第51話 仲間

 早朝のグラウンドに出ると、ふたりを見つけた鋼鉄姉妹が空から舞い降りてきた。


「昴!」

「由布子さん!」


 口々に名を呼んだあと、ふたりが無事であることを確認して明るい笑顔を見せる。

 昨夜は神獣と、あれだけ壮絶な戦いを繰り広げていたにも関わらず、超人姉妹はまったく無傷のようだった。

 すでに上履きに履き替えて自分で歩いていた由布子は、ふたりの無事には心底ほっとしていたが、これから伝えなければならないことを思うと、やはり沈痛な思いが込み上げてくる。おそらく、これは昴も気づいていないことだ。

 それは柳崎男の壮絶な――


「おーーい! みんなーー!」


 由布子の思いをぶち壊すような明るい声が広い校庭に響き渡る。

 大きく手を振りながら駆け寄ってくるのは、どう見ても死んだはずの柳崎男その人だった。


「なんで生きてるの!?」


 率直な疑問が口をついて出る。由布子は確かに見たのだ。柳崎が瓦礫の下敷きになり、致命的に押し潰されるその瞬間を――だが思い返してみれば、それ以前に屋上から放り出された時点でどうしようもなかったはずなのだが……。

 そんな由布子に気づいて柳崎はフッと前髪をかき上げて白い歯を輝かせた。


「ヒーローは不死身なのさ!」

「理由になってないでしょ!?」


 それを見て昴は思いついたことを口にしてみる。


「実はニセモノで、制服泥棒を企んでるとか……」

「なるほど」


 ぽんっと手を打って頷いたのは鋼だ。


「ちっがーう!」

「じゃあどうして生きてるのよ!?」

「生きてんのが悪いみたいに言うなーっ!」

「だって実際に悪いもの!」

「なんでだよっ!?」


 由布子の理不尽な物言いに柳崎が地団駄まで踏んでいる。

 まあ、もちろん由布子とて本気でそんなふうには思っていないだろう。むしろ生きていて安心したからこそ、こんな冗談が言えるのだ。

 そんな由布子に向かって柳崎はこれ以上ないというぐらい真面目な顔を向けた。


「いいか、よく聞けよ。由布子隊員」

「隊員って……」

「俺は昔っから、なんでか知らんが怪我ひとつしたことがないのだ!」

「は……?」


 由布子のみならず全員がぽかんとした顔で彼を見つめた。


「どういう意味?」

「だから車にはねられても、岩の下敷きになっても、銀行強盗に銃で撃たれても、火事に巻き込まれても、海で溺れても、ビルの屋上から落っこちても……」


 思い出すように次々とあげてくる。


「……もの凄く痛かったり、死ぬほど苦しかったりするだけで、なんでか知らんが平気なのだ!」


 そこまで説明したところで柳崎は本人が格好いいと思っているヒーローポーズを取る。そして高らかに声をあげた。


「そう、すなわち、これが俺の異能力! ザ・ヒーローなのだ!!」


 唖然としている一同に向けて柳崎は得意げな笑みを向けた。

 それに向けて鉄奈を除く全員が声をハモらせる。


「先に言え!」


 昴たちのツッコミに身をのけぞらせつつ、柳崎は誤魔化すように笑う。昴は嘆息し、鋼は苦笑したが、いちばん心配させられた由布子はなおも、もんくを言いつづけている。


「まったく、無茶苦茶な奴ね。物理法則に対して失礼だとは思わないの?」

「思わん! 正義は物理法則を越えるのだ!」


 力説する柳崎。鉄奈だけがそれに拍手を送り、鋼はくすくすと笑っていた。

 昴もまた苦笑しつつ、柳崎に告げる。


「しかし、あれだよな。おまえってなんかこう、ウルトラなヒーローみたいだよな」

「うん? そうか?」

「ああ……」


 肝心なときにいなくなって、事件が終わったあとでひょっこり帰ってくるところが――と昴は思ったのだが、褒められたと思って嬉しそうな顔をしている柳崎に悪いと思ったので説明は避けた。

 とはいえ、もちろん柳崎が役立たずだったわけではない。

 名も知らぬ恩人せんぱいたちの志を受け継ぎ、地球防衛部を存続させてくれた彼には、いくら感謝しても足りないくらいだ。

 もし柳崎が先代の顧問から金色の武具を託されていなければ、この結末は到底あり得なかった。それを思えばこの事件の中で彼が果たした役割は非常に大きかったと言える。


「もうヒーローとは呼べないな」

「まあね」


 なんだかんだ言いつつも、やはりそこは由布子も認めているようだ。

 それに気を良くした柳崎は満面の笑みを浮かべると、一同の真ん中に立って高々と拳を突き上げた。


「さて、全員揃ったことだし、そろそろ締めるとするか! 地球防衛部、勝利のポーズだ!」

「オー!」


 柳崎に続いて高々と拳を突きあげる鉄奈。その背後で昴たちは部室に向かって歩き出していた。


「……て、ノリが悪いぞ! おまえら!」


 悲しそうに言う柳崎だったが、やはり高校生にもなって〝正義の味方ごっこ〟というのは恥ずかしくて、とても真似できないのだった。

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