第31話 地球防衛部、出撃!

 やる気満々の柳崎を先頭に、部室を出て一階へと向う。紫色に染まった不気味な廊下を歩きながらも、一同の顔に怖れはない。彼らの心を闘志と勇気が満たしていた。

 やがて部室棟の出口に近づいたところで、鋼は一歩前に進み出て昴たちを振り返った。


「わたしと鉄奈は空から行きます。そのまま力押しで屋上に辿り着けるようであれば、一気にたたみかけて由布子さんを助け出します。しかし、見ての通り、敵には飛行型の怪物も数多くいるようです」


 鋼の言うとおり、ここから見えるだけでも相当数の怪物が滞空しており、現在地上にいる敵の中にも飛行可能な怪物がいないという保証はない。


「屋上に由布子さんが囚われている可能性を考慮すれば、強引な攻撃は難しいでしょう。ですから、わたしたちはとりあえず囮だと考えて下さい」

「つまり、君たちが戦っている間に、俺たちが校舎内の階段から屋上に出て、由布子を助け出すってわけか」

「はい。あなたたちならできるはずです」


 鋼は軽く頷くと、明るい笑みを浮かべた。

 強さとやさしさの同居するその可憐な表情は、昴にどこか姉の姿を連想させる。彼女といると、まるで姉がそばについていてくれているようで心強かった。

 だが、


(――それでも鋼は鋼だ)


 昴は自らを戒めて、姉ではなく目の前の少女に感謝した。


「ありがとう、みんな」


 昴はあらためて三人に向き直る。


「俺の戦いに、みんなを巻き込んじまったが、実際俺ひとりじゃどうにもならない。みんなの力がどうしても必要なんだ」

「なに言ってんだ。地球の危機に俺もおまえもねえだろ」


 柳崎はニヤリと笑い、昴の肩をポンと叩く。


「それにわたしたちも、由布子さんのこと好きだもん」


 鉄奈が生真面目な顔で答え、鋼も微笑を湛えて同意する。


「俺は由布子を助け出す――けど、みんなの命も大切だ。だから絶対に死なないでくれ」


 昴の言葉はありきたりだが、だからといって疎かにしていい言葉ではない。昴はそのことを知っていたし、仲間たちもそこに込められた真摯な思いを汲み取っていた。


「フッ――言われなくともヒーローは不死身だぜ」

「ヒロインもね」


 柳崎と鉄奈はここぞとばかりに格好をつけている。いつもオーバーアクションのふたりだが、ふざけているわけでも戦いを甘く見ているわけでもない。だからこそ、こんなときは、そのノリが頼もしく感じられた。


「よし、柳崎。号令を頼む」

「えっ、俺?」


 きょとんとする柳崎。


「こういうのはリーダーの役目ですよ」


 鋼に言われて、柳崎は少し照れたような顔で頬を掻くと、咳払いをひとつしてから、あらためて胸を張り、大きく息を吸い込んだ。


「よし! 地球防衛部、出撃!」


 腹の底から絞り出した柳崎の力強い声を合図にして、鉄奈と鋼が先陣を切って空へ飛び上がっていく。

 それを追うように異形の怪物たちが次々に大地を離れた。やはり、飛行可能な怪物は他にも数多くいたようだ。

 校庭より飛び立った怪物の群れと空を舞っていた異形のものどもは、鋼鉄姉妹を挟み撃ちにするように一斉に襲いかかっていく。

 だが、ふたりの顔に動揺はない。この展開はそもそも想定どおりだ。鋼鉄姉妹は顔を見合わせて頷き合うと、互いの背中を守るような形で怪物たちを迎撃し始めた。

 空での戦いが始まると同時に、昴たちも文化部棟を飛び出していく。

 目的の北校舎に行くには、まず渡り廊下を通って南校舎に行き、そこからさらに北へと延びる渡り廊下を経由しなければならない。

 無論、屋外を通るという選択もあったが、空から襲われては前進するどころではなくなってしまう。だから彼らは遠回りではあっても、敵の攻撃手段を制限できる屋内を選択したのだ。

 地上の怪物たちは昴と柳崎の姿に気づくと、猛スピードで突進してきたが、彼らはそれ以上のスピードで駆け抜け、追いつかれるよりも早く扉を打ち破って、南校舎の一階へと飛び込んでいく。

 案の定、怪物たちは校舎内にも多数徘徊しており、それらは獰猛な本性を剥き出しにしながら、雪崩のように襲いかかってきた。

 昴は迫り来る怪物に怯むことなく猛然とダッシュすると、折りたたまれたままの鎌を振りあげる。それは彼の戦意に反応して瞬時に刃を起こすと、一瞬まばゆい光を放った。


「でやぁぁぁぁぁっ!」


雄叫びとともに怪物に肉薄し、鋭い刃を振り下ろす。金色の鎌は白い光を残像のように残し、一瞬虚空に美しい軌跡を描き出した。

 既視感を覚える風切り音が鳴り、怪物の体が、いとも容易く両断される。


「――いける!」


 昴は確信とともに次の敵へと向かった。

 襲い来る怪物に倍するスピードで踏み込み、手にした武器を一閃して二体、三体と斬り裂いていく。金色の鎌は常識外れの切れ味を発揮し、怪物の硬い体を紙のように引き裂いていく。

 角も刃も牙も関係ない。怪物の体のどんなに硬い部分であっても、その切っ先を止めることはできなかった。

 しかも金色の鎌は、振るう度に彼の体に馴染んでいく。無数に現れる怪物を薙ぎ払いながら前進を続けるうちに、まるで自分の手足か、その延長のように感じられるようになっていた。

 その横で柳崎もまた金色の剣を振るって並み居る怪物どもを葬りつづけている。

 鎌のようなリーチはないが、破壊力は数段勝るらしく、怪物の身体は斬られると同時に粉々に粉砕されていった。

 柳崎は手を休めることなく戦いながら、不敵な表情で声をかけてくる。


「やるじゃねえか、昴隊員!」

「おまえもな!」


 答えながらも同時に、数体の敵を薙ぎ払う。


「流派はなんだ?」

「ない」


 知り合いの女から剣術の手ほどき程度は受けていたが、彼女はべつに何流とも言っていなかった。


「ちなみに俺は銀河無敵流だ!」


 果てしなく怪しげな流派を口走る柳崎。無駄口を叩きながらも、渦を巻くかのように剣を振り回して、複数の敵をまとめて粉微塵にしていた。


「開祖は誰だ!?」

「俺だ!」


 忙しく剣を振るいながらも、柳崎は予想通りの答えを返してくる。

 苦笑を浮かべかける昴の行く手に、ガラスを突き破って新たな敵が雪崩れ込んできた。

 いったいどれほどの怪物が学園内に溢れかえっているのか。倒しても倒してもキリがない。だが立ち止まるわけにはいかないのだ。


「何がなんでも前進だ!」


 昴が戦意を鼓舞するように叫び、


「おうっ!」


 柳崎が応じる。

 ふたりの戦士は躊躇うことなく駆け続け、行く手を阻む怪物の群れを旋風のように薙ぎ払っていった。

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