39.怪物に類する卵とかヒナ

 巻倉たちの予想では、“神無き祭”である凍土期パフォーマンスをやる者たちは、日本の経済団体が主催するイベントを標的に行動すると考えられた。


 彼らの行動原理には“無力感”があると分析されるため、事故や暴発を防ぐために著名人を投入して“共感”を演出するという。


「文科省のルートを使って、メダリストなんかの元アスリートへの協力を交渉中だ。凍土期世代と被る連中に頼み込んでるが、手ごたえとしちゃ悪くないって聞いてる」


「それで、毛刈りショーって何です?」


 思わず俺は眉をひそめながら河内に聞く。だって言葉の響き的に色々不穏ですし。


 俺の当惑を楽しむように、河内は少しばかり得意げな顔を見せていた。


「凍土期パフォーマンスの連中は丸刈りにしてんだろ。しかも男女問わずって報告がある。舞台なんかの演出の専門家に作戦を立てて貰ってんだが、生中継で共感のコメントと共に丸刈りにする。当日は現地に大型LEDビジョンを搭載したトラックも投入して、テレビとネットに生配信をやる予定だ」


「ずい分思いきりましたね」


「ケツ持ちは官邸にぶん投げた! このまま荒れて人死にとか出たらそれこそ救われねぇからな」


「はぁ……」


 ずいぶんと話が大きくなったものだ、と思う。


 個人的にはここまでの説明で、河内が語った『カネは天下のまわりもの』だが、停滞するばかりで人間では循環器疾患だという話も気になった。だがそれは今の本題では無いだろう。


「話を聞く限りでは、横浜への対処は進んでいるようですね」


「ああ、ここまでの表の話についてはな。――問題は裏っかわの話なんだよなぁ」


 そう告げて河内は嘆息したあとで、自身のグラスを空にした。


「お前ぇら別のもん頼んでいいぞ。出てるもん食い終わっただろ」


 そう言われたので、言葉に甘えて俺と巻倉は半ラーメンを注文した。ちなみに河内は、ギョウザを一人前とノンアルを一本注文していたな。




 河内が裏側という以上、メディアなどには露出することのない部分で問題が生じているのだろう。


 具体的には、今回の騒動に噛んでいると目される阿那律院の非主流派の動静で、新しいものが生じたのだろうか。


 その辺りを河内に問えば、非主流派の連中は逃してしまったらしい。


「阿那律院の非主流派については、マトが横浜と分かった時点で呪術的に隙が出る鬼門と裏鬼門、――要は、北東方向と南西方向の街で活動実績がないかを調査すべきだという話が出た」


 その結果、北東方向は東京湾を渡って千葉市や成田市、香取市や鹿嶋市を調査し、南西方向は鎌倉市、藤沢市、茅ヶ崎市、小田原市、熱海市、三島市を重点的に調査したそうだ。


「坊主どもが集団で活動してれば、目立つだろうと思って悠長に構えてたら後手を踏んでよ。坊主だからって経を読んでる時じゃ無けりゃ普段着だし、頭には帽子なりを被るからそれほど目立たなくてな」


「ああ、そうかも知れませんね」


「結局、以前お会いした小堂しょうどうさん――わたしと三人で伺ったあの方ですが、彼に助言を求めました。それで、事情を説明しますと、『横浜を祈祷で狙うなら、私なら成田か熱海で行う』と教えてくれました」


 そのあと警視庁の寺宝盗難事件の捜査担当が成田と熱海に向かったが、現地警察と本腰を入れて情報を集めたら熱海で活動の痕跡が見つかったようだ。




 地元の廃業した温泉旅館を借り切って、修行と称して多人数でなにか読経のようなことをしていたらしい。町内会の者が用向きで訪ねたら、建物から読経する若い声が聞こえたそうだ。


 詳しくいえば、近所の町内会の役付きの者が、町内清掃の話を持っていった。その集団は快諾のうえ大人数で参加し、例年よりも早くに作業が済んだという。町内会の者は、『例年は高齢者が多かったため大変だったが、今年はラクが出来た。来年も来て欲しい』といった声が上がったようだ。


 ちなみにその時に参加した青年たちはニット帽とか野球帽とか被っていたが、外の作業であったため殆どの町内会の者は気にしなかったそうだ。


 そして、捜査担当がその元旅館に向かってももぬけの殻で、すでに賃貸契約は終了して引き払われていた。


 いまは不動産屋から聞き出した情報をもとに契約者を追っているが、狙ったように遠い土地、福岡市に現住所を持つ者だったという。しかも煤山では無かったので、聞き込みをするにせよ相手がシラを切ればまた途切れてしまうとのこと。


