第20話 鋼鉄姉妹
その日の放課後、昴と由布子は地球防衛部の面々とともに、彼らの部室に集まっていた。
窓から差し込む穏やかな陽射しが、室内を明るく照らし出し、窓の外からは運動部員のかけ声が響いてきている。
のどかな春の午後だったが、室内に張りつめた空気は重かった。
「――とりあえず鋼鉄姉妹のことは、それでいいとしましょう」
由布子は、昴から事の顛末を聞かされて、不機嫌そうに頷いた。
彼女は着納めと称して焦げたままのブレザーを着用し、六角状に並んだ机のひとつに陣取っている。机の上には手荷物とともに鋼からもらった紙パックのフルーツ牛乳が置かれていた。
「鋼鉄姉妹か、格好いいな、おい!」
本題とはまったく関わりのないところで歓声を上げたのは本日未明、怪物追跡中に人知れず転倒して失神するという、大活躍を演じた当クラブの部長、柳崎男だ。
その不甲斐ない失態をよそに、彼の顔つきはいつも自信に満ちあふれている。それこそが彼のヒーローとしての美学なのだろうか。
「なんなのよ怪物って。どうしてそんなものがいるのよ……」
由布子は怒りの表情から一転、沈んだように言った。
「もちろん悪の組織がバイオテクノロジーによって造り出したのだ! 俺たちの使命はその生産工場を見つけ出し、叩き潰すことにある!」
柳崎はイスに片脚を乗せて叫ぶと、拳を握りしめて天を仰ぐ。
そのノリに同調しているのは鉄奈だけで、鋼は平然と無視し、由布子は冷ややかに無視し、昴は疲れたように無視した。
「怪物の正体なんて俺たちにもわかんねえよ。彼女らにしたって、超能力があるってだけで、怪物なんかと面識があるはず――」
「色々とありますよ」
「――え?」
昴と由布子はきょとんとして声の主――鋼へと顔を向けた。彼女はいつもどおりの穏やかな笑みで口を開く。
「すべてをお話ししたほうが良さそうですね。――少し、長くなるかもしれませんけど」
鋼はそう前置きしてから、ゆっくりと話しはじめた。
「葉月さんには今朝もお話ししましたけど、わたしたちは異世界で造られた人造人間です。わたしたちの故郷は、ここよりもはるかに進んだテクノロジーを有していました。中でももっとも後期に開拓されたアストラルテクノロジーと呼ばれる技術は、もはや神の領域を侵犯しているとしか思えないもので、肉体のみならず人の霊魂にさえ手を加えることを可能としていたのです。わたしたちはその技術によって開発された、おそらくは世界で最後の人造人間です」
「世界で最後……?」
「はい。わたしたちが目覚めたとき、世界には、もう生きた人間は残っていませんでした」
その言葉に昴と由布子は息をするのも忘れて顔を見合わせた。柳崎もまた、いつになく深刻な表情を浮かべている。
鋼は目を伏せ気味にしてさらにつづける。
「ですが、あるいはそれは、わたしたちにとっては幸運だったのかもしれません。なぜなら本来人造人間には、日常会話などの基礎記憶の上に、マインドコントロールを含む、戦闘用のプログラムを植え付けることが常識になっていたからです」
昴は眉根を寄せた。それはあきらかに人道に反した行いではあるが、人間が超能力者を兵器として生み出すならば、当然それぐらいのことはしないはずがない。
「ですが、わたしたちはそのプログラムをインストールされることなく、完成直後に施設もろとも破壊されてしまい――」
「ち、ちょっと待って!」
由布子が慌てて割り込んだ。
「その言い方だと、あなたたちまで死んじゃったみたいよ!」
「ええ、死んじゃったんです」
由布子の言葉に鋼はあっさりと頷いた。昴や由布子はもちろん、柳崎までもが揃って絶句する。
「もうぐちゃぐちゃの死体になってしまったみたいで、生き返るときは死ぬほど苦しみました」
「……生き返った?」
「はい。わたしたちは霊核と呼ばれる霊魂の中枢を破壊されない限りは、たとえバラバラにされても、自己再生によって甦ることが可能なんです」
「…………」
またしても絶句する昴たち。だんだん驚きがついていかなくなりつつある。
話のほうも次第にSFだか、ファンタジーだか、あやふやで意味不明なものになってきている気がした。
「と、とにかく技術的なことは説明しなくてもいいわ」
どうやら由布子も似たような心境らしい。
「あなたたちが一度死んで生き返ったのはわかったけど、どうして他の人間たちは消えてしまったの」
「施設が破壊されたってことは戦争か何かか?」
由布子の疑問に柳崎が続けた。
「――怪獣よ」
答えたのは鉄奈だった。ふざけている様子はなく、その眼差しには深刻な怒りの感情が浮かび上がっている。
「施設のデータによれば、それは神獣という名で呼ばれていたようです。わたしたちが見つけたとき、〝それ〟は破壊し尽くされ、動くものがすべて消え失せてしまった大地に悠然と佇んでいました」
淡々と話し続ける鋼の瞳にも鉄奈と同じ感情が浮かんでいるようだった。
