第53話 星見咲梨
朝の部室には地球防衛部の全員と、燃え尽きて真っ白になった月見里天晴が集まっていた。
部室の雰囲気は由布子がメンバーに加わって以来、ガラリと様変わりしている。中央にあった意味不明のニセレーダーは撤去され、机もごく普通に並べ直してある。さらに柳崎のオモチャや漫画はその大半が彼の自宅へと搬送され、いまは光線銃をはじめとする、ごく一部が部屋の片隅に残っているのみだった。
備えつけの黒板には今後の活動案として『地域ボランティアへの積極参加』と、きれいな文字で書かれている。
もちろん書き込んだのは由布子だ。彼女は将来、学生時代の部活を聞かれても恥をかかないように、秘かに『ボランティア部』に改名しようと企んでいる。
「ジュース飲みます?」
鋼がいつものように小型冷蔵庫から紙パックのジュースを取り出して一同に配る。もちろん思いやりのある彼女は、床の上で半死人のように転がっていた月見里――自転車に乗ったまま坂道を上りきったためにこうなった――にもコーヒー牛乳を手渡した。
地球防衛部の面々が普段このように始業前の早朝に集まることは希だったが、この日は新しい教師が学校に来るという情報が入っており、その人物にいかにしてこの部の顧問を引き受けさせるかを話し合うために集まったのだ。
しかし、さっきからろくな意見が出ず、とくに柳崎の意見はデタラメで、口を開く度に由布子を憤慨させていた。
昴は彼女たちのやりとりを聞き流しながら、机の上に置かれた白いスケッチブックと、一冊のノートを見つめる。
白いスケッチブックは戦いのあと、屋上で見つけたものだ。屋上に残っていたのはこれだけで、未来の姿はどこにもなかった。
それは形状からして彼女が手にしていた、あの赤いスケッチブックと同じものだと思われる。どういう理屈かはわからないが彼が見つけたときには、血のような赤色から今のような白へと変わっていた。
中を開くとそこには怪物の絵はひとつもなく、延々と白紙のページが続いていたが、一番最後のページにだけ昴の似顔絵が美術教師顔負けのタッチで描かれている。
それは怪物になることもなければ、飛び出して動きだすこともなく、どう見ても紙に描かれた普通の絵だった。
未来は昴を好きだと言った。あの状況で彼女がなぜ会ったばかりの自分を愛したのか、昴にはわからない。だが彼女が由布子をあれほど危険な目に遭わせた相手だと理解していても、その気持ちは不快ではなかった。
そしてもう一冊。こちらは古びた年代物のノートだ。隠し倉庫の中に何着ものマントや多数の武器とともに眠っていたもので、ページを開くと、このクラブの活動内容がビッシリと書き込まれていた。
一番最初のページには初代部長の挨拶があり、次のページからは戦いの記録で埋め尽くされている。部長も二代目、三代目、と代替わりしていて、この町が決して平穏な町でないことを現してもいた。
もちろん、その中にはあの日の事件のことも記されている。
琥珀色の目を持つ少女――秋塚千里は、やはり当時の部長だったらしく、昴のことをかなり心配してくれていたようだ。それを読み返す度に彼は思う。いつか彼女に会って礼を言いたいと。
そして昴はノートのページをめくり、ここ数日の間に何度も読み返した初代部長の挨拶に目を通した。
『えーと、わたしは初代地球防衛部の部長です。なぜこんな大仰な名前にしたのかというと、それは大切なものなら何でもかんでも守りたいというわたしの欲深さ故です。
本当は宇宙防衛部にしたかったのですが〝いくらあんたでも宇宙なんて行けないでしょ〟と友だちに冷たく言われましたので地球で我慢したしだいです。
人はよく言います。人間は世界や地球のためになんて戦わない。本当はもっと身近なもののために戦うんだって。
わたしはこの考え方が嫌いです。はい、もう大っ嫌いですとも。
いえ、だからといって身近なものを守るのが嫌いなわけではありません。それはそれでとても素晴らしいことだと思います。
でも、だからと言って世界そのものや、地球のためを思って行動することはイケナイことでしょうか? それって本当にウソなんでしょうか?
わたしはそうは思いません。ええ、断じて思いませんとも!
人は世界のために戦えます! 地球のためにだって戦えるんです!
だいたい、身近な人のことだけ考えてたら、いつしか人は、その人のためなら違う人を傷つけることさえ平気になっちゃうじゃないですか!
だからわたしはあえてこの名を選びました。地球防衛部! 地球防衛部! もう連呼しちゃうぐらい、いい名前です。ぜひ、この部の名前のところは声に出して読んで下さい。
……すみません、興奮してしまいました。落ち着いて本題に移りましょう。
さて、皆さんが信じてくれるかどうかは、少々疑問ですが、この世界には様々な不思議なことが実在しています。それは、たとえば超能力だったり、魔法だったり、他にも分類することが困難な、数多の不思議なものが、あちらこちらに隠れているんです。
この不思議なものというものは、決して邪悪なものとは限らないのですが、間違った使い方をすればとても恐ろしい凶器になってしまいます。また困ったことに、世の中にはそういった力だけが残留して、そこからコワーイ怪物が生まれてくることもあるんです。
わたしはそれらの力を間違ったことに使う人たちや、悪いことをする怪物からみんなを守るために、この部を創りました。
告白します。わたしもまたその不思議な力を持つ者のひとり――魔法使いです。
その力があるからこそ、わたしは他の不思議を怖れることなく、それに挑むことができます。
ですがこれを読んでる皆さんが普通の人間であるなら、超能力者や魔法使い、怪物と渡り合うのは困難でしょう。
ですから、わたしは皆さんのために、ここに武器と防具を用意しておきます。武器は思いつく限りの種類を、防具は誰でも羽織れるように大きめのマントを。
これらの装備がはたして皆さんの役に立つのか、本当に必要なものなのか、わたしにも、はっきりしたことはわかりません。
しかし、知恵と勇気だけで常に渡り合っていけるほど超常の力を持つものはあまくありません。
たとえあなた自身に、その力があったとしても、悪意を持って力を振るうものは想像以上に危険な存在です。
ですから、もしあなたが今、力を必要とする事態に迫られているのであれば、遠慮する必要はありません。お好きな武器を手に取って下さい。
レンタル料は請求しません。
ただし、ひとつだけ忠告です。悪用することだけは、決して考えないでください。
なんと言ってもわたしは魔法使いです。
悪いことをする人にはコワーイ呪いをかけちゃいますからね!』
そして、その長い文面の下に初代部長の名前が記されていた。
『
昴にとって忘れるはずのない名前――彼の姉の名前だった。
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