第29話 恋
校内を徘徊する怪物たちは実に多種多様だ。両腕が鎌になったもの、何本もの腕を持つもの、翼竜のように空を飛ぶもの、四本足の猛獣型のものもいれば、蛇のように細長く大地を這い回るものさえいる。
それらはある程度、タイプごとに分類することが可能だったが、厳密に同じ姿をしたものは一体たりとも存在していない。
なぜなら元々はそのすべてが、小夜楢未来の持つ赤いスケッチブックに描かれていたイラストだったからだ。
そしてスケッチブックの赤は実のところ血の色だ。本来それは真っ白な普通のスケッチブックだったのだ。
そこに未来は、自らの命を狙う敵を返り討ちにする度に、その赤い血を魔力とともに塗り込めてきた。使い魔となる怪物の力を高めるために。
もし昴が学校の裏山でこのスケッチブックを拾いあげたとき、彼女に返す前に中を開いていれば、そこにギッシリと描き並んだ怪物の姿と対面することになっただろう。
「葉月昴……」
未来は北校舎の屋上でポツリとつぶやいた。
そこには生贄の祭壇を思わせる石の台座が設置され、その上に意識を失った高月由布子が、まるで黒魔術の生贄のように、生まれたままの姿で横たえられている。
暗澹とした夜空の下でさえ白く輝く裸身は、確かに〝天使〟と形容されるに相応しいと思えたが、昏々と眠り続ける横顔はどこか悲しげだった。
それを冷たい眼差しで見下ろしながら、未来は考える――葉月昴のことを。
「なんであんな男が気になるんだろう……」
学校ではじめて昴と目が合ったとき、未来は自分でも驚くほど心音が高鳴るのを自覚した。校門で会ったときも言葉を交わすだけで、なぜか心が落ち着く気がした。ついさっき、彼に正体を見せて、この娘をさらったときは、無性に泣きたくなってしまった。
それがなぜなのか、未来にはわからない。
いや、わからないふりをしているだけか。
単純に考えれば、こんなことに理由はひとつしかない。
「恋……?」
ポツリと言って苦笑する。
「世界が終わるこのときに……」
いや、だからこそなのだろうか。
しかし、昴と出会ったときには、未来はまだ天使を見つけるには至っていなかった。どうせ今回も空振りだろう――どこかなげやりにそう思ってさえいたのだ。
「恋か……」
もう一度口に出してみる――今度は苦笑することなく、軽く噛みしめるように。
「たぶん、そうなんだわ。どうしてかはわからないけど、わたしは生まれて初めて恋をしたんだ」
受け入れてみれば、それは思ったほど不快なことではなかった。
「世界の最後に、たったひとつの恋をした……。悪くないわね」
ハンサムな彼の笑顔を思い浮かべてつぶやく。頬を赤らめることこそなかったが、その口元には微かな笑みを浮かべていた。
「でも……残念ながら片想いね」
未来は由布子を見つめる。その表情には嫉妬もなく、怒りもなく、やさしさもなかった。どこか空虚な疲れたような眼差しだった。
「急ぎなさい、葉月くん――」
未来は、ここに居ない昴に語りかけるように囁くと、そっと眼鏡を外し、三つ編みに結っていた長い髪を解き放った。長い髪が風に煽られ、凍てついた夜空に舞い踊る。
視線を再び由布子に戻し、懐から
「――世界が終わる前に、あなたの天使を取り戻したいならね」
未来は一本の筆と透明な赤い液体が入ったガラス瓶を取り出した。そして筆先をその液体に浸すと、それを使って由布子の体に何か記号のようなものを描きはじめた。
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