第30話 希望





 扉から出てきたのは、陛下だった。目の下にはクマが出来ており、泣き腫らした目で僕をみる。ルカニエと同様に酷く憔悴している様子だ。そんな姿に心がズキっと傷んだ。







「陛下……」


「アシュ……アシュ……」





 ボロボロと涙を流す。こんな姿は今まで見た事がない。






「ルカ、ちょっと2人にしてくれるかな? また後でね」


「……わかりました」






 一瞬暗い表情を浮かべたが、すぐに笑顔になり、部屋から出ていった。






「大馬鹿者……私を哀しませるなんて……」


「ごめんなさい……でも、後悔はしてません」


「ああ、わかっている……そなたはそういう人だ」


「陛下が泣くところ、初めて見ました」


「こんなに泣いたのは何年ぶりだろうな……」


「いったい1週間どんな気持ちで……」


「ただただ気が気でなかった。目を覚まさないんじゃないかと思った。なぜ私はそばに居てやれなかったんだろうと、自分を責めていたよ」


「貴方は国を統べるお方です。貴方は正しく国を守った」


「わかっている……だが、もし私が国王でなかったら、そばで守ってやれたのではないかと」


「それなら僕達は出逢っていませんよ」


「そうだな……はは、あたたかい」





 そう言って優しく僕の頬に触れられる。久々に感じる陛下の体温。そっと僕は手に手を合わせ、頬を擦り寄せる。




「キスしてもいいか……?」


「え?! ど、ど……え?!」


「はははっ! 口にじゃないぞ?」


「あ、どうぞ……」






 急に何を言うかと思った!! びっくりした……でもなんで急に? 何処にするつもりなんだろう。良いって言っちゃったけど?!




 戸惑っていると、どんどん顔が近づいてくる……ドキドキ心臓がうるさくて、どうにかなりそうだった。あと数センチのところで、ギュッと目を瞑る。




 チュッ



 額に柔らかい感覚があった。ああ、なんだ、額か〜……でも親にしかされたこと無かったし、すごい恥ずかしいぞ?!

 ゆっくりと目を開けると、優しく陛下が笑った。額に感覚がまだ残って、あつい……





「あの……急になんでですか?」


「したかったからしただけだよ。反応が可愛いな。ずっと眠っていたそなたとこうしているのが、本当に幸せなんだ」


「僕もです。正直申し訳ない気持ちと、そんなに心配してくれたんだって嬉しさがあって……複雑ですね」


「だからといってもうこんな事はしないでくれ……身が持たない」


「わかってますよ」


「本当に……そなたは見ていて飽きないな。……食事の途中で済まなかった。冷めてしまうぞ」


「あ、はい」


「食べさせてやろうか?」


「いや、自分で食べられますよ!」


「それは残念」


「陛下も食事ちゃんととってなかったでしょう? ちゃんと食べないと」


「ああ、あとで食べるよ」


「もう! 皆自分を犠牲にして……」


「皆とは?」


「ルカですよ!」


「そうか……そなたは心配する人が多いのだな」





 ルカニエの名前を聞いて、悲しそうに笑った。孤独な陛下。大丈夫、1番大切なのは貴方なんですよ。いつかそう言える日が来るだろうか。



「そうだ、避難施設の皆がそなたを心配しているんだ。そなたが目を覚ましたことを発表しないと」


「え? そんな事になってるんですか?!」


「記事にもなっている」


「こんな状況でも記事をかくなんて……」


「こんな状況だからこそだ。では仕事も溜まっていることだし、戻るよ」


「僕のためにありがとうございます……」


「そなたは体力が戻るまで休んでいるといい。生きていてくれて本当に良かった。あと、そなたの両親も大いに助けになっている。今は建物の修復に行っているが夕方には帰ってくるだろう」


「え! 両親がですか?! 嬉しい……久々に会える」


「2人も随分やつれているくらいに心配している。夜はゆっくり家族と話すといい」


「ありがとうございます!」



 そう言って陛下は出て行き、ルカとカンが入ってきた。




「フルーツ持ってきました!」


「ご飯ちゃんと食べてきた?」


「食べてきました!」


「早くない?!」


「早食い競争に勝つくらいっすから」


「はは、自慢できることじゃないよ。フルーツ3人で食べよう」





 そして3人でフルーツを食べながら、これまでのことを話してくれた。僕の勇敢な行動が、皆の糧になっているのだとか。災害は辛いことだけじゃないと。





 僕がとった行動が、そこまで大きな影響を与えることになるなんて。夢みたいだ。少女1人を助けたんだ。じわじわと実感が湧いてきた。





そしてモルガ王国も中心になって助けてくれているという。両親も僕が医療班で頑張っている間、救護班に居たらしい。全然気付かなかったな。





 僕は魔力回復のポーションを飲んで、再び休んだ。次の日には完全復活するくらいに元気になった。





「本当にもう大丈夫なのですか?」


「うん、皆が辛い時に僕だけ休めないよ。僕も役に立ちたいんだ」


「貴方という人は……」


「なんだよ〜」


「褒めてますよ。では行きましょうか」





 ルカニエと一緒に皆が休む場所へ向かった。3000人規模の避難施設は満杯になっていた。僕の姿を見ると、徐々に皆が気づき始め、ザワザワし始める。






 僕はみんなの目の前に立ち、話始める。






「皆様、初めまして。アシュ・クイックと申します。この国の国王の補佐官をしている者です。この度は心配をお掛けして申し訳ございません。魔力切れで1週間眠っていたようで……もう心配ありませんのでご安心ください」






 僕の話が終わると、歓声が沸き上がる。拍手の嵐。温かい声援に、心も温まる。3000人の中から、少女とその母親が歩いてきた。







「皆様、この方が私のたった1人の娘を助けてくださったのです。感謝してもしきれません……私の唯一の希望が今も生きているという奇跡が、この災害を乗り越える力になりました」





 その母親は涙を流し、僕を見つめ深く礼をした。横に立っている少女も一緒に礼をする。







「この度は本当にありがとうございます……一生このご恩は忘れません。もし貴方に何か出来ることがありましたら、幾らでもお力になります」


「ありがとうございます。でも、何かをしてもらいたくて助けたわけじゃありませんので……どうか、元気に健康に、これからも生きてください」


「本当にお優しいお方……貴方のような素晴らしいお方が、国王陛下の補佐官になってくださり大変嬉しく思います。貴方にこの上ない幸せが訪れますように」


「お兄ちゃん、助けてくれてありがとう」


「いいんだよ。お母さんを大事にね」


「うん!」






 それから皆が僕に温かい言葉を掛けてくれた。こんなに素晴らしい贈り物をもらうことになるなんて、人生何が起きるかわからないな。いい事をすれば、必ずどこかで返ってくる。






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