第52話 女王として
サーラが用意してくれた1着目は、どこかインパクトに欠けるようなドレスだった。何かはわからないけれど、足りないような……そんな感じ。
陛下が2着目を着て現れた時……言葉を失った。時間が止まったようで……息を呑むような……。
「どうだ……?」
「………………」
「おーい……アシュ?」
「……はっ……すみません……見蕩れてしまって」
「ふふ、ではこのドレスが完璧だということか」
「そうです……瞬きをすれば、目の前からいなくなってしまうような……」
「ん? どういうことだ?」
「海の女神……を体現したようです……これは夢……?」
白いドレスはスカートの下の方がグラデーションで青になっていて、水色の透けたストール。ドレスは後ろでリボンにされていて、くびれのラインがよく分かる。露出された胸元や肩……腕は、程よい筋肉がついた白い肌。
少し骨ばった女性にしては大きめの手が、今までの苦労や努力をあらわしている。それが相まって、力強く美しく、高貴で崇高で……そして……。
「ははっ……アシュ、それは言い過ぎだ。どうした、可笑しくなってしまったのか?」
「ち、違います!! そんなんじゃない……今までで見た中で一番美しい……です」
「そうか……一番か。嬉しいな。サーラ、これに決めたぞ」
「私も……これがまさに女王と公言するパーティーに相応しいドレスだと思います!!!! 一回転してくださいますか?! 目に焼き付けないと……!!!!」
「わかった」
一回転すると、透けた生地に粒子のような細かい宝石が散りばめられたストールが、キラキラと輝く。太陽の光に反射し煌めく水面のようだった。
「ああああ……!!!! なんと美しいのでしょうか、陛下!!!! 生きててよかった……うぅっ……」
「陛下……僕の陛下……これは……現実なのでしょうか……」
「はっはっはっはっ! 2人して可笑しいな!!」
目尻に涙を浮かべて笑う陛下は…………陛下は…………ダメだ思考が上手く働かない。とにかく、本当に生きててよかった。
それから僕達はパーティーまでの日を慌ただしく過ごした。パーティーの準備はこんなに大変なのかと思い知らされた。両親もパーティーに来てくれるようで、2人も楽しみにしてくれている。
パーティーのこの日は、王宮内は一層慌ただしい。
ガチャ
「アシュ、来たか」
珍しく何人もの使用人が陛下を囲み、使用人達は息を切らし汗をかいている。相当力を入れて陛下をおめかししたのだろう。僕が陛下の部屋に入るや否や、そそくさと退散してしまった。
「……はい、陛下」
このドレス姿を見るのは2回目だが、あまりの美しさに一瞬思考が止まってしまった。
「ほう……そなたはやはり白が似合うな」
「ちゃんと水色も。ですが陛下には誰も叶いませんよ」
「嬉しいな」
「またあの海の女神に会えるなんて……美しいです。陛下」
「ありがとう。入場は……緊張するか?」
「もちろんですよ……こんなに美しい国王と隣で出て行くんですから……注目は陛下が独り占めだろうけど……」
「私も緊張しているんだ。そなたがいれば和らぐ」
「それなら……頑張りますよ! ただ歩くだけだけど……」
「そろそろ時間だな。エスコートしてくれるか?」
「もちろん!」
「ありがとう」
僕達は馬車に乗り、馬車ごと転移する。
会場につくと、皇帝陛下が出迎えてくれた。
「さあ、こっちだ」
「はい」
「ついにこの時が来たな……」
「そうですね……」
「皆の反応が楽しみだ」
皇帝陛下は僕達の緊張を解そうと、別室で休ませてくれた。
皇帝陛下は他にやることがあったので、僕達は2人で座って手を握り合い、時を待つ。
「心臓が飛び出そうです……」
「わ、私もだ……」
陛下がこんなに緊張しているなんて、初めて見る。陛下だからきっと、皆嬉しい言葉をかけてくれると思うから大丈夫だろうけど。始まってしまえば、ね。
「陛下、絶対大丈夫です」
「わかっているが……ずっと男として生きていたから……な」
「変な感じ……ですか?」
「そうだ……すごく……変な感じだ」
「僕にとって、貴方は貴方です」
「ありがとう……なあ、キスしてほしい」
「いや、せっかくのお化粧が取れます!」
「口くらいいいだろう。そなたを感じたい。今」
「陛下……少しだけ……ですよ?」
「ああ、少しだけでいい」
僕は陛下に軽くキスをしたのだが……舌が口内に入ってきた!
「へ、陛下?!……んん……っ」
不意打ちは……ずるい……!
「はぁ……もぉ……陛下ぁ……」
「ふふ、これくらいで我慢するよ」
「これくらいって……舌を入れるなんて、聞いてないですよ!」
「うるさいな。少しでちゃんと終わらせただろう」
「僕の少しは……軽いキスだと……」
「なんだ、嫌だったのか……なんとも悲しいな」
「違いますよぉ!」
「ふふ、わかっているさ」
ガチャ
「2人とも。イチャイチャしている所すまんがもう始まる」
「は、はい! 陛下、行きましょう」
「ふふ、そのまま行くとマズイぞ」
「へ?」
そう言って陛下がハンカチで僕の口を拭くと、ハンカチにピンク色の口紅がついた。
「うわぁ! は、恥ずかしすぎます……消えたい……」
「はっはっはっはっ!」
「目の前でイチャイチャするな……早く行くぞ」
僕は熱くなる顔を抑えながら、陛下をエスコートする。
「ふふ、まだ顔が赤いぞ」
「わかってますよ……入場までには……」
「どうせ俺が司会をしてからになる。まだ時間はある」
「あ、ありがとうございます……」
そうして皇帝陛下だけ先に中へ入る。中でガヤガヤと話し声がしていたが、皇帝陛下が入るとシーンと静かになった。
ああ、緊張する……。
横にいる陛下をふと見ると、笑いかけてくれた。陛下は緊張がとけたのか……。
さあ、もうすぐだ――――。
僕は姿勢を再度整えた。
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