第30話 待っていたもの
昴たちが目指す文化部棟は学園の西よりに存在する。そこに至るまでの道のりは、呆れるほどの数の怪物によって埋め尽くされていた。
戦いをさけて進むのは、まず不可能だと思われるこの状況だったが、怪物は紫のオーラを発しつづけるサークルの外には決して出てこなかった。
これまで場所を選ばず活動していたことを考えれば、出られないことはないはずだが、おそらくは小夜楢未来が警備のためにそういう指示を与えているのだろう。
幸運なことに目指す文化部棟は、ぎりぎりで怪物の行動圏外にあり、彼らは正門を通らず、林の中を大きく迂回して高いフェンスを乗り越えることで、敵と戦うことなく文化部棟に潜り込んだ。
部室に入って、ようやくひと息つく。
当然ながら灯りの点いていない部室は薄暗かったが、東側の窓から差し込んでくる紫色のオーラの光により、とりあえずは不自由のない状態だ。
鋼はいつものように小型の冷蔵庫から紙パックのジュースを取り出すと全員に配った。電気は切れていたようだが、まだじゅうぶんに冷えている。
昴は焦る気持ちを落ち着かせるためにも、とりあえず一口啜ってから、柳崎に声をかけた。
「それで、武器はどこだ?」
「フッ、見ろ」
柳崎は特撮ヒーローの武器と思しきオモチャの光線銃を手にして不敵に笑った。それを見た昴は黙ってイスを持ち上げる。
「待て! 勘違いするな!」
スプラッター映画のように迫る昴を、柳崎は両手を交差させながら慌てて制止した。
「これは懐中電灯の代わりだ!」
彼はスイッチになっている引き金を引いて、レーザー銃の先に光を灯すと、その意外に明るい光線で部室の床板を照らし出した。
「えーと、確かこの辺……おっ、あった」
柳崎は床板の隙間に金色の鍵らしきものを差し込んで軽くひねると、今度は指を差し入れて床をガバッとめくりあげた。
「――隠し倉庫?」
昴は目を丸くした。意外なほどに広々とした空間が、そこに広がっている。やたらギシギシと音を立てる床板の正体はこれだったのだ。
「へっへーん」
柳崎は得意気に笑うと、レーザー銃の光を倉庫の中へと向けた。
「――!!」
その光の中に浮かび上がったものを見て、昴は今度こそ目を見張った。
剣、槍、斧、弓……折りたたまれて収納されている武器の数々。
そして――金色に輝く鋭い鎌が、今なお、その鮮やかさを失わない紺色のマントとともに、そこに安置されていたのだ。
(こいつは、あのときの……)
郷愁にも近いやさしい感覚――不思議な
昴は目頭が熱くなるのを感じた。あの日、自分の命を救ってくれた少年少女たちの備品が、まるで今までずっと彼を待っていたかのように、そこで静かに眠っていた。
「これは前の顧問の
「小鳥遊先生?」
それは、この春に退職した美人教師の名前だ。
「なんでも初代部長の親友だとか言ってたけどな。その彼女が俺に言ったんだ。資格があるのは、おまえだけだってさ」
柳崎は説明しながらズラリと並んだ武器の中から、金色の大剣を取り出した。どうやらそれを使うことに決めたらしい。
「ヒーローと言えば剣だもんな」
陶酔気味にうんうんと、ひとりで頷いている。
昴はその隣で最も印象に残っていた少女の武器――金色の大鎌を手に取った。
鎌はよく見ると両刃になっており、柄を握りしめると、どこか懐かしさを覚える力のようなものが体の中に流れ込んでくる。
「これは……」
「ええ、驚きですよね」
鋼が頷く。
「わたしも最初にこれを知ったときには驚きました。ここにある装備には例外なく強い力が宿っています。まるで魔法の武器みたいに」
「魔法か」
思い出すのは姉の姿だ。その昔、彼女はスーパーで買ってきた、ごく普通のほうきを長持ちさせようとして、それを〝強化〟したことがあった。
