第25話 災害訓練

 あれから僕は陛下の闘いを思い出す。あんなに強い方だったんだ。闘う姿がカッコよくて、僕も貴方に守られたら。ちょっと想像してしまった。僕が誰かに襲われたら、真っ先に助けてくれるだろうか? 他の人より先に、1番に。




 僕には立派な護衛が2人もいるのに、何を考えているんだろう。図々しくて忌々しいこの考えは、いつから生まれてしまったのだろうか。自分の心が醜くて仕方がない。卑怯で傲慢で。こんなことを考える僕が、嫌いだ。









ウーーーーーーーーウーーーーーーーー

 けたたましく鳴り響く不快な音。




『これから訓練を始めます。地震です。国民の皆さんは避難してください』


 繰り返されるアナウンス。訓練が始まった。王宮で仕事をしていた僕は、転送石に向かって呪文を唱える。




「ミティーナ」





 すると、石が光りだした。僕はその光に包まれ、避難施設へ転送された。転送魔法も繰り返し行っていたことと、距離も近いことからほとんど頭痛などの症状は出なかった。




 周りを見てみると、数十人ほどの人がいた。徐々に人数が増え、医療班のメンバーが集まっていく。その中から、1人が僕に話しかけてきた。





「国王補佐官のアシュ様ですか?」


「あ、はいそうです。アシュ・クイックと申します」


「よかった。アシュ様の災害訓練の教育担当に選ばれました、ドーソンと申します。今日はよろしくお願い致します」






 50代くらいだろうか。ベテランって感じがするな。頼もしい。





「貴方でしたか。こちらこそ、よろしくお願い致します!」


「もうすぐで医療班が全員揃うと思いますので、揃った後にお話致します。あ、あと、災害はどこまでの被害になるかわかりませんから。平民の方々にも協力してもらうのですが、ご理解頂けるでしょうか?」


「もちろんです」


「よかった。貴族の中には平民を嫌う方々もおられますから」







 避難してくる人もチラホラみられるようになり、医療班も揃ったためリーダーと思われる男性が前に出てきた。







「皆さん訓練に参加いただき、ありがとうございます。我々医療班は、ここに集まってくる避難者の救護にあたります。物品は今からお配りします地図に乗っています。医療班のメンバーに入っていても、実際災害が起きれば怪我を負うことも多いので避難者とも協力が必要です。

災害時にどのような事をするのか把握し、ある程度協力する避難者に指示を出せるようにしていただきたい。今から軽く物品の場所や避難者の案内の仕方など説明しますので、着いてきてください。

今参加している医療班でも、避難者を案内している人達は慣れている方達なので、説明には参加しません」






 それから僕達は説明をきき周りながら、ドーソンからも詳しく説明を受けた。




 やることは決まっていたし、そこまで難しくはなかった。

だが、避難者の数が多い分対応に追われる。災害時はもっと緊迫していて、怪我人も多いだろう。それを想像するだけで、ゾッとする。







「アシュ様は災害に合ったことはありますか?」


「ないです……僕が住んでいたところは大雨位だったので」


「そうですか。私も経験はありますが、100年に1度の規模は想像を絶するものでしょう」


「そうですよね……今生きている人で経験した人はいないに等しいでしょうし」


「そうですね。しかしアシュ様は医学も勉強しておられるのですか?」


「はい、災害時に役に立つと思って」


「聡明な方だとお見受けしましたが、本当に熱心ですね。そんなお方が国王の補佐官になってくださったのは奇跡です。平民の方々への対応もとてもあたたかい」


「そんな……ありがとうございます」


「災害とは長期戦です。聖女様や医者、魔道士は治療することがメインですが……私達は長期に渡る避難生活をどれだけ乗り越えられるよう働きかけるかが大事なのです。その役割としてあなたの力は大きくなる」


