第22話 戦いへ

 食事を終えると、サリナは2人でデートに出掛けた。












 執務室には僕と陛下の2人だけ。こういうのは初めてだな。特にすることは変わらないけど、なんかそわそわしちゃうなあ。そう思いながら、いつも通り仕事をこなす。







 気づけば夕方になっていた。窓の外は朱色の空。後ろから紅き太陽が強い光を放ち、陛下の周りが輝いている。影を落とした彼の美しい顔に目を奪われる。









「ふぅ……今日はもう終わりにしようか」


「っ……そうですね」





 ついつい見とれてしまっていた。幸い彼は気付いていない。





「もう補佐官として板に付いてきたな」


「いや、まだまだですよ。簡単な仕事しかしてませんし……」


「謙遜するな。まだ1ヶ月なのにここまでとは、優秀な証だよ」


「そうですかね……へへ、それなら嬉しいです」


「さあ、よければ散歩でもしないか?」


「喜んで!」








 夕方の庭は、また違った色をしている。僕はこの黄昏の空が1番好きだ。この時間の空は、まるで違う世界に迷い込んだようで。陛下のような美しい人と共に歩く道が、何処か特別なものに見えた。








「陛下はどの色の空が好きですか?」


「そうだな……今のようなそなたと似た空が好きだな」


「気を遣わなくても……」


「そんなことをしないといけない関係ではないはずだが?」


「わかってます……貴方がなぜそんなことばかり言うのかわからない」


「んー。ただ、そなたが愛おしいと感じたまま伝えているだけだ」






 僕達は向き合って、見つめ合う。陛下は僕の頬をそおっと撫でた。







「なんでこんなことするんですか……」


「っ……すまない。はあ……私は何をしているんだ」








 陛下は顔を顰め、額を手で覆った。なぜそんなに苦しい顔をするのですか? 僕だって苦しいのに。





 貴方を好きにさせないで……お願いだから、愛を囁かないで。









✦︎✧︎✧✦



 僕は夕方の出来事を考える度に落ち込み、沈んだ。夕食は食べたが、味がしなかった。陛下とは気まずいまま。皆それに気づいていたけれど、特に何も言わなかった。









「アシュ様、今日俺の親と伝話どうですか?」


「いいね。今から出来るの?」


「できますよ〜! じゃあ繋いでいいっすか?」


「うん、お願い」


 カンは落ち込む僕に元気付けようとしてくれているのか。丁度いいタイミングの提案だった。


 カンは僕達が見えるように通話鏡を置いた。



「お、おお! カン!元気にしてたか? おーい!カンから電話だ!」



 カンの父親らしき人が浮かび上がり、鏡の向こう側でドタドタと走ってくる音がした。

バンッと扉が勢いよく開かれ、母親と兄弟が入ってきた。




「カンの隣は……もしかして、アシュ様ですか?」


「はい、初めまして。アシュ・クイックです」


「あら! 綺麗なお方」


「兄がお世話になってます!」


「こちらこそ。直接お会いできないことをお詫び申し上げます」


「いえいえ、そんな堅くならないでください! それよりカンは普段どうですか? 失礼なことしてませんか?」




 3人ともカンのようにハキハキとはなし、カンより慌ただしい人達だ。さぞ賑やかな家庭なのだろう。温かい家族でよかった。




「いつも頼りにしてますよ! 少し能天気なところがありますが、僕にとってはそれが助かってます」


「よかった……」


「失礼だなー。そんなに俺が馬鹿なことするやつに見えるのか?」


「見えるね」


「なんだと?! 弟のくせに」


「関係ないだろ!」


「こんな時に喧嘩しない!」





 兄弟揃って睨み合っている。家でどう過ごしてきたのかよくわかった。賑やかで、温かい家族。




 カンの家庭は、カンが貯めたお金でアルペンに家を買ったため、3人でそこに暮らしているという。親のためにそこまでできるカンが誇らしいな。




 そうしてカンの家族と楽しい時間を過ごした。夕方の辛い気持ちが少し紛れた気がした。













 寝床につくとまた考え込んでしまう。なぜ陛下は僕に愛を囁くのか。どうして苦しい表情を浮かべたのか……どれだけ考えても、わからなかった。







 過去になにか悲しい思いをしたのだろうか。僕にいつか説明してくれるだろうか。いつまでもこんな調子だと、僕の心が持ちそうにない。だからと言って、彼を突き放すことも出来ないのに。

