第11話 彼女たちは超能力者なんだ
「あのなぁ、美剣」
迷惑そうな顔で振り向くと、思った通りの少女がそこに立っている。窓もカーテンも閉じているというのに、唐突に部屋の中に現れていた。もっとも、立っているとはいえ、土足であることを気にしてか、彼女の足は床にはついていない。困ったことに宙に浮いていた。
「す、昴……」
由布子が震える声を出した。
「いや、あのさ……」
なんとか説明しようと思うが、なんて言っていいのやら見当もつかない。とりあえず由布子は後回しにして、昴は鋼に向き直った。
「えーとな、美剣。これは誤解なんだよ。これは月見里のビデオで――」
「用心深くカーテンまで閉めてたじゃない」
昴の声を遮ったのは鋼の声ではなかった。その声は彼女のすぐ隣、なにもない空間から響いてきていた。
その意味を考えるよりも早く、白い光を一瞬だけ放ちながら、新たな少女が現れる。
ピンクのロングヘアーと青い瞳。中学生並みに小柄だが均整の取れたスタイルで、掛け値なしの美少女だ。
彼女は鋼によく似た端正な顔にどこか子供っぽい怒りの表情を浮かべている。間違いなく朝の教室から見かけた遅刻少女だった。やはり彼女が鋼の妹だったようだ。
昴はいまさら驚くこともなく、そのままの調子で弁明をつづける。
「あーつまりだな。これは健全な男子なら当然の行いであって……」
それにしては内容がアブノーマルすぎるのだが、持ってきたのは月見里であって自分ではない。不可抗力だ。
「す、昴……なんなのよ……この娘たち……」
由布子が再び震える声で訊いてきた。異常なできごとを前にして怯えているようだが、それも無理はないだろう。
「落ち着け、高月。彼女たちはいわゆる超能力者なんだ」
冷静に解説したのは、なぜか月見里だった。彼は、カタカタと震える由布子の手を心配してか、コーヒーを載せたお盆を受け取っている。
「月見里。おまえ、こいつらのことを知ってたのか?」
昴は軽い驚きを感じながら月見里に問いかける。彼の落ち着き払った態度からして、そう考えるのが自然だった。
「いや、知らん」
あっさりと否定された。
「じゃあ、超能力者を見慣れてるのか?」
「初めて見る」
「だったらなんでいきなり順応してるんだ!?」
思わず怒鳴り声になっていた。
しかし、月見里はフッと笑みを浮かべると、片手を昴の肩にのせて諭すように言ってくる。
「昴。目の前にあるものを拒絶したってなにも始まらないぞ。まずは受け入れることが大切なんだ」
「その前に一度ぐらいは疑ってみろよ」
「疑ったさ。けど、どう考えても彼女たちは宙に浮いている。おまけにテレポートしてきた。もし仮に、これが何かのトリックで再現可能だったとしても、一高校生に過ぎない俺らを、そうまでして驚かせて、得するヤツなんていないだろ?」
もっともかも知れない。だいたいトリックの準備をしようにも、家主たちに気づかれずにできるはずもない。そして昴も由布子もこの手の冗談とは縁のない人間だ。つまり、月見里の判断は正しいと言える。
「けど普通、理屈じゃねえだろ……」
昴が肩を落として脱力していると。
「もしもーし」
ピンクの髪の少女が少し困ったように呼びかけてきた。
「なんだ?」
できれば聞こえないふりをしたかったが、そうもいかず、不機嫌な声で聞き返す。
「とりあえず一緒に来て下さい」
答えたのは鋼のほうだった。
「どこへ?」
問いかける昴だったが、鋼はそれには答えず、宙に浮いたままスッと近づいてくると、彼の腕をしっかりとつかんだ。
その直後――視界がいきなり暗転して、一瞬、平衡感覚が消失した。
「き、消えた……」
由布子は震える声で茫然とつぶやいた。
鋼が昴の腕をつかむと同時に、彼らの姿は一瞬白く輝き、次の瞬間には忽然と消え失せていたのだ。そしてそれを追うように、もうひとりの少女も姿を消した。
月見里はしばらくの間、困ったように彼らが消えた場所を見つめていたが、やがて気を取り直すと、手にした盆をテレビの前のテーブルに置き、その前であぐらをかいた。
「コーヒー飲むか?」
月見里は立ち尽くす由布子に尋ねてみたが、彼女は答えることなくフラフラと歩くと、昴が消えた場所でがくりと両膝をついて動かなくなってしまった。
「しかし、まいったよなぁ、超能力者とは」
月見里はテレビに顔を向けたまま、独り言のようにつづける。
「それにこのビデオも過激すぎるぞ。先輩に〝一番過激なのを貸してくれ〟って頼んだのは俺だけど、過激の意味合いを間違ってるよな」
軽い口調で言って、ハハハと笑うが、由布子からは返事がない。
月見里は画面を見ているふりをしたまま、ふと真顔になると、少しやさしげなトーンで問いかけた。
「高月――おまえ、昴のこと好きか?」
返事は期待していなかったが、由布子は意外にもポツリと、
「……うん」
と、小さな声で頷いていた。
「そっか……。んじゃまあ、捜してくっか」
月見里は一瞬寂しげにも見える笑みを浮かべたあと、いつもどおりの軽薄な表情に戻って立ちあがった。
「捜すって……どこを?」
「学校さ」
「学校?」
「彼女たちはうちの制服を着ていた――終業時間をとっくに過ぎてるのにな。まあ単に着替えていないだけかもしれんが、あれだけ個性的なふたりだ。残ってる先公に訊きゃ、誰かが知ってんだろ」
月見里は名探偵よろしく解説すると、バルコニーへと通じる窓を開けて、適当に脱ぎ散らかしてあった靴に足を突っ込んだ。
「待って、わたしも……」
立ちあがりかける由布子だが、月見里は手を伸ばしてそれを制した。
「おまえはここにいろ。また突然帰ってくるかもしれねえからな」
月見里はウインクひとつ残すと、小走りで階段を駆け下りていった。
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