驚くほど丈夫になったそれは、結果として石畳を傷だらけにして、彼女を愕然とさせる始末だったのだが、おそらくこれを造った何者かにも姉と同じか、それに近い力があったのだろう。
「……これも必然か」
姉は言っていた――この世のすべてには理由があると。
その言葉どおり事象のすべてが、目に見えない線で繋がっているかのようだ。
それを運命と呼ぶのは簡単だが、そんな言葉では片づけたくない。たとえ、どんなに偶然に思えることにも、本当はそのすべてに原因があるからだ。
昴たちは皆、自分の意志で道を選んできた。姉の選択と、彼を救ってくれた少女たちの選択、由布子の選択、柳崎の選択、柳崎にこれを託してくれた人の選択、鋼鉄姉妹の選択、昴自身の選択、そして本当はもっと多くの人々の――それらすべての積み重ねの上に〝現在〟が形作られている。
ゆえに、すべてが必然だった。
「だからこそ……みんなには感謝しないとな」
ふいにつぶやく昴を、鋼たちは不思議そうに見つめた。
「あとで話すよ。由布子を助けて、全部終わらせたら」
仲間たちに笑顔で応えると、昴は倉庫の中からマントをひとつ取り出して、それを制服の上にまとった。それを見て同じようにマントを手に取った柳崎が得意げに告げる。
「イカすだろ、昴。こいつが俺たち地球防衛部の、伝統的なユニフォームなのさ」
それを聞いて鋼鉄姉妹は顔を見合わせて同時に頷くと、倉庫の中からマントを取り出して、それぞれにブレザーとセーラー服の上から身にまとった。
そして鉄奈は金色の槍を、鋼は同じく金色の鎖付き鉄球を倉庫から選び取る。
「鉄球……?」
やや唖然となる昴。鋼はバスケットボールほどの大きさを持つ重量感タップリの鉄球を軽々と持ちあげていたのだ。
「平気です。筋力普通じゃありませんから」
そう言って自称人造人間にして兵器だという小柄な少女は、にっこりと笑った。
「さて、戦いの準備は整った。しかし問題は敵がどこにいるかだ」
柳崎はリーダーよろしく三人の前に立って話しはじめる。
「敵がこの校内のどこかに潜んでいるのは間違いないと思う――この異常な光景を見てもな」
外には相変わらず不気味な光が立ちこめている。
「俺が思うに、こういうときに敵がいる場所はただひとつ!」
ビシッと南校舎の一階を指差す。
「職員室だ! 常に邪悪な空気で満たされたあの場所は、悪人にとっては最高に居心地がいいはずだ!」
自信満々に断言した。
「柳崎、おまえも勉強が嫌いな人間なんだな」
昴は少しだけ親近感を抱いたが、絶対に間違っているという自信がある。
「おそらく、敵は北校舎の屋上です」
鋼がまったく違う意見を述べた。
「なんでそう思うんだ?」
「このサークル状に広がっているオーラの中心点がちょうど北校舎ですし、何よりその屋上には強いアイテールの発生を感じます」
「つまり――ボスがいるってわけか」
柳崎は自分の主張には、まったくこだわりが無いらしく、あっさりと納得して頷く。
「けど、鉄奈。林で会ったときに気づかなかったのか? 未来が普通じゃないってことに」
「わかんなかった。普通よりは強いとは思ったけど、昴やダンだってそうだし、潜在的に強い人は他にいくらでもいるしね」
鉄奈の言葉に鋼が頷き、さらに自分の意見を口にする。
「そもそもこのアイテールは、未来さん自身ではなく、彼女が行使している術から発生しているものではないでしょうか」
「なるほどな。――けど、どのみち、そこにボスがいるのは間違いなさそうだな」
柳崎が窓から屋上を見上げるようにして言った。
「よし、目指すは北校舎の屋上だ」
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