第40話 人が人であるために

 西御寺の宣告は確かに衝撃的だった。嘘をついているとも思ってない。

 しかし、たとえどんな事情があろうと、由布子の命を犠牲にするなど論外だ。

 だが逆に、そのために世界を犠牲にできるのか。いや、世界を犠牲にしたところで神獣がいる限り、由布子にも安息の地はない。

 鋼鉄姉妹の力で異世界へ逃げるということも考えてはみた。だが常人が次元の壁を越えられる保証はなく、たとえ可能だったとしても、この世界の人々を見捨てて生き延びることなど、由布子が承伏するはずもない。

 ベストな手段はおろか、ベターな選択も思いつきはしない。そもそも答えの出る問題ではないような気もしてくる。

 そしてその思考が堂々巡りに陥りかけたとき、手にした鎌が――シャンと涼やかな音を立てた。

 それは単に昴の手が震えていたためかもしれない。だが、それが彼に思い出させたのだ。自分をうつつに繋ぎ止めてくれた恩人たちと、つい先刻、我が身を犠牲にしてまで由布子の命を救ってくれた少女のことを。

 べつに現状からの打開策を思いついたわけでもなければ、希望が見えたわけでもない。

 だがそれ以前に、昴は人が人であるためには、絶対にしてはならないことを思い出していた。

 それは――――ということだ。

 ならば、今は迷っている場合ではない。敵が愛する人の命を狙っているのだ。

 守るためには戦うしかない。守るべきものの一切を放棄してしまったかのような目の前の男と。

 戦うのだ――あの日彼を守って戦った、あの少女たちのように。

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