第12話 飛んでけ記憶
生まれて初めて経験したテレポートの感想は、はっきり言って最悪だった。急激な気圧の変化によって耳鳴りが起き、平衡感覚の狂いによって生じたのか、乗り物酔いのような頭痛までが襲ってきていた。
「あぁ……気分悪ぃ」
声に出して呻く昴だが、彼の様子にはお構いなしに、部屋の主らしき男が、やたらと元気な声で話しかけてくる。
「ようこそ、我らが地球防衛部へ!」
「お前は……」
昴は頭痛をこらえながら、その男を睨みつけた。知っている男だ。
隣のクラスの――いや、学園の名物男、
きりりと引き締まった顔立ち、太い眉、力強い眼差し、不自然に跳ね上がった髪型、広い肩幅と厚い胸板。さらに無意味に浮かべているとしか思えない不敵な笑みは、巨大ロボットのパイロットか変身ヒーローを意識しているとしか思えない。
実際彼は自称正義の味方で、ついでに言えば特撮兼アニメオタクだった。
学園一の変人と噂される彼こそが、この存在自体が嘘か冗談としか思えない地球防衛部の部長なのだ。
いったい誰が、こんなおかしな部を創ったのかと常々疑問なのだが、その歴史は意外なほどに古いらしい。
実際去年などは十人を超える部員が所属していたのだ。
――とはいえ、そのすべてが男子部員であり、しかも彼らの目当ては単に顧問の美人女教師だった。
よって彼女が春休みの間に結婚退職すると、それと同時に彼女目当てに集まっていた部員たちも一斉に退部した。
その結果、この活動内容不明の部に残ったのは、全部員の中で唯一本来の目的と思しき〝地球の平和を守るため〟に入部した熱血男の柳崎ただひとりになってしまったのだ。
しかし――いつの間にか増えていたらしい。
「新入部員ってわけか」
「ピンポーン」
ピンクの髪の少女が良くできましたといった調子で頷いた。
「ったく……」
昴は頭痛と耳鳴りを堪えながら顔を上げると、まずは室内の様子を見回した。どうやら文化部棟の一室らしい。
それも東と西の両側に窓を持つ大部屋だ。今は夜なので当然ながら電灯に灯りが点いていて、室内を明々と照らし出している。
部屋を取り巻くように並べられた棚には、巨大ロボットのオモチャや怪獣のソフビ人形。そして掃いて捨てるほどの漫画本が積み上げられていた。
「いいのかねぇ」
腕を組んでつぶやく昴。校則の緩いこの学校には、オモチャや漫画本の持ち込みに関する規定は皆無だが、それにしても限度がありそうなものだ。
部屋の中央には六角形に並べらた机があり、その真ん中には、SFの世界に出てくる宇宙船のレーダーを思わせるドーム型の台座が配置されている。
なかなか凝った造りで、電飾まで仕込んであるようだが、結局は廃材等で作られたイミテーションだ。
「まるで秘密基地だな」
「そうよ。わたしたちは、ここから出動し、地球の平和を守るの」
得意気に言ったのはピンクの髪の少女だ。
昴が怪訝な思いで眺めていると、彼女は備えつけの黒板に、意外にきれいな字で名前を書きつけて、元気よく自己紹介を始めた。
「わたしは
鉄奈とはまた変わった名前だが、姉が鋼であることを考えると、バランスは取れている。
「つまりエスパーか」
超能力者と言えばエスパー――これは標準的な日本人の常識だろう。
「いや、わたしとお姉ちゃんは超知覚感知能力に限らず、念動も得意だから……」
「ちかくかんち?」
一瞬何を言われたのかわからなかった。だが鉄奈はべつにこだわりはないらしく、あっさりと言ってくる。
「わかんないか。まあいいや、エスパーで」
こうして美剣姉妹は通称エスパーとなったが、本来は超能力にも種類があり、その能力によって呼び方が変わってくるそうだ。
「それで、そのエスパー姉妹は、俺になんの用なんだ?」
「お姉ちゃんと話し合って決めたのよ」
鉄奈は美人と呼べる顔立ちに、やはりどこか子供っぽい表情を浮かべてつづけてくる。
「善悪の狭間でフラフラしている葉月さんに正義の素晴らしさを教えてあげようって」
「フラフラなんてしてない。正義は素晴らしい――それに異論はない」
「だったらなおさら好都合だわ」
鉄奈は満面の笑みを浮かべると、昴に手を差し伸べて言った。
「今日からわたしたちと一緒に、世界のために戦いましょう!」
「断る」
昴は即答した。話の流れはとっくに読めていたので、戸惑うことはなかった。
「なんでよ!? 正義を愛する心があるなら、うちの部の良さだって理解できそうなものじゃない!」
「それとこれとは別だ。俺はこんな怪しげな部活に入る気なんて、これっぽっちもない」
「正義を守ろうとする部活の、どこが怪しいのよ!?」
「どこもかしこも怪しいだろ!」
室内をぐるりと指差して叫ぶ。
そもそも彼女たちは、なにから地球を守る気なのだろうか。どちらかといえば田舎の地方都市であるこの町で、そんな大層な事件がポンポン起きるとは考え難い。
「超能力なんて、ご大層なものを持って生まれてきて、それを持て余してるってのはわからなくはないが、高校生にもなってヒーローごっこはないだろ」
