第44話 巨獣墜落
「昴!」
戦いが終わると同時に由布子がマントの前を押さえるようにしながら、昴のもとへと駆け寄ってきた。
「由布子、怪我はないか?」
「それは言うほうと言われるほうが逆でしょ」
困ったような顔で由布子が言う。
「ああ、俺は大丈夫だ。西御寺もまあ……大丈夫だろう」
意識を失い倒れ伏した西御寺だが、呼吸はしっかりしている。
だが、未来はやはり、どう見ても事切れているようだった。
昴は傍らに座り込むと未来にそっと囁きかける。
「ごめんな、守ってやれなくて」
それどころか逆に守られた気がする。もしあのまま由布子を失っていれば、昴はきっと今の昴では居られなかっただろう。おそらくは西御寺のことも殺していたはずだ。
そう考えれば考えるほど昴には未来のことが、もうひとりの自分のように思えてくる。あのとき由布子に出会わず、空虚なまま生き続けていれば、昴もまた世界なんてなくなればいいと思い込んでいたかもしれない。
「昴……わたし、どうしたら……」
由布子は、いまにも泣き出しそうな顔でうつむいている。西御寺の言葉が重くのしかかっているのだろう。
世の中には〝二律背反〟という言葉がある。救うべきものがふたつあり、そのどちらかを救えばもう一方が助からないという状況で多用される言葉だ。この状況はそれに似ている。由布子を助けようとすれば世界が犠牲になり、世界を守ろうとすれば由布子を犠牲にしなければならない――もっとも世界がなければ由布子も生きていけないのだが。
昴はこの〝二律背反〟という言葉が嫌いだ。結果的に片方しか助けられないのはしかたがないにしても、まずはその両方を助けるために最大限の努力をするのが人の義務だと思う。
だが人間は定説に弱い――それは人が言語で思考する以上、克服困難な弱点かもしれない。
事実、この言葉もまた人に要らぬ先入観を与え、その努力をする前に片方を選ばせてしまうことが多々あった。
昴は、そんな言葉に振り回されて大切なものを放棄するのはごめんだ。由布子を守り、世界も守る。たとえ誰がなんと言おうとも、彼は最後の最後までその努力を怠るつもりはない。
まずは思いつくことを片っ端から試すしかない――昴はそう考えて単純極まりない思いつきを口にしようとした。
「神獣は天使に喚ばれて出てくるって言ってたよな。だったら……」
天使が帰れって言えば帰るんじゃないか――彼がそう続けようとしたとき、唐突に柳崎の声が背後から響き渡った。
「お前たち逃げろ!! 空が落ちてくるぞーっ!!」
必死の形相で叫ぶ柳崎の姿を見て昴たちは慌てて空を見上げた。
だが、そこにはもう、どうしようもない大きさにまで膨れあがったソレが広がっていたのだ。
「昴!」
悲鳴をあげる由布子。昴にできたのは彼女を抱え込むようにして衝撃から守ることだけだった。
直後、轟音と振動が世界を覆い尽くす。
「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!」
由布子の視界の中で、柳崎が瓦礫に押し潰される光景が確かに見えたような気がした。
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