第28話 静止した世界

 昴と鋼は家からそれなりに離れた公園で、怪物をすべて倒して勝利のポーズをとっていた鉄奈を見つけると、事情を説明するのももどかしく、首根っこを引っつかむようにして学校前の坂道まで飛んできた。

 もちろん鋼のテレポートで瞬時に移動したのだ。耳鳴りや頭痛を気にしている場合ではないと考えた上での判断だったが、慣れによるものか、それともたまたまか――どちらにせよ幸いなことに、今回は耳鳴りにも頭痛にも悩まされることはなかった。


「来たか、昴隊員――そして鋼鉄姉妹」


 柳崎男が重々しい口調で言った。両腕を組み、厳しい表情で学園を見つめている。彼もまた学ランを着たままだ。

 学園には北校舎を中心にして紫色のオーラがサークル状に立ち上っており、まるで魔界といった様相を呈している。校内には様々な姿をした怪物が徘徊し、上空には翼竜を思わせるシルエットまでが浮かんでいた。


「なんだありゃ……」


 昴はその光景を茫然と見上げた。


「わかりません……あのオーラには知覚系の超能力を阻む効果があるようです」


 鋼は険しい視線を学園に向けている。


「視えない場所にはテレポートもできません。絶対に不可能なわけではありませんが、ヘタをすると壁や天井に体がめり込んでしまう危険性があるんです」


 そんなことになったら鋼鉄姉妹はともかく、昴と柳崎はあの世行きだろう。


「とりあえず、ここから適当にエネルギー光弾とか降らせてみようか?」


 無茶を言う鉄奈。そんなことをすれば学校を破壊するだけではすまない。


「あそこには由布子がいるんだ」


 昴が告げると鉄奈と柳崎が驚いて振り返った。


「由布子さんが!?」

「まさか、悪の宇宙人にさらわれたのか!?」

「宇宙人じゃない。どちらかというと魔女みたいな女生徒にだ」


 ここに来て昴はようやく小夜楢未来のことを仲間たちに説明した。彼女の目的、制服泥棒の真相、わかる範囲での未来の能力。そして未来が由布子を〝天使〟と呼んでいたことなどをできる限り簡潔に伝えた。

 説明を終えたときには、全員が厳しい表情になっていた。普段は脳天気な柳崎と鉄奈も正義感は人一倍強い。人質がいて、しかもそれが顔見知りとなれば気楽でいられるはずもなかった。


「小夜楢未来――まさか、世界の破滅さいあくがお望みとはな……」


 学園を見上げながら低い声でつぶやく柳崎。が、その直後ふと首を傾げる。


「けど、なんで誰もここに来ないんだ?」


 柳崎が言う通り、警察はおろか野次馬さえ出て来ないのは不自然極まりない。

 彼らは疑問に思って後ろを振り返る。広がるのはいつもどおりの町並みに見える。夜中にここに来ることは希だが、そこにはなんの変哲もない夜景が――いや、何か変だった。

 最初にそれに気づいたのは鋼だった。


「静かすぎます。それに――灯りがまるで瞬いていない」

「なにっ!?」


 彼女の言葉を聞き、昴たちは慌てて周囲を見回した。

 すべての風景がまるで写真のように止まっている。音もなく、動く光もない。車のヘッドライトも、駅前のパチンコ屋のネオンサインも、そのすべてが時の流れに取り残されたかのように静止している。


「時間が止まってるみたい……」


 鉄奈の感想は全員の感想でもあった。


「けど時間が止まっているなら、俺たちだって動けるわけないだろ?」

「いや、そうとは限らないぜ、昴隊員。俺たちが動けるのは、俺たちが並の人間じゃないからかもしれない」

「そりゃまあ、たしかにおまえは常軌を逸しているが」

「それ、意味が違うだろっ!」


 目を剥いて抗議してくる柳崎。


「ダンはね、超人なんだよ」


 鉄奈が嬉しそうに昴に告げると、柳崎は気を取り直して胸を張った。


「そう俺は超人だ。怪物なんざ目じゃないぜ!」


 ニヤリと笑う。頼もしい笑みだったが、前日の失態を思い出すと、いまひとつ信用できない。


「で、どんな力があるんだ?」

「おっと、それはまだ秘密だぜ! ここ一番ってところで度肝を抜かしてやるよ!」


 仲間の能力は味方の戦力を把握する上でも、わかっているに越したことはないのだが、昴はとりあえずは聞かないことにした。聞いても時間のムダという気がしたからだ。

 それに柳崎が体力的に昴にひけを取らないことは、前日の全力疾走を見ても明らかである。

 もしかしたら、怪物との実戦経験も豊富なのかもしれない――希望的観測という気もしないではなかったが昴はそう思っておくことにした。


「とにかく行くぜ、みんな!」


 柳崎はこのときばかりはとリーダーらしくポーズを取る。


「まず必要なのは武器だ! 部室に直行するぞ!」


 言うが早いか、闘牛のごとく走り出した。


「武器?」


 昴は困惑した。たかが高校の一クラブに、どんな武器があるというのだろうか。

 普段の柳崎の性格を考えると、それが特撮ヒーローもののオモチャの剣というオチもあり得る気がしてくる。

 だが、彼とてこの世に超常が実在することを知って、それに敢然と立ち向かわんとする男だ。何らかの備えをしていたとしても不思議はない。

 問題は、あの頑強な怪物に通用する武器が、そうそうあるとは思えないことだが……。

 昴がしばし思案に耽っていると、鋼が真剣な面持ちで話しかけてきた。


「気をつけて下さい、昴さん。テレポートから出るときに、何か違和感を感じました」

「違和感?」

「ええ。何か別の力に引きずり込まれたような感じでした。もしかすると、ここは普通の空間ではないのかもしれません。学校そのものも、いつもと同じように見えて――その実、なにかが違っているような気がします」

「普通の空間じゃないって……亜空間か?」


 漫画で度々目にするその言葉を思い出した。

 たしかに時が止まっているというよりは、そちらのほうが現実的な気がする。そして引きずり込まれたということは、未来が彼らを招待しているということだろう。実際、彼女は待っていると言っていたのだ。


(小夜楢未来か――)


 昴は彼女が別れ際に見せていた表情を思い浮かべた。

 それは一瞬前までの狂気に満ちた表情とはまるで異質な、どこか迷子の子供のように頼りないものだった。


(誰かに似てるんだ、あの眼差しは……)


 思い返してみれば未来の狂気染みた振る舞いは無駄に芝居がかっていた気がする。口元に歪んだ笑みを浮かべていても、その瞳の光には狂気の微粒子さえ感じなかった。

 だが、いくらここで考えても、彼女の事情も真意も判然とはしない。

 やはりまずは、そこに辿り着くしかないのだろう。

 昴は頭を振って気持ちを切り替えると、鋼とともに柳崎たちのあとを追って走り出した。

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