第25話 襲撃
夕刻、昴が帰宅すると、高月家では由布子と鉄奈が夕飯の支度に取りかかっていた。
鉄奈がここにいる理由は簡単だ。
この日の朝、昴が地球防衛部の部室に、私用で欠席する旨を伝えに行ったところ、気を利かせた鋼が、鉄奈を由布子のボディガードに推薦してくれたのだ。
それは昴にとってもありがたい申し出だった。先日の怪物程度ならなんとか渡り合う自信はあるが、それも相手が一匹だったらの話だ。二匹、三匹と同時に出て来られたら、自分はともかく、由布子を守りきる自信はない。
だが、美剣鉄奈は敵が強ければ強いほど戦闘力が高まり、いざとなればテレポートして逃げることもできる。この上なく心強い味方だった。
そもそも彼女がいなければ、昴もひとりでおちおちと墓参りなどできないところだ。手早く切り上げて、由布子が帰宅する前には家に戻るつもりだった。
もっとも、なにを勘違いしたのか昴のほうに同行しようとする鉄奈を説得するのには少々骨が折れた。彼女としては昴のほうが、より狙われる危険性が高いと考えたのだろう。
それも当然だったが、敵が昼の町中で襲ってくる可能性の低さと自分の逃げ足の速さ。それに昴が留守の高月家に敵が現れた場合の危険性を説いて、ようやく納得させたのだ。
とはいえ、もし昴が人気のない霊園に墓参りに行くと気づかれていれば、さらに話はこじれたことだろう。
「ただいま」
昴は、キッチンのほうに声だけかけると、私服に着替えるために階段を上がって二階へと向かった。いつものように由布子の部屋の前を通って自室の扉を開ける。
「お帰り」
キッチンにいたはずの鉄奈が、彼の部屋の真ん中にちょこんと居座って挨拶してくる。
「テレポートか?」
「ハズレ! 急いであっちから先回りしたの」
鉄奈はにっこり笑ってバルコニーを指差した。
「なるほど――盲点だったな」
少し大げさに言ったが、盲点だったのは事実だ。超能力者だからといって常にそれに頼ると決めつけてかかるのは早計だ。
「由布子の手伝いをしてたのか?」
「うん」
鉄奈はセーラー服にエプロンという出で立ちだった。
「料理なんてできるのか?」
「ブタの丸焼きなら大得意」
「それって超能力で焦がしているだけじゃないのか?」
「えへへ――まあね~」
「それは料理とは言えないぞ」
「冗談冗談。まだまだ経験不足だけど、由布子が教えてくれるって言ってくれてるし、そのうち上手くなってみせるって」
意外に前向きだ。
(いや、意外ってことはないな。こいつは結構、純真なんだ。純真すぎて世界征服を企てるほどだ)
昴が失礼なことを考えていることには気づく様子もなく、鉄奈は屈託のない笑顔で話しかけてくる。
「ところで、昴。入部届がまだ出てないんだけど?」
「入部届? ……そっか忘れてたな」
昴はようやく思い出した。見事なまでにコロッと忘れていた――入部のためには入部届を提出しなければならないという事実そのものを。
「何となく口約束をした時点で、受理されたような錯覚を覚えちまったんだよな」
と、そこで気づく。
「そういや顧問はどうなってんだ?」
「まだ決まってないけど、もうすぐ新しい先生が来るそうだから、その人にみんなでお願いしようと思ってるの」
地球防衛部なんて、おかしなクラブの顧問は嫌だ――と言われないだろうか。
「ところで、今日はあの変な人はいないんだね」
「変な人?」
「えーと……アッパレさんだっけ?」
「〝あまはる〟だ……」
月見里当人が聞いたら怒るか嘆くかだろう――たぶん、相手が女の子の場合は後者だが。
「そうだ、月見里で思い出したぞ」
昴は腕を組んで鉄奈を見据えた。
「おまえ、チョップはまだしも、ああいうイタズラはタチが悪すぎるだろ」
「なんのこと?」
鉄奈はきょとんとして聞き返してくる。
「だから、おまえが俺を気絶させたあとだよ。この部屋に連れて帰ったのはいいけど、俺を眠っちまった由布子の隣に寝かせるなんて……」
「えっ?」
鉄奈はさらに困惑したように眉を寄せた。
「わたしが昴を送り届けたときは、由布子さんまだ起きてたよ」
「へ?」
今度は昴が困惑する番だった。
「なんかこう目が据わってて、神獣よりも怖かったから――ごめんなさいって言って、すぐに逃げちゃったけど」
「…………」
昴はポカンと口を開けたまま立ち尽くしていた。鉄奈が嘘をついているようには見えない。その必要があるとも思えない。
(……てことは、あいつが俺のベッドに潜り込んで……)
昴はみるみるうちに顔を赤らめた。
(いや、しかし状況が状況だけに、単に心配で横に座っていたら、眠ってしまったというだけのことかもしれないじゃないか!)
それが自然に思えた。ふたりは実の姉弟のように暮らしてきたのだから。そう解釈して冷静さを取り戻すと、今度は違った感情がざわつき始める。
(けど、惜しいことをしたな……)
早い話が煩悩だ。あの夜のシチュエーションを回想してバカな妄想をはじめる。その妄想をエスカレートさせていると、ふと殺気を感じて、慌てて横を向いた。
案の定、殺気の主は鉄奈だったが、それは彼に向けられたものではなかった。彼女は険しい表情で窓の外――カーテンの向こう側を睨みつけていたのだ。
「鉄奈?」
「来たよ」
「――!」
いまさら「何が?」と問い返す必要はない。鉄奈のやる気満々の笑みを見れば、それが敵であるのは明らかだ。
「二、四、六……随分出てきたわね」
不敵な笑みを浮かべながら、ここからは視認できないはずの敵を数えていく。透視か遠隔視の能力を働かせているのだろう。
「昴はここに居て――すぐに片づけてくるわ」
言うが早いか、鉄奈の姿は光とともにかき消えていた。
「お、おい!?」
昴はやや慌てた。彼女の強さも不死身に近い体を持つことも聞かされてはいたが、それでも女の子ひとりを戦わせて、自分だけじっとしている気にはなれない。
(加勢になるかどうかはともかく、少なくとも見守らねえと!)
昴は慌てて部屋を飛び出すと、廊下側の階段を駆け下りた。
そこに――小夜楢未来が立っていた。
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