31.精神的な部分でくたびれて
走る車内を確認すると、車窓の外の風景から俺が目を閉じてからほぼ時間が経っていないことが確認できた。
「神様から策というか助け船をもらったぞ」
「いま目ぇとじたばかりですやん」
「追撃のこともあるから要点を伝える。どんな大きさの紙でもいいから、如意宝珠を描いて神符の代わりにする。これを人数分用意するが、巧拙もペンも問わないそうだ」
照汰の突っ込みを流して話を続ける。
「わかりました」
「その仮の如意宝珠の神符を三人が一枚ずつ持って、これから俺が案内する稲荷社に参拝し無事の帰宅を祈れ」
「オーケーやで」
「その仮の札はそれぞれ自宅まで持ち帰って玄関の戸の内側に貼り、次の正月に古札として納めろ」
「「了解」や」
「さっそくだけど、ええと、三つ目の信号で右に曲がってくれ――」
巻倉が運転していたこともあり、照汰が無地のメモ用紙にボールペンで如意宝珠を描いた。巻倉に描き方を聞いたのだが、『武道館の大きな玉ねぎだ!』『あれか!』『二本横線を足せ!』などという会話が聞こえた。やがて俺たちは、数分で住宅街の中の神社に着いた。
駐車場にクルマを停め、それぞれが仮の神符を一枚ずつ持ち、稲荷社に参拝して帰路の無事を願った。
「さて、これで神様の指示通りに進めたはずだ。仮の神符は財布にでも入れておけ。金を使うとき落とすなよ」
「分かったで」
「分かりました。……これで追撃をかわせるといいのだけど」
そんなことを話しながら境内を出て駐車場に向かうと、遠くの方から赤毛の馬に乗った阿修羅が六騎駆けてきた。ややうんざりしながらまた迎撃かと考えていたのだが、今度は若干様子が違った。
三十メートルほどの距離まで近づいた阿修羅たちは固まったように動かなくなった。やがてどこか遠くから、こーんという狐の鳴き声が一度聞こえ、それと同時に阿修羅たちがその場で融け始めたのだ。
呪術の訓練をしていない者にはそもそも阿修羅も見えないのだが、俺たちの魔術的視覚の中で阿修羅たちは氷像が液体になるように融けていった。
やがて六つの水たまりのように融け切った液体は、それぞれ同じように赤い色をしたこぶし大の球体のようになり、それが武道館の玉ねぎのような涙滴型を経て、その場で燃え始めた。
やや呆然としながら俺たちが魔術的視覚で様子をうかがっていると炎は消え、そこには阿修羅たちが最初から居なかったかのように何も残らなかった。
「ぼく、もっぺんお参りしてきますわ」
初めに口を開いたのは照汰だったが、その後三人でもう一度稲荷社にお参りした。
その後は襲撃もなく、レンタカーを返して俺の店の最寄り駅前に着いた頃には、すでに昼食には遅い時間になっていた。肉体的な疲労は無かったのだが、俺たちはそれぞれが精神的な部分でくたびれていた。
「そんで、この後どないします?」
「そうだな、おれとしては今日この後予定は入れてないし、報告は上長に直接会ってすることになってる。――流石にメシを食いたい」
「賛成だ、俺も腹が減った」
「それやったらカラオケ屋無しの第二回焼き鳥会議とかどないです?」
「「異議なーし」」
俺たちは驚くべき団結力で焼鳥屋行きを採択し、駅前の人の流れの中をだらだらと移動し始めたのだった。
休みが互いに重なったので、山崎はバイト先のほかの女子高生スタッフ達と放課後に吉祥寺駅前で待ち合わせた。そのまま近傍の市立美術館を訪ねて浮世絵の企画展を観たり、商業施設に入って皆でコスメの情報収集を行ったりした。そしていま、駅前のファストフード店になだれ込んだ。
「美術館なかなか良かったね、浮世絵とかいまわたしらがみてもスゲーっておもうじゃん」
「そうそう、ネットとか無い江戸の人が見たらそりゃバズるって」
「
バイト仲間の女子高生である
「そんなん私のほうが感謝やで、今日はほんまありがとう」
「「「……いいなあ、関西弁」」」
「直そう思っとるんやけど、なんとなく訛りが抜けるのも寂しい気もするんやわ」
「寂しい時はいつでも声掛けてね、時間作るから遊びに行こう?」
そう告げながら此諸がつまんでいたフライドポテトを、指示棒のようにびしっと山崎に向けた。山崎は微笑んで頷いた。
「遊びに行くいうたら気になったんやけど、みんな普段どこらへんで遊んどるの?」
「どこら辺て言ってもわたしは地元で過ごすことが多いかな」
