第14話 毒殺
登校早々、昴は文化部棟に向かった。鉄奈にひと言もんくを言うためだ。
文化部棟は旧校舎等を改装したものではなく、最初から文化部専用に設計された立派な建築物だ。
噂では卒業生の寄付金によって建てられたとも言われているが、実際グラウンドの東寄りに建てられた運動部専用のプレハブ建築とは雲泥の差だった。
建物が豪華ゆえに掃除にも気合いが入るのか、あるいは単に清掃担当のクラスが勤勉なのか、事実として白い廊下には目立った汚れもなく、鈍い光沢さえ湛えている。
部室の扉にかかったプレートを眺めていくと〈ロケット部〉〈忍術部〉〈学園緑化部隊〉といった、いくつかの個性的な名前が目に飛び込んでくる。
それらの中でもっとも変だと昴が感じる名称は、予想通り二階の一番奥まった場所にあった。
「ここか」
プレートに『地球防衛部』の文字を確認すると、ノックもせず扉を開ける。
「あら……」
机に座っていた小柄な少女が穏やかな笑顔を向けてきた。美剣鋼だ。
「おはようございます」
「おはよう」
昴はぶっきらぼうに挨拶を返すと、部室の様子を見回した。どうやら鋼ひとりのようだ。とりあえず入室して扉を閉めると、不機嫌さを隠すことなく、彼女のそばまで歩いていく。
立てつけが悪いのか、途中の床がギシギシと嫌な音を立てた。
「妹は?」
「あの娘は遅刻の常習犯ですから……と言っても、実際に遅刻したことは少ないようですけど」
その理由は考えるまでもない。いざとなれば昨日のようにテレポートするからだ。
「くそっ……」
昴は痛む頭を押さえる。そこには小さなたんこぶができていた。
「ごめんなさい」
丁寧に頭を下げて鋼が謝罪してくる。
「あのあと、わたしからも叱っておいたのですけど」
「そうなのか……?」
極めて常識的な鋼の対応に、昴のほうが戸惑ってしまう。
そもそも彼がここに来た理由――鉄奈に苦情を言うため――というのは実のところ口実でしかない。
本当の理由は朝の一件以来、一度も口を利いていない由布子と、ホームルーム前の教室で顔を合わせるのをさけるためだ。
もちろん彼らは、いつもどおりに朝食をすませ、同時に家を出て、駐輪所までは一緒に来た。
しかし、その間の会話はゼロ。
かといって、ことさら由布子に無視されているわけではない。彼のほうからも、まだ一度も話しかけてはいないのだ。
べつにケンカをしているわけでもなく、何かに腹を立てているわけでもない。
なぜか気まずい――そんな感じだった。
昴が物思いに沈んでいると、鋼は部室の片隅へと歩いていき、そこに設置されていた小型冷蔵庫を開いた。中から紙パックのジュースをひとつ取り出すと、笑顔で差し出してくる。
「どうぞ」
「ありがとう」
とりあえず礼を言い、素直に受け取って喉を潤す。
それを横目に見つめながら鋼はポツリとつぶやいた。
「毒殺」
「ぶはっ……!」
反射的に目を剥き、思わず飲みかけていたジュースを吹き出してしまう。
「冗談ですよ」
鋼はくすくす笑っている。
「昨日、俺を殺そうとした人間に言われちゃシャレにならんだろ!」
「ごめんなさい――でも、なんだか落ち込んでいる様子でしたから」
どうやら元気づけようとしてくれたらしい。昴は毒気を抜かれたような表情で鋼を見つめた。
「なあ、鋼さん」
真面目な面持ちで問いかける。
「はい?」
「昨日も本当は俺を殺す気なんてなかっただろ?」
「はい」
あっさりと頷く。
「たいていの人は超能力で脅すと、悪事に走る前に思いとどまってくれますから」
「やっぱりな」
昴は苦笑いを浮かべた。
だんだん、この少女の性格がつかめてきた気がする。変わり者だが危険な存在ではなく、むしろ本質的には思いやりのある常識人なのだろう。ズレて見える部分も、異世界人ゆえだと考えれば不思議はない。
「けど鋼さん。超能力なんてものは、あまり他人に見せないほうがいいと思うぜ」
怖がられるだけならまだしも、ヘタをすれば危害を加えようとする者や、利用したがる者が現れるかもしれない。
「普段はそうしてますよ。ときどき見られてしまって、催眠暗示による記憶操作で誤魔化したりしてますけど」
「…………」
どうやら記憶を消すことは可能らしい。
「――もしかして由布子の記憶も消したのか?」
昨日、由布子と月見里には思いっきり見られていた――と言うよりは見せていたのだが……。
「いいえ。そうしようかとも思いましたけど、あなたに怒られるような気がしましたから」
「……そうか」
やはり由布子は忘れたわけではないようだ。
夢だと思い込んでいるようにも見えない。そもそも、あんな場所で目覚めたのだから、そう都合良く思い込めるはずもないだろう。
「ところで葉月さん。入部の話なんですけど……」
鋼は顔色を窺うように昴の顔を覗き込んでくる。
「うちの部に入ってもらえますか?」
「そうだな……」
昴は考える素振りをした。
いきなりチョップを浴びせてきた鉄奈に腹を立て、一度は本気で約束を反故にしようかとも考えたのだが、正直彼はこの少女のことが気に入り始めており、答えはすでに決まっていた。
「――入ってみるとするか」
もったいつけてから答えると、鋼は心から嬉しそうな笑みを浮かべた。
「本当ですか――ありがとうございます!」
あまり大げさに喜ばれると、なんだかこちらが照れくさくなってくる。昴は誤魔化すように頭をかきながら、窓の外へと視線を移した。
部室棟裏の細長い通路を隔てて、すぐ外側に金網のフェンスが張り巡らされている。その向こう側の急な斜面には緑の木々が群れを成しており、その頭越しに遠くの町並みを見おろすことができた。
「いい眺めだな」
「ええ、とっても」
隣に歩いてくると鋼も同じように景色を眺めた。その顔には屈託のない笑顔が浮かんでいる。
しばしそうやって景色を眺めていると、やがて予鈴が鳴りはじめた。五分後の本鈴までには各自の教室に移動しなければならない。
鋼は机の上から鞄とともに部室の鍵を手に取った。
「君の場合、鍵なんていらない気もするが」
「なるべく人間のふりをするように心がけていますから」
「いや、エスパーだって人間だろ?」
それが昴の本音だった。かつて魔法使いの姉と暮らしていたときも、彼女のことを人間でないと考えたことは一度もない。
しかし鋼は少しだけ表情を曇らせると、思い切ったように言ってきた。
「わたしたちは人間じゃないんです。兵器として造られた――人造人間ですから」
「え――?」
思わず耳を疑った。あらためて鋼の横顔をじっと見つめる。嘘をついている様子などカケラもない。
――異世界から来た人造人間。
おそらく普通の人間なら妄言として切って捨てるところだろうが、昴は意識の片隅で奇妙な納得を感じていた。
世界から浮いてると感じたふたりの少女。
その違和感の理由として、それはもっとも納得のいく答えだったのだ。
鋼は部室を出て施錠すると、すぐにいつもの笑みを浮かべて歩き出したが、昴はしばらくの間、そのまま立ちつくしていた。
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