第19話 たぶん変な人だよ
「さて、とにかく盗まれた制服を回収しましょ」
鉄奈が脳天気な声で言った。
制服は怪物が倒されたと同時に投げ出されたらしく、そこら中に散らばっている。当然の結果ではあるが、ほとんどが砂や土で汚れていた。
それを見たときの女生徒たちの反応を思うと憂鬱な気分になるが、それでも返ってこないよりは、はるかにマシなはずだ。
とりあえずは、それ以上汚れがつかないようにと気を配りながら、鉄奈とともに制服の回収を始めた。
それを見ていた未来も、少し慌てたように身を起こすと、ふたりを手伝って辺りに散らばった制服を集め始める。
昴は女子の制服に触れることに気後れしつつも、せっせと拾い集めていたのだが、その中の一着を見て、さすがに唖然として手を止めた。
「焦げてるぞ……」
おそらく鉄奈が超能力で、怪物の上半身を吹き飛ばしたときに、その余波を食ったのだろう。それを指摘しようとすると、鉄奈はくるっと回れ右をして顔を背けた。動作がいちいち子供っぽくて怒る気になれない。
「以後気をつけろよ」
「うん、反省してます」
鉄奈は叱られないと知ると再び回れ右をして真面目くさって答えた。
(――そういや、こいつは由布子を助けてくれたんだよな)
そう思うと自然に笑みがこぼれる。第一印象は最悪だったが、それはもう忘れたほうがいいだろう。
(鉄奈はともかく――問題は未来をどう誤魔化すかだ)
テレポートや怪物の上半身を吹き飛ばすような超能力を見られた以上、舌先三寸でどうにかなるとは思えない。
思案しながら、未来の様子を窺うと、彼女は一着のブレザーを手にして、放心したように座り込んでいる。
「どうかしたのか?」
「え――」
彼女はハッとして顔をあげた。不思議に思う昴だったが、その手に握られた制服を見て納得する。
「焦げてるな」
穴こそ見あたらないが、半分近くが見事なまでに変色している。
「うん……」
「けど、しかたないさ」
「残念ね。まだ新しいのに……」
未来は痛ましげにそれを見つめている。
昴はしばらくの間、黙って彼女の手にしたブレザーを眺めていたが、やがてふと気づいたように言った。
「それ――由布子のじゃねえか?」
「……由布子さん?」
「俺のクラスメイトの高月……」
昴がそう説明しかけたとき、彼の背後から突然、冷ややかな声が投げかけられた。
「おまえたち、そこで何をしている」
それだけでまるで場の温度が二、三度低くなったようにさえ感じられる。
振り返ると、昴たち二年D組の担任教師、西御寺篤也が立っていた。
黒いスーツを愛用している長身の男。美男子ではあるが、常に冷たい雰囲気をまとい、笑みを浮かべているときでさえ、その冷ややかな印象は変わらない。年齢は三十を超えているはずだが、見た目はせいぜい二十代中頃で、女子には人気があり、男子には無条件で嫌われていた。
かく言う昴もこの男にはあまり良い印象を持っていない。
べつに何か素行に問題があるわけではなく、生徒をいじめて喜ぶようなサド教師でもない。それどころか教師と生徒の意見が対立したときでさえ、常に公平で公正でもあった。
それでも何かが自分とは決定的に合わない気がしている。具体的な言葉にできないため、この感じ方が正しいかどうかは昴自身に疑問だったが、感情は理屈では割り切れない。
「これをやったのは誰だ?」
西御寺は怪物の死体を見ても、眉ひとつ動かすことなく、詰問口調で問いかけてきた。
「それは――」
鉄奈が瞳を輝かせて手柄を自慢しそうな気配を見せたが、昴は素早くそれを制した。
「急に自爆したんだ――俺たちが追いつめたところでさ」
昴が答えると、鉄奈は少し不満そうな顔をしたが、とりあえずは沈黙を守ってくれた。
「本当か」
西御寺は相変わらず冷ややかな口調で、昴以外のふたりに問いかける。
「うん、まあ……」
鉄奈はうつむき加減に答える。対して未来は西御寺に真っ直ぐ顔を向けてこう言った。
「本当です、先生」
昴は驚いたが、なんとなくそう言ってくれるような気もしていた。
「そうか」
西御寺はその冷徹な眼差しで、しばらくの間じっと未来を見据えていたが、やがて背を向けると、無言のまま怪物の死体に近づき、無造作に蹴ってひっくり返した。
「完全に壊れたようだな」
「――壊れた?」
その言い回しに昴は疑念を抱く。
西御寺は〝死んだ〟ではなく〝壊れた〟と言った。それは彼が怪物についての知識を有していて、これが生物ではないということを知っていたということではないのか。そもそも怪物の死体を見たときの冷静な反応からして普通ではない。
「そうだ、これは生物ではない。魔術によって造られた使い魔だ」
西御寺は訝しむ昴に対し平然と解説する。
「一般には知られていないが、この世界には超常の力が当たり前のように根付いている。お前もそれを持つ身ならば理解もしやすかろう」
平然と指摘する西御寺の言葉に昴は目を丸くした。
「なんの話だ?」
「自覚がないのか」
西御寺の口元に冷たい笑みが浮かぶ。それはどう見ても嘲りの笑みだ。
「おまえのその異常な身体能力は超常の力によるものだ。魔法使いとは異なり限定された力しか持たないが、その分野に関しては魔力の組み立てすら必要としない、いわばひとつ限りの魔法の専門家――
西御寺の言葉に、昴は茫然と自分の手のひらを見つめた。
おぼろげながら思い出せば、かつて姉も似たような話をしていた気がする。
しかし、西御寺はなぜ、そのようなことを知っているのだろうか。
「あんた、いったい何者だ?」
「知らぬのが無難だ。ここで見たことも忘れ、力もみだりに使わぬことだ。長生きしたいのであればな」
西御寺は冷ややかに告げると、怪物の残骸を片手で持ちあげて、薄暗い林の奥へと消えていった。
「なんなんだ、あいつは?」
「たぶん変な人だよ」
鉄奈は身も蓋もない。
「……とにかく忘れましょう。確かにそれが一番だわ」
未来は抑揚のない声で言った。
「君もあんまり驚いてないんだな」
「驚いてるわよ」
彼女は頭を振って続ける。
「怪物のことも、その女の子のことも、あの先生のことも……あなたのこともね」
「いや、それに関しては俺もビックリなんだが……」
「ごめんなさい――」
未来は泣き出しそうな顔で昴の言葉を遮った。
「今日はもう頭がいっぱいで……お願い、帰らせて……」
消え入りそうな声で言うと拾い集めた制服を昴に押しつけるように差し出して、小走りに去っていってしまった。
「やっぱり、一般人には刺激が強すぎたみたいね」
鉄奈が気の毒そうに言った。
「さっきまでは俺も一般人のつもりだったんだけどな……」
ぼやくように言ってはみたが、予想通り無視された。
やがて未来と入れ替わるように、木立の向こうから由布子が駆けてくる。
「昴!」
由布子は彼の姿を確認すると、あきらかにホッとしたようだ。
「よかった……無事だった……」
目尻に涙が浮かんでいる。相当心配をかけたらしい。
「由布子」
昴はそんな彼女をいつになく真剣な眼差しで見つめた。
「な、何?」
その真面目くさった表情を前に、少し顔を赤らめながらも、由布子は真っ直ぐにこちらを見つめ返してくる。
昴は、そんな彼女にスッと制服を差し出すと厳かに告げた。
「ご臨終です」
「なにこれ! ――焦げてるじゃない!」
悲痛な叫びが木々の間にこだました。
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