第34話 好きです
陛下と2人で馬を借り、そのまま王宮の敷地内の森へ入る。
「風が気持ちいいですね!」
「そうだな。走るか?」
「いや! 実は小走りくらいしかできなくて……」
「なぜだ? 小走りが出来たら走るのも出来るだろう」
「いや……怖くて」
「ハハッ、それはやって見てから言うんだな」
「うう……でも久々に乗ったら結構足がやばいです……」
乗馬では、お尻を浮かすために、両膝で馬のお腹を挟んでおかなければならない。
まだまだ慣れない僕は、足が力んで余計に疲れてしまう。
バランス能力も必要だから、結構難しいんだよな……
久々に乗るって言うのに、なぜ陛下は余裕そうなんだ?!
「そなたは筋力がないからな。長くは持たなそうだな」
「歩くくらいが楽です……」
「それじゃあ勿体ない」
「陛下はどうやって出来るようになったんですか?」
「まずは歩いて……次は小走り、少しだけ走らせてまた小走り。少しでいいからやってみれば怖くなくなってくる」
「わかりました。陛下も横で一緒にやってくださいね?!」
「わかったわかった。そなたに合わせるから好きにやるといい」
深呼吸をして、集中する。まずは小走り。……だめだ、こわい!もうちょっと小走りでいこう。
「さあ、ほら! やってみなさい!」
陛下に促され、頷く。馬に合図を送り、走る!!……おっとっと、後ろに引っ張られるようだ。キツイ……!
「姿勢をもっと低くするんだ」
「はい!……こうですか?」
「そう!」
僕の前を陛下が追い抜いていく。風を切り、草木の匂いが鼻をかすめる。気持ちいい。まるで僕が風になったようだ。このまま飛んでいけそうなくらいに。
走っていると、池が見えた。徐々にペースを落とし、馬から降りる。手網を引いて池に近づき、馬は池の水を飲み始めた。
「上出来じゃないか。怖がっていては何も進まないんだ。やってよかっただろう?」
「本当ですね。楽しかったです!」
「それはよかった。なんでも挑戦が大事なんだ」
「勉強になります!」
「ハハッ、勉強だなんて。今日はリフレッシュに来たんだろう?」
「そうでした。陛下は楽しめてますか?」
「もちろんだ。自然はいいものだな」
「そうですね……心が解放されます」
2人で大きな木を背もたれにして、談笑する。お互い汚れてもいい服で来たから、地べたに座って。
国王とこんな事をしているなんて、傍から見たら異様でしかないだろうが、幸いここには他に誰もいない。
やたらと距離が近いから、うまく目が合わせられずにいる。悟られまいと話を続けようと必死になっていた。
「アシュ」
「はい?」
「私の目を見てくれ」
「み、みてますよ……」
「ちゃんと見て」
そう言って僕の顎を掴んで、無理やり見つめる形にさせられる。せわしなく動いているこの心臓の音が、どうか届きませんように……僕は陛下の目を真っ直ぐ見つめた。
何処までも続く広い海のような瞳。人生で初めて見るその瞳の色に、釘付けになる。いつの間にか手が離され、自由になった僕はそのまま固まってしまった。
「そなたは私のことが好きか?」
「どういう意味で……ですか」
「恋愛としてだ」
「僕はどう答えればいいんですか……もし恋愛として好きだと言ったら貴方は困るでしょう?」
「そんな訳ないだろう。好意を持たれるのは嬉しいものだぞ」
「嘘つき……」
僕は我慢できずにボロボロと涙を落とした。ボタボタと布の上に落ちる音がする。大粒の涙を流すのは、いつぶりだろうか。こんなに悲しく胸が締め付けられるのは、いつから? どうせ叶わないこの気持ちを、何処にぶつければいいんだ。
「泣かないでくれ……」
「貴方のせいです……こんなに胸が苦しいのは、恋ですか?」
「……そなたの気持ちには気付いていたよ」
「僕をどうしたいんですか……苦しめたいのですか?」
「違うんだ……私も苦しいんだ」
「なんで……っ」
「私も好きだからだ」
……え? 今なんて言った? 好き? 嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!! 僕のために嘘をつくの? そんなの嬉しくない! 希望を持たせないでくれよ……貴方が僕を好きになる理由なんて無いじゃないか。
ただ信頼できて、家族みたいな存在。今までもそうだったでしょう? それは恋じゃない。
「嘘だ!! 貴方は僕を家族みたいな存在だと思ってる……それで、僕の恋心に気付いてからかってたんだ!!」
「そう伝わってしまっていたのか……曖昧な態度をとって本当にすまなかった」
「今もそうじゃないですか! こんな事なら、今まで通り知らない風に接して欲しかった……」
陛下は傷ついた顔で僕を見た。まただ。僕の苦しさを盗んでいく。
「今は話せないけど……ちゃんと理由があるんだ……好きなのは本当だよ」
「じゃあキスしてください……好きなら出来るでしょう?!」
「いいのか? 今しても」
「はい! どうせ出来ないんだから!! 出来ないなら、そのまま帰ってください!!!!」
泣きじゃくる僕を、静かに見つめる。こんなぐちゃぐちゃで汚い顔の僕に、口付けなんてできやしないだろう。自分で言っといて、胸がズキリと傷んだ。
もう、ここから抜け出したい。でも、動く気力がない。心と共に身体がずっしりと重くて、このまま泣き崩れてしまいそうだ。いっそのこと、1人にして、置いていって欲しい……。
陛下はゆっくりと、僕の涙を拭いて僕の頬を両手で包んだ。せっかく拭いてもらったところを、上書きするように再び濡らす。
「好きだ」
そして、僕の唇にそっとキスをした。
優しく香る石鹸の匂い。掠める黒いサラサラの髪。
あれ程流れていたものが止まって、時も思考も意味をなさない。
ゆっくりと唇が離され、僕の目を射る。
「これで信じてくれるか?」
「本当に……好きでいてくれてるんですか」
「そうだ。遅くなってすまない。ずっと悩んでいたんだ。どうするべきか」
「悩む必要なんてなかったでしょう?」
「そなたに私は相応しくない気がして……卑屈になっていた」
「それはこっちのセリフです……僕なんかが貴方に釣り合うわけが無い」
「なぜこうも自信が無いのだ……そなたほど魅力的な人はいないのに」
「僕のどこが好きですか?」
「最初は見た目が好みでな。夕暮れの空のように、優しく包んでくれるような瞳と柔らかくてふわふわの髪。透き通った肌に守りたくなるようなか弱い姿」
「それ褒めてます?」
「褒めてるさ。まさにそなたは私の理想だった。私は守られるより守りたい主義なんだ」
「そうなんですか……それで……?」
「ふふ、分かった途端に欲張りだな」
「だって……まだ信じられなくて」
「幾らでも話そう。そしてそなたは私のことを、1人の人として最初から見てくれた。それは私にとって非常に大きな違いだった。立派な国王としてでなく、弱い部分もあるただの人間。私の弱い部分を知っても、そなたは変わらず接してくれた」
「それは普通のことじゃ……?」
「違うんだよ。そなたにはわからないだろうが。そして、自分の危険を顧みずに人を救ったり、分け隔てなく接する姿にどんどん惹かれていった。地震の時少女を助けた後目を覚まさなかった時、この気持ちがもう抑えられないほど大きくなっていたことに気付いたんだ」
「そうだったんですね……」
「辛い思いをさせてしまって本当に申し訳ない。これからはもうこんな思いさせない」
「約束ですよ?」
今まで苦しんできたものがすうっと溶けていった。
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