第27話 エージェント

 学校に提出された資料を見る限り、小夜楢未来の住居はごく在り来たりなマンションの一室ということになっている。

 その小ぎれいな廊下を西御寺篤也は気配を消して歩いていた。だがそれはことさら隠密行動に徹していると言うよりは、ほとんど習慣に近いものだ。

 いつもどおりに黒いスリーピースのスーツを着て、小脇に細長い包みを抱えている。その中身は対術師用の投げ槍だ。彼の属する組織が開発した一撃必殺の武器だった。


(小夜楢未来とは、またふざけた名前を考え出したものだ)


 本名をひっくり返したかのような、あまりにあからさまな偽名の上、姿さえ変えていない。自らが追われる身であることを自覚していないかのような振る舞いだ。


(あるいは、こちらを挑発しているのか)


 そんな気もしてくる。

 未来はこれまでに優に二十名を超えるエージェントを返り討ちにしてきた凄腕の魔術師だが、それは彼女にとって身を守る行いというよりも復讐に近い行動だったはずだ。

 組織によって一族の人間を根絶やしにされたとなれば、それも当然だろう。

 西御寺自身はそれに憐れみを感じないでもなかったが、このまま放置するわけにもいかない。

 なぜなら彼女が世界の終わりを望んでいることは、これまでの行いによって明らかだったからだ。

 しかし――。


「空振りか」


 未来の部屋の前で立ち止まった西御寺は、そこに誰もいないことに気づいていた。

 なんの躊躇もなく、無造作に扉を開ける。鍵はかかっていない。

 明かりの灯らぬ室内は薄暗かったが、夜目が利く彼には大した問題ではなかった。


「やはりな」


 そこは見事なまでに空っぽだった。おそらく最初からここは使っていないのだろう。


(まあいい、焦る必要は――)


 ――無いと、彼が胸中でつづけようとした時、途方もない魔力の余波が大気を振るわせるのを感じた。


「バカなっ」


 慌てて室内を横切ると、手近な窓を解き放つ。常人には見えぬ魔力の噴き上がりが、術師である彼の瞳に飛び込んできた。

 魔力の発信点――そこは言うまでもなく陽楠学園だった。

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