「ごっこじゃないわよ!」
鉄奈はもはや噛みつきそうな勢いだ。
「だいたい高校生がヒーローごっこしちゃイケナイなんていう発想からして邪悪だわ!」
「じ、邪悪とまで……」
確かに高校生がヒーローごっこをしてはいけないというのは筋の通らない理屈かもしれない。それが他人の迷惑にならない範囲なら、彼女の言い分を認めてもいいだろう。しかし、昴は今まさに迷惑を被っている真っ最中だ。
「葉月さん。やはりあなたは……」
邪悪だったのですね――と続きそうな台詞を発して、鋼が悲しげな表情で彼を見つめてきた。なんとなく、つづく台詞は『やはり殺すしかないようです』のような気がして、昴は慌てて否定した。
「俺は邪悪じゃない!」
「だったら、なんであんなモノ見てたのよ?」
冷たい視線の鉄奈。
「心を読めばわかるだろ。あれは月見里が持ってきたもので――」
言いかけて、ふと気づく。この言い訳が通じてしまえば、次は月見里が犠牲者になってしまうかもしれない。
「と、とにかく、あれはスケベ心のデキ心であって、善良な人間の中にも、ああいうモノを見る輩は大勢いるんだ。だからそんなことは俺の邪悪の証明にはならない」
「けど、ああいうのを見ている人間が、異常な事件を起こすことって多いじゃないの!」
「そりゃ一方的で筋違いな解釈だ。実際、ああいうものを見ていても、善良のまま一生を終える人間のほうがはるかに多いし、見てなくったって異常な事件を起こすヤツはいくらだっている」
冷静に切り返す昴を、鉄奈は疑念に満ちた眼差しで見つめてくる。
「うーん……言い逃れの上手い男ねえ……ますます怪しいわ」
「…………」
昴は少し挫けそうな気分だった。いったいどう言えば納得するのやら。
「柳崎」
発想の転換を余儀なくされた昴は、オモチャのロボットを合体変形させて遊ぶのに夢中になっていた男に声をかけた。
「なんだ、葉月隊員?」
「まだ隊員じゃねえだろ!」
「まだってことはこれからなるのね。はい、決まり!」
鉄奈は早口でまくし立て、勝手に決めてしまおうとする。
(待てよ――こいつら、なんでそんなに俺を部員にしたいんだ……?)
昴は自慢じゃないが超能力はない。彼の従姉には不思議な力があったのだが、彼自身は体力に自信があるというだけの一般人だ。もし念力などで体を締めつけられたらどうにもならないだろう。
あまり考えたくない事実だが、美剣姉妹から見れば雑魚同然、戦力外のはずだ。にもかかわらず、ここまで熱心に勧誘してくる理由とは。
(今さら予知夢を気にしてってふうには、どうにも見えねえんだよな……)
昴は腕を組んだまま、あらためて室内を見回して、ようやくそのバカバカしい答えを思いついた。
「ギクッ!」
やはり思考を読んでいたのか、彼が言葉を発する以前に、鉄奈は台詞つきで驚いた。その様子を見て確信する。
「……おまえら、部員が足んねえから、俺を無理にでも仲間に引き入れたいんだろ?」
昴が指摘すると鉄奈と柳崎はシンクロしているかのように昴から視線を逸らした。
考えてみれば簡単なことだった。この陽楠学園には部存続の基本条件に定員五名以上というものがある。
ところが現在地急防衛部には三人しか部員がいない。なにがなんでも、あと二人増やしたいと考えているのだろう。
事情を察した昴は呆れ返りながらも、あきらめたように尋ねた。
「活動内容にやましいところはないんだろうな?」
「も、もちろんよ!」
鉄奈が慌てて答える。どもったのは嘘をついているからではなく、本音を見抜かれた衝撃から、まだ立ち直れていないのだろう。
「……幽霊部員でもいいか?」
どのみちクラブには入っていないのだ。部員の水増しに協力するだけなら大した問題はない。それに早く帰らなければ由布子に無用な心配をかけてしまう――そう考えて渋々言ったのだが……。
「えーっ! 死んじゃうの!?」
「どっから出た発想だ!?」
「だって、いま幽霊って!」
鉄奈はどういうわけか本当の幽霊を連想したらしい。しかもお寒いジョークではなく、百パーセント本気だった。しかし、高校生にもなって〝幽霊部員〟を知らない人間がいるものだろうか。
「鉄奈、幽霊部員というのはね……」
鋼が妹にその言葉の意味を解説する。その様子を眺めながら、昴は何となく違和感を感じ始めていた。過去に見てきた超常的なものは不思議ではあったが、この世界から浮いているとまでは思わなかった。しかし、このふたりには違和感がある。
(そう、たとえば異世界から来たような……)
「ギクッ!」
鉄奈は、またもや擬音付きで驚きの声を発した。
「マジか!?」
昴は今度こそ仰天して身を乗り出す、それに対する鉄奈の返答は、
「飛んでけ記憶ー!」
という叫び声とともに繰り出された凄まじいチョップだった。
かくして、昴の意識は一瞬で飛び――運命の一日が終わった。
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