山崎の問いに月潟が応えた。他の二人も頷いたりしている。
「そもそも私たちが遊ぶと言っても地元で充分かな。……イベントごとがあったら原宿とか渋谷駅周辺にも行くけど」
「なんとなくだけど、あたしとかも新宿から向こうは部活の遠征みたいなノリかな。まぁそこまで大げさじゃないか」
「そうなんや、前にしどくんも似たようなこと言うたはったわ」
微妙にスマホをいじり始めた此諸を除いて、ほかの二人が獲物を視界にとらえたネコのような眼をして山崎の言葉に反応する。
「なに、しどくんて彼氏? 兄弟とか親戚かな?」
「ええと、バイト先の
「「あー、なんだ志藤か」」
「どしたん? しどくん結構やさしいおもうけど」
山崎の言葉に月潟と妙庫は微妙そうな表情をしつつ、互いに顔を見合わせた。
「優しい、かあ」
「始めはそう思うわよね」
「あの
「
妙庫の言葉に、ふふっと笑顔を浮かべてから、山崎は少し考えた。
「確かにしどくん、色々かんがえるとこあるかも知れんね。でも、渋谷を案内してくれるって私に約束してくれたんよ」
「「「ほほーう、詳しい話を聞かせてもらおうか」」」
ちょうどスマホ操作を終えた此諸を加え、三人は今度こそ獲物を見つけたネコのような眼をして山崎に迫った。山崎は自分がお願いして、渋谷行きや辻のライブへの案内を快諾してくれたことを話す。
「あの志藤くんがねぇ。あたし的にはちょっと想像できないかな」
「まあ待つんだ、あのSOでも好芽ちゃんの魅力には抗えなかったということかもしれない」
「確かにそうね。……ところで、志藤くんと出かけた後の後日談は、ぜひ私たちに教えてくれないかなぁ?」
半分当惑したような表情を浮かべる此諸と月潟を尻目に、にちゃあ、という効果音が聞こえてきそうな爬虫類系の妖しい笑顔を浮かべ、妙庫が告げた。
「そやね、情報収集してくるから、みんなに報告するわ」
その後、月潟は此諸がスマホをいじっていた件で話題を振ると学校の話になり、同級生との進路の話をしていたことが語られた。進路の話と言ってもそれぞれに進学して就職を目指すのだが、奨学金をどうしようかなどという話をしていたそうだ。
「わたしらの親世代は就職凍土期とかで大変だったみたいだけど、わたしらも結局学費とかで大変だよね」
「けっきょく高卒で就職とかが最強なのかな?」
「でも、私は大卒資格は欲しいわ。企業とかが大学を運営して、卒業後はそこで働けば授業料免除、みたいなとこあったらいいのに」
「そういえば凍土期でなんか最近あった気がするんやけど」
「凍土期で何かあったといえば、私の学校の子が何か言ってたわよ。何でも奇妙な格好で踊りながら『凍土期融けろ』とか叫ぶパフォーマンスを見たとか」
「あ、それ私も見たわ」
「「「なにそれー?」」」
山崎がバイトが上がって、志藤と駅に移動している途中に見かけた話をした。黒ずくめの格好をしてスキンヘッドに白いドーランを顔に塗った集団の話だ。
踊りながらかき氷のアイスを交代で一気食いをして、ギャラリーから拍手を貰っていた辺りまで話すと、他の三人は微妙な表情を浮かべた。
「べつにけなしとる訳や無いんやけど、何て言ったらええんやろ。うーん……そう、ニュージーランドのラグビー代表がやるダンスあるやん。私、あれを何となく思い出したんよ」
「ああ、ハカだったかな。マオリ族の戦士の踊りだね。わたしのアニキがラグビーに詳しいから聞いたことがある。あんな感じなんだ」
「いや、ダンス自体はゆるい阿波踊りやったはる人らに交じってブレイクダンスしとった人もおったんやけど、雰囲気いうか鬼気迫る感じいうか」
「……それは観てみないとわたしも何とも言えないかな」
山崎の説明を聞いた月潟が、腕を組んで考え込んだ。此諸がスマホをいじってパフォーマンスの動画を探し始める。
「ところで、私としては好芽ちゃんが志藤くんと連れ立って、駅まで行ったあとの話とか聞いてみたいんだけど」
再び、にちゃあという音でも聞こえそうな笑みを浮かべながら、妙庫が問う。
「え、その後? 駅周りとか知らんから、しどくんに頼んで商業施設とか二人で歩いて情報収集しとったよ?」
「「「ほほう!」」」
そこからしばし三人は、山崎へと細かい質問を繰り返していった。
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