「ゆるせなかった……生きとし生けるすべてのものを消し飛ばして、まるで世界を嘲笑うかのように見下ろしているアイツの姿が! だからお姉ちゃんとふたりで粉々にしてやったの! 何度も何度も生き返ってきたけど、わたしたちに知覚できるアイツのすべてを潰してやったら、やっと消え失せたわ!」
一気にまくし立てた鉄奈の瞳に涙が滲む。それは彼女たちにとってトラウマそのものなのだろう。
柳崎はそっと鉄奈に歩み寄ると、震えるその肩にやさしく手をのせた。
「つらかったんだな、てっちゃん。だが、よくやった。おまえは地球のみんなの仇を討ったんだ」
どうにも芝居がかっているように見えるのだが、この男は万事がこの調子なので、意外と真摯な気持ちで言っているのではなかろうか。
鉄奈もそう感じたからか、彼の胸にすがりつくようにして静かに泣き始めた。
しばらく鉄奈はそっとしておくことにして、昴は鋼に向かって尋ねる。
「けど――君たちって、そこまで強いのか?」
一口で怪獣と言われてもピンとはこないが、それはたった一匹で、人造人間を造り出すほどの超文明を滅ぼした恐るべき存在だ。鋼鉄姉妹は、それをたったふたりで塵に変えてしまったのだという。それが事実なら、この世界の軍隊が束になったところで、彼女たちには敵わないのではないだろうか。
「一緒に世界征服でもしてみますか?」
鋼は冗談めかして言った。
「できれば心を読むのは遠慮してもらいたいんだが……」
「もう読んでませんよ。話の流れから察しただけです。わたしたちにも、それなりのモラルはありますから」
微笑む鋼の表情に邪念はカケラも見あたらない。いまさら疑う気にもなれず、昴は素直に信じることにした。
「それで、実際のところはどうなのよ?」
由布子が回答を急かせた。ジュース片手に自分のイスを引きずるようにしながら昴の横に移動してくる。
「この世界の軍隊に勝てるかどうかは、試したことがないのでわかりませんが、普段のわたしたちは怪獣を相手にしたときのような強い力は使えません」
「普段の?」
「はい。わたしたちが力を使うには、ある特殊なエネルギーが必要なんです。そのエネルギー濃度が上がるに比例して、わたしたちの力も強化されます」
「特殊なエネルギーって――魔力みたいなもの?」
由布子の脳裏には家庭用ゲーム機の有名RPGの画面が浮かんでいるようだ。
「似たようなものですね」
鋼は軽く頷きを返して説明をはじめる。
「それはあらゆる物質からにじみ出て、世界に普遍的に満ちている観測困難な粒子で、わたしたちの世界では第五元素からの引用により〝アイテール〟と呼称されていたようです。もっとも、未だ研究がはじまったばかりのものだったらしく、廃墟と化した施設から回収したデータでは、発生のメカニズムさえ判明しませんでした。ただ、ひとつ確実なのは、基本的に〝強い力〟を持つ存在になればなるほど、アイテールの放出量も増加する傾向があるということです」
「わかったか、優等生?」
昴は由布子に向き直って訊いてみた。
「だいたいね。ようするに、鋼鉄姉妹が怪獣を倒せるだけの力を発揮できたのは、そいつが途方もなく強い存在で、それゆえに彼女たちの力の源であるアイテールを、大量に吐き出していたからってことなんでしょ」
「けど強い力ってなんだ?」
昴には今ひとつピンと来ない。力といっても、単純に腕力とかではない気がする。
由布子は少し黙考してから推測を述べた。
「もしかして超自然的な力を持つものが、たくさん発しているとか?」
「ええ、それは確実です。ですが超自然的な存在に限らず、車や飛行機のような機械は、普通の無機物に比べてアイテールの放出量が多いんです」
「でも、あらゆる物質が常にアイテールを生成しているなら、世界はすぐにそれで満たされてしまうんじゃないの?」
「いいえ。その空間における平均値を超えたアイテールは、すぐに拡散してどこかへ消えてしまうんです。もちろん――その原理は不明ですが」
最後にひと言付け加えて鋼は苦笑した。結局、彼女たちにとっても、この世にはわからないことの方が多いようだ。
「問題は怪獣を倒したあとでした。誰もいない世界でなにをすればいいのかわからず、わたしたちは途方に暮れたんです」
鋼は当時を思い出してか、実際に途方に暮れたような顔で言葉を紡ぐ。
「わたしたちは食事を取らなくても死ぬことはないのですが、ずっと食べないでいると物凄く眠くなるんです。三日眠ってやっと半日起きていられるといった具合でしょうか……」
つまり、鋼鉄姉妹も基本的には、食事を摂取する必要があるということだ。
「眠ったり起きたりと、無為な日々を繰り返していたわたしたちは暇つぶしに自分たちの力の使い方を色々と研究しはじめました。ようするに、それくらいしか娯楽がなかったんです。ですが、そのおかげである日、偶然発見したんです。次元の壁に穴を空けて別世界へと渡る方法を――」
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