第5話 初めてのラブレター
一日の授業が終わった。
クラブに所属していない昴は教室を出て下駄箱へと直行する。
結局、人の予感などというものはアテにならないものだ。自転車置場で小夜楢未来と出会ったときには、退屈な日常の何かが変わる前触れのようにも感じられたが、終わってみれば、ごく普通の一日でしかなかった。
もちろん本気でなにかが起きると信じ込んでいたわけではないのだが、それでもなんとなく落胆してしまう。
(なんだかなぁ……)
肩を落として溜め息をつくと、靴を履き替えるために下駄箱を開けた。
「…………」
思わず目を丸くして立ち尽くす。そこには靴以外にも、謎の物体が入っていた。
材質はおそらく紙。平べったい長方形をしており、別の紙切れを封印するための梱包システムを備えているらしい。実際に目にすることは希だったが漫画などではたびたびお目にかかる、ありふれたアイテムだ。
「こ、これは、まさか伝説の……」
昴は恐る恐る、その物体を手に取って、まじまじと見つめた。
どこからどう見ても、完璧に便せんだった。しかも、かわいらしいハート型のシールで封がされている。
「ラ、ラブレター――?」
そうとしか考えられない。
もしこれが本物のラブレターだとすれば、昴がこの世に生を受けて以来、初めてもらったラブレターということになる。
ちなみに昴は『モテそうなタイプ』と、よくクラスの女子に冷やかされるのだが、実際にモテた記憶はない。
「これか? ――予感の正体は」
だとすれば人の予感というものも、バカにはならないものだ。
とにかく封を切る前に、周囲にひと目がないことを確認しようとして振り向いた。
その途端――いきなり由布子と目が合った。
「だわっ!?」
思わずのけぞってしまう。
「…………」
彼女はじとーっとした冷たい眼差しで、昴の手の中にある便せんを見据えていた。
「ゆ、由布子――」
大いに慌てる昴だが、咄嗟には言葉が出てこない。もちろん慌てる理由も言い訳をする必要もないはずだったが、なぜか後ろめたい気持ちがしてくる。
しかし、由布子はそのままの眼差しでポツリとつぶやいた。
「かわいそうに」
「な、何がだよっ!?」
「だって果たし状でしょ――それ」
「うっ……」
その可能性は考えていなかった。
もしこれが果たし状だとすれば、昴がこの世に生を受けて以来、初めてもらった果たし状ということになる。
「まあ、あんたは体力と腕力だけが自慢の男だから、かわいそうなことになるのは、むしろ相手のほうでしょうけどね」
つまらなそうに言うと、由布子は自分の靴箱からスニーカーを出して履き替える。そして、あとは我関せずといった調子で、ただの一度も振り返ることなく、校門に向かって歩いていってしまった。
「冷たいのはおまえだろうが……」
ガックリと肩を落として溜め息まじりに愚痴る。
これまでずっとひとつ屋根の下で暮らしてきて、取り分け甘酸っぱいエピソードはなかったが少しはやきもちを焼いて欲しい――というのは、やはり男の身勝手なのか。
だがいまは由布子のことよりも手紙のことだ。
果たし状などと彼女は言ったが、冷静に考えれば、昴はあまり他人から恨まれるようなことをした覚えはない。
ひとつ考えられるのは友人のイタズラだが、月見里は人を罠にかけて笑うような悪癖は持っておらず、他の級友たちの中にも、こんなことをする暇人は思い当たらなかった。
「とにかく読んでみるか」
あれこれ考えるよりは、それが先決だ。昴は手早く封を切ると手紙を開いてみた。
〝葉月昴様へ。放課後、北校舎の屋上で待っています――二年B組・美剣鋼〟
短い文面だ。よくある丸文字ではないが、女性らしい丁寧な字で書かれている。
差出人の名前に心当たりはない。それ以前に読み方もわからない。
美剣鋼――普通に考えるならば〝みつるぎはがね〟と読めそうだ。あるいは〝みつるぎこう〟という可能性もあるが、どちらにせよあまり女の子の名前としては相応しくない気がする。
「てことは、やっぱり果たし状なのか?」
昴は首をひねる。いくら考えても思い当たるふしはない。
そもそも屋上は人目に付きにくいとはいえ、学園の中だ。常識的に考えてあまり校内で果たし合いをする人間はいないだろう。
では他の可能性は?
腕を組んで色々と考えてみるが、答えは出そうにもない。
この名前の人物についてB組の友人に尋ねても構わないが、手紙には正確な時間が書かれておらず、もしかすると、すでに屋上で待っているかもしれない。だとすれば、あまり待たせるのは悪い気がした。
「ま、行けばわかるさ」
けっきょくシンプルな考えに帰結して、軽い口調でつぶやくと、昴は北側校舎の屋上へ向かって歩き出した。
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