」


「最初から手の内を明かしてくれる敵なぞおらんわ! ……とはいえ魔法は潰してやろう、その隙に仕留めよ」


「あいよ……!」


 修道士とレオ爺さんが同時に詠唱を始めた。第二ラウンド開始だ。

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