第7話 滅多にあたりませんよ
「え?」
昴は思わず目を丸くした。勘違いでなければ、彼女はいま、こちらの思考に対して答えを返してきた気がする。
(偶然か……?)
そう思って頭の中でひと言囁く。
(ブス)
反応は一瞬だ。
「ブスでしょうか、わたし……」
傷ついたような顔で目を伏せる鋼。
昴の背を、冷たい汗が流れ落ちた。
(イチたすイチは?)
「ニです」
気のせいでも偶然でもない。やはり心の中を読まれている。
「な、なんなんだ、おまえ!?」
狼狽える昴。その脳裏に、幼少時の記憶がフラッシュバックした。
薄暗い森――追いかけてくる骸骨のような怪物たち――黄金の鎌を手にした少女――そして血まみれの――。
昴は忌まわしい記憶を振り払うかのように頭を振った。
鋼はその様子を興味深げな表情で覗き込んでいる。彼の脳裏に浮かんだものを読み取ったのだろう。
「そういう経験があるのであれば、わたしの話も理解しやすいと思います」
鋼は射抜くような視線を昴に向けて、続く言葉を声に出すことなく、直接脳裏に伝えてきた。
『わたしは超能力者です』
「ち、超能力者だと?」
その言葉は漫画でも、SF小説でも聞き慣れたものだ。
ただし、数多の超常と同様に、現実世界には存在しない――ことになっている。
それでも昴は、鋼の言葉を疑う以前に、この世に超常的なものが存在することを知っていた。慣れ親しんでいた時代すらある。
だから彼はこの異常な現実を、比較的短時間で受け入れ、彼女を超能力者だと認めた上で、冷静に対話をはじめた。
「君が超能力者だってことはわかった」
「はい」
「だが君は、どうして俺がそんな行いをすると思い込んでるんだ?」
「予知夢って知ってますか?」
「ああ……言葉ぐらいはな」
子供の頃からテレビ番組には興味を示さない昴だが、漫画は人並みに読む。だからそれが、未来を夢に垣間見る能力だということぐらいは知っていた。
「わたしは、ごく希にそれを視ることがあるんです」
「ちょっと待て――それってつまり……」
昴が学校で散々破廉恥な行いをしたあげく、女生徒を鋭い刃物で惨殺するという内容の夢を見たということになる。
しかし、もちろん昴はそんなことをする気はないし、したいとも思わない。
その心を読み取ったのか、鋼は小首を傾げてつぶやいた。
「あなたみたいな人が、どうしてあんなひどいことをしたんでしょう?」
「まだしてない! ていうかしない! するわけないだろ! 何かの間違いだ!」
そう告げるしかない。聖人にはほど遠いにしても、血を見て喜ぶような野蛮な精神は持ち合わせていないのだ。
もちろん鋼も彼の心を読んで、それがわかったから、とまどっているのだろう。
「予知夢ってやつの的中率がどれぐらいのものかは知らないが、俺は……」
なんとか鋼を説得しようと、昴は精一杯の釈明を続ける。しかし、必死になりかけていた彼に対して鋼のほうは、
「滅多にあたりませんよ、予知夢」
思わず脱力するような言葉を口にしていた。
「…………」
唖然と立ち尽くす昴。
鋼が発したひと言は、高まりつつあった緊張感を一瞬で粉砕していた。
「ア、アホか君は!」
指を突きつけて怒鳴る。
「え?」
鋼はなぜか不思議そうな顔だ。
「百発百中ならまだしも、そんないい加減な予知で人を殺したりするな!」
呆れ返ったように怒気を吐き捨てると、言葉を切って背を向けた。正直バカバカしくなったのだ。
「後ろから撃ちたくはないのですが……」
「撃つな!」
殺気を感じて慌てて振り返ると、鋼は右手を昴に向けてかざしている。
「…………」
昴は冷や汗をかきつつ、つかつかと鋼に歩み寄ると、そのか細い手首をつかんで問いつめる。
「ここから光線とかが出るのか?」
「出そうと思えば」
「出すな」
「そう言われましても……」
鋼は困り顔で目を逸らす。
「いいか? 頼むからよく聞いてくれよ」
昴は鋼の肩に両手をのせ、できるだけ説得力を持たせようと、真っ直ぐに彼女の両目を見つめた。
「俺はそんな悪いことはしない――絶対にだ。それでも、もし万が一俺がトチ狂って女の子を殺そうとするようなことがあれば、その時は俺をやっつけてくれればいい」
「本当にいいんですか?」
鋼はわずかに驚いた顔を向けた。
「何者かに操られて、そういうことをしてしまう場合もあり得ると思うんですけど?」
「その時は助けろよ! 常識だろ!?」
昴は思わず声を荒げていた。
「ですよね、やっぱり」
彼女はすまし顔で答えてくる。からかわれたのかもしれない。
昴は心底脱力しつつも、とりあえず念を押すことにした。
「わかってくれたか?」
「とりあえずは――」
その言葉に、ホッと胸を撫で下ろしかける昴だったが、まだ続きがあった。
「――妹と相談してみます」
にっこり微笑んで言った。
「妹がいるのか?」
嫌な予感が脳裏をかすめる。もしやそちらも超能力者なのではなかろうか。
「はい。超人です」
嫌な予感はあっさりと肯定されてしまった。
超人――言葉だけではハッキリしないが、すこぶる強そうだ。英語で言うとスーパーマン。女の子だからスーパーガールか。なんとなく新幹線よりも速く走って、弾丸すらも弾き返しそうな気がしてくる。
「それぐらいは余裕です」
「余裕なのか……!」
「強いですよ。わたしよりもずーっと」
なんだか自慢するような口ぶりだった。
「そ、そうか……」
昴にとっては鋼の強さも未知数だが、せめてその妹が人格者であることを切実に願うしかない。
「と、とりあえず、そういうわけで……帰ってもいいかな?」
なんだか情けない台詞だったが、さすがに何度も背後に殺気を感じるのはごめん被る。
「どうぞ。わたしも帰りますので」
鋼は答えると同時に、ぽんと軽く跳躍して――その姿を忽然と消した。
「――!」
息を呑む昴。
「瞬間移動か!」
つぶやくと同時に、今朝教室の窓から見た少女を思い出す。
(校門の近くにいたピンクの髪の少女……ひょっとしてあれが鋼の妹か)
遠目だったので定かではないが、なんとなく印象が似ている気がする。突然消えたという事実も、テレポートしたのだと考えれば説明がついた。
「ったく……なんて日だ」
肩を落として大きく溜め息を吐く。何かが起きるという予感は確かに的中していた。だが、昴としてはもっと心躍るようなイベントを期待していたのだ。
それがマズかったのか。やはり人間平穏に暮らすのがいちばんだ。あらためてそう思った。
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