「はい……それは理解しています。長期の避難生活で新たに病気にかかり死に至ることもあると医学書に書いてありました」


「その通り。避難できたから安心という訳にはいきません」







ドーソンとの会話中、カンが走ってきた。







「カン?! お疲れ様!」


「アシュ様〜!」






 汗臭い彼が僕に抱きつく。胸板が頬に当たり、湿っている。

しかし凄い汗だな……ドーソンが少し驚いた表情をした後、笑った。




「なんか凄い汗だね」


「そうなんすよ〜〜……皆のやる気を上げるために助けるスピードを競ってたんすよ」


「結果は?」


「俺が1位でした」


「すごいじゃん!!」


「当たり前っす。まあでも床はボロボロっすね」


「はは、派手にやったね」


「ん? その方は?」


「この方はドーソンさんだよ! 今日の訓練の説明係。すごく丁寧に教えてくれるんだ」


「当たり前のことをしたまでです」


「ドーソンさん、俺のことは知ってるっすか?」


「記事で見ましたよ。アシュ様の護衛騎士のお方ですよね?」


「へへ、そっす! 俺のご主人様はどうですか?」


「もう、困ってるじゃん! はやく訓練に戻って」


「へ〜い。じゃ!」


「頑張って!」


「アシュ様も〜!」


「すみませんいきなり……」


「いえいえ、明るいお方ですね」


「はい。いつも元気を貰ってます。話の続きを」


「正直もう教えることはないのですよ。貴方は優秀だ。医学の知識は私にはない」


「そんな……でも、やることはそんなに多くないのは助かります。あとはとにかく人を助けるぞって気持ちですかね」


「その通り。気持ちがあれば自ずと動けるものです」












 そうして1日の訓練が終わった。




――――――――――――――――――――




 夕方になり、みんなで食事をとる。


「訓練はどうだった?」


 陛下は僕達の訓練に参加していなかったから、今こうして聞いてくれているのだ。


「楽しかったです!ドーソンさんが細かく説明してくださって」


「それならよかった。彼は世界各地の災害におもむいてボランティアに参加しているからな」


「だからあんなに詳しかったんですか!」


「だから彼を選んだ」


「陛下には頭が上がらないですね」


「そなたのためなら」


「陛下ったら! この人たらし〜!」


「心外だな。アシュの為じゃないとここまでしないさ」


「それはそうですね……」



 陛下はなぜ僕のことをこんなにも、気にかけてくれるのだろうか。僕は陛下に特別何かをした訳でもないのに。それが分からない。



「アシュの護衛2人はどうだった? じゃあ……ルカニエから聞くとしよう」


「わざと魔物を呼び寄せるのは驚きました。でも皆さんと協力して倒すのは楽しかったですよ」


「流石だな。本番でも活躍を楽しみにしているぞ」


「本番って……そんなもの起きなければいいのに」


「サリナ、受け入れるしかないんだ。起きるべきことは起きる」


「わかってます……わかってますけど! どこか期待してしまって……」


 誰しも怖いものは怖い。起こらないなら、その方がいい。僕だってそうだ。やっぱり、サリナも怖いんだな。



「無理もないさ」


「僕もその気持ちわかります……皆そうだと思います」


「ありがとう。でも起きるってわかってるから、ここまで準備出来てるんだもんね。被害は最小限にしないと」


「今までの歴史が教訓になるんだ。さて、カンはどうだった?」


「俺も楽しかったっすよ! 闘争心が燃えました! 熱い戦いでしたよ」


「はは、頼もしいな。地面がボコボコになったらしいが」


「それは遠慮なくやっていいって言われたんすもん〜。俺は悪くないっす」


 カンの持ち味は地面を操ることで速く走れること。

流石だな。例え地面がボコボコになっても、命には変えられない。



「その通りだ。実際の災害ではそんなもの気にしている場合じゃないからな」


「とにかく、巨大地震が起きる前に訓練に参加出来てよかったです。本当に勉強になりました!」


「それならよかったよ。辛い経験になると思うが、皆で力を合わせて乗り越えよう」


「「はい!」」


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