第39話 ずっと見たかったもの

 遂にデートの日が来た。陛下は僕の部屋に来てくれるっていうから、僕は1人着替えて待つ。


 陛下のドレス姿。見るのは2回目だ。楽しみすぎて、何も考えられない。ただ自分の胸の鼓動が大きく鳴っているのを、聞いている。



 コンコン、と扉が叩かれる。陛下だ!!



「ど、どうぞ!」


 緊張して上擦った声が出た。もう、恥ずかしい……情けないなあ。



 扉が開かれ、ひょこっと顔が出される。大きなローブから見える陛下の顔はとても優しい笑顔だった。まだ髪と眼の色を変えるアクセサリーはしていないみたい。



「陛下!」


「ふふ、声が上擦っていたぞ?」


「だって! 緊張して……」


「そなたは緊張しいなんだな」


「そうかもしれないです……」


 パタリと扉が閉まり、陛下が入ってくる。ローブで全身が覆われていて、正直何も見えない。ガッカリ。眉尻を下げていると、それに陛下が気付いた。


「そう落胆するな。今誰もいないから、ローブを外そうと思う」


「え! 本当ですか?!」


「1番にそなたに見てもらいたいからな」


「やった!」


「そんなに喜ばれると照れる……あまり期待するなよ?」


「わかりました!」




 そう言いながら、僕は期待しないなんてできない。この時をどれほど待っただろうか。眠れず長い夜を過ごしたんだから。



「窓を閉めてくれるか?」



 そういって僕は窓を閉めて遮光カーテンを閉めた。



「ありがとう」


「いえ……」



 陛下はゆっくりとローブを外し、パサっと床に落とす。






 僕は目を奪われた。美しい水色のドレスだった。その辺の貴族の服なのだろうが、何層にも重なったスカートの生地の外側が半透明になっていた。それが海の水面のように、キラキラと輝いている。





 そのドレスの色が、陛下の色と同じで。出掛ける時には違う色になるだろうから、これを見れるのは僕だけ。それも相まって、陛下の姿が特別に見える。




 陛下はまるで……まるで海の女神のようだった。そんなもの存在しないのだが、人間という括りで表すことが出来ない。




 前回は色々必死だったから、ちゃんと見れていなかったのだと今気付いた。

 脳裏に焼き付けておかねば。僕は脳ミソのシワに刻み込むように、彼女をじっーと見つめた。




「そんなにジロジロ見られると、どうすればいいか分からなくなるな……」


「あ、すみません……あまりに美しかったから」


「照れるな。そなたに言われると……嬉しくて堪らない」





 照れて頬を赤らめる彼女は、中々見れない光景だった。僕はゆっくりと彼女の方へ歩みを進め、横髪を優しく掴んだ。




 彼女はじっと、僕の行動を見ていた。肩まで伸びるそれに、チュッとキスをすると、彼女の目に熱が帯びる。






「本当にそなたは……キスというのはそこにするものじゃない。私がして欲しい場所はここだ」







 そういって僕の後ろ首にそっと手を添え、口付けをした。

僕がリードしていたつもりが、呆気なく彼女に呑まれる。




 徐々に深くなるキスは、あのキスを思い出させた。息が上手くできなくて、頭がボーッとするような、甘いキス。





「はぁ……んんっ」






 ねっとりと絡められる唾液が、口内を行き交う。立っているのがやっとで、キュッと彼女の腕を掴む。






 唇が離れると、僕は涙の籠った目で彼女を見つめる。彼女の表情は、ゾクッとするような艶かしい表情だった。





「デート前にこれは……刺激が強……いです……」


「すまない。つい。でもこれはそなたのせいだ」


「ひえぇ……ごめんなさい……」


「またそなたを味わえてよかったよ。これからのデートが一層いいものになるだろう?」


「そ、そうですね……」

(こんなに積極的にこられたら、どうしたらいいんだよ……身が持たない)


「……私はそなたと出会って、辛いこともあったが今は楽しくて仕方がないんだ。こんなに胸が踊る毎日は、初めてなんだ」





 そう言って彼女は無邪気に笑った。心の底からの笑顔だった。




「僕もです……貴方が好き。大好きです」


「私も大好きだ。愛してる。……アシュ、今からすることを見ていてくれ」





 彼女の手から水が現れ、フワフワ動いて……すると彼女は回転し、それに合わせて水が流れる。水を操る女神そのもの。水と踊るように舞う貴方を、ただ見ていた。美しかった。この世の何よりも。




 貴方が幸せそうに笑うその姿が、ずっと見ていたいと思った。







 すーっと、一筋の涙が頬を伝った。






 あれ? 僕、泣いてる?




 頬を触ると、指が生暖かく濡れる。




「アシュ?……どうしたんだ?」



 僕が泣いているのに気付いた彼女は心配そうに駆け寄ってきた。




「ただ、嬉しいんです。貴方に会った時、悲しそうに笑う人だなって思いました。ずっとじゃないけど、不意に辛そうに見えました。

そんな貴方の笑顔が見たいと思うようになりました。僕が見たかったその笑顔。美しくて、嬉しくて、気付いたら……」


「アシュ……私の自分に対して流す涙は枯れてしまった。代わりに涙を流してくれて、ありがとう」



 彼女はそっと僕を抱きしめ、背中をポンポンと優しくたたいてくれる。

 15cmの身長差。額を彼女の肩に当てる。彼女のドレスが僕の涙で濡れてしまった。



「名前を……呼んでくれるか?」


「リア……オレリア」


「もっと」


「オレリア、大好きです。愛してます」





 僕は何度も何度も、貴方の名前を呼んだ。呼び続けた。







 貴方はずっと、嬉しそうに聞いていた。



 

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