とにかく2人の時間を極力避けた方がいいだろう。












✦︎✧︎✧✦


「今日は災害訓練が近づいてきたから、訓練の流れを説明する」


「お願いします!」


「訓練の始まりの合図は、地震発生時に鳴るサイレンだ。国民には訓練開始日と時間を伝えている。サイレンが鳴ると、それぞれの班が持ち場につく。そなたは医療班だから、王宮に1番近い場所の避難施設に行ってもらう。初日に渡した転送石は持っているな?」


「はい! 言われた通り肌身離さず持ってます」






 契約日に貰っていた転送石。転送場所を事前に設定し、呪文を唱えるとそこに飛ばされるという仕組みだ。人工の魔石で作ったから1回使うと消滅する。






 天然の魔石は主に魔物から取れるが、魔法道具への需要が高まり人工の魔石を作る研究が進められている。






「よし、それで転送したら後は医師の手伝いをしてくれたらいい。物品の位置などは、この地図に書いてあるから軽く覚えておくといいだろう。詳しくは私は把握していないから、訓練当日に色々教えて貰って欲しい。そなたに説明してくれる者を用意しているから安心してくれ」


「ありがとうございます。もしサリナ様が結婚した後に地震が起きたら、サリナ様は来て下さるんですか?」

「もちろん! 転送石も持ってるし。……あ、でも私は陛下の護衛も兼任してるくらい強いから、医療班には参加できないの。ごめんね?」


「そうですよね! わかってましたから大丈夫です。サリナ様はどこの班に?」


「私は戦闘班よ! 魔物と戦うの」


「かっこいいです……!」


「でしょう? 陛下は皆をまとめないといけないから、班には属さず王宮で指示を出したりするのよ」


「なるほど……災害の対応って詳しく知らなかったので、勉強になります!」


「さて、ではルカニエとカンの実力を見るとするか」






 そうだ……ルカニエはサリナと、カンは陛下と闘うことになるんだよね……。本気でやるだろうし、負けた側は酷い怪我を負うことになるんじゃ……。






 正直戦闘は、モルガ王国にいた時、騎士団の訓練を覗くくらいで本気の闘いは見たことがない。闘うのは僕じゃないんだけど、もう緊張してきた……。






 周囲のものを壊してもいいようにと、王宮から少し離れた廃品置き場に向かうことになった。そこは森の中にあり、廃品置き場の周りは木を切っているため、広々としている。









 数十分の距離のため、馬車を走らせる。ルカニエとカンと3人で同じ馬車に乗った。






「2人はこういう一対一の戦闘ってした事あるの?」


「俺は訓練で本気の戦闘を定期的にやってたっすね」


「勝ってた?」


「そうっすね。俺、強いんで。でも唯一ラノ様には負けたっす」


「お母様ってそんなに強いの……?! そうなんだ……ルカは?」


「私は初めてですね。人と闘うことは結構ありましたが、わざわざ一対一で行うのは」


「確かにそうだよね。サリナ様って陛下の護衛をするくらいだから、凄い魔道士だよね……怪我しちゃうかも」


「そのためにポーションと治癒魔石も持ってきましたから、大丈夫ですよ」


「でも痛いじゃん」


「それは仕方ないっすよ〜。俺は闘うの好きなんで、楽しみでしかないっす!」


「こわ……」


「闘いは男のロマンっすよ! な、ルカ?」


「野蛮な人はそうですね」


「も〜〜! つれねぇな〜」

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