「後輩どもがすまねえな、さすがに拝み屋のたぐいを絡めた盗難事件は想定外の部分が多いだろう」


「気にすんなシゲよ。警察は良くやってくれてるぜ。……それでだ、阿那律院の非主流派の連中の線はとりあえず警察に任して、幾つか手を打つべきだと考えている」


「じつは、リセットボタン経典の分析された内容について、門跡寺院からある許可が出たんです。具体的な内容は無理でしたが、儀式の論理構造を詳しく関係者のみで共有して構わないというものです」


 それによれば、儀式の概略はこうだ。まず全員で仏頂尊ぶっちょうそんを繰り返し称える。そのなかで中核部分の担当者が以下の儀式を行う。




 最初に三嶋大明神に儀式の効果を日本全体に行きわたらせる助力を願う。


 次に無量寿如来――要は阿弥陀如来に物ごとの死に近しい節目ということを認めてもらう。そこで阿弥陀さんは祭で集まった願いをもとに、人々の強い願いを分解して別種のエネルギーにする。


 その次の段階でお釈迦さんに頼み込んで、悟りの根源的な力を増幅させて世の中に放つ。


「やろうとしてること自体は単純らしいんだわ、民衆のエネルギーの分解と変質と放出ってとこらしい」


「ただ儀式の内容は非常に入り組んでいて、専門の教育を受けていなければ理解は無理でしょう。わたしは具体的内容を口外しない約束で分析資料で見せてもらいましたけど、真言の長さだけでうんざりしましたし」


 巻倉も陰陽術が使える身だからあるいは俺より密教には素養があるだろうが、それでもうんざりするならその儀式は相当な難物なのだろう。


「でまあ、餅は餅屋ってことで、小堂に協力を頼んでみた。その結果、三嶋神の娘の浅間明神と“一字金輪不動明王いちじきんりんふどうみょうおう”の祈祷を行うってことになった。いまごろうちの若ぇのも手伝って上野の寺の一角で準備を進めてる」


「一字金輪不動明王って……、なんですか?」


 一字金輪不動明王とは、一字金輪仏頂尊の戦闘モードの明王だ。


 仏頂尊というのは如来などの頭部の上の盛り上がり部分を独自の仏として分離したもので、仏の神通力の核のようなものだそうだ。


 その神通力の核の中で、一番強力なのが大日如来の神通力の核で、それを一字金輪仏頂尊と呼ぶ。その戦闘モードの明王だから、こと戦いになれば強力な力になるらしい。




 小堂の助力以外に、今回は対象となるイベントが特定できているため、当日は河内たちを含め呪術を使える者が出張るという。


「主な話は以上だが、補足で気になる情報もあんだよな」


 ため息をつきながら河内がグラスをあおる。


「じつはな詳しい出所は言えねえんだが、警報が出てる。災害級の何かが起きる可能性って話で、官邸に表の話を投げられたのもそれがあったからだ」


「出所は言えないんですね」


「……巻倉みたいな変わった芸を伝える家が、色々あるんだとだけ言っとくけどな」


 かつてこの国には陰陽寮おんみょうりょうという機関があったのは俺も知っている。飛鳥時代に起こり、明治になったタイミングで廃止されるまで、国政に関わった。


 主要な役目は天文術を土台にした暦の管理だが、占星術や方位学も範疇とし、国政の吉凶に参考情報を供していたらしい。


 巻倉が陰陽術を使える以上、占いに係る何かを使える者たちが今もいるのだろう。


「警報ですか……参考になるかは分かりませんが、うちのスタッフで易占えきせんを行う者が居るんですが――」


 俺は久喜くきさんから聞いた、凍土期パフォーマンスの占い結果の話をした。


風天小畜ふうてんしょうちく三爻さんこうかよ……。何だよ、変じたら風沢中孚ふうたくちゅうふじゃねぇか。意味深すぎらぁな」


「河内さんは易が分かるんですか?」


「まあ、嗜み程度にはな。その店長の部下が出した風天小畜が三爻に至ることで、風沢中孚って卦の性質を若干含むようになる」


「どんな性質ですか?」


「簡単に言ゃあ、巣の中で丸まってる卵とかひな鳥だ。本来の意味では悪い内容でもねぇが、風天小畜の内容と混ざることでケチがついてるな」


「あ、わたし何となく分かったかも知れません。非主流派の祈祷の失敗で怪物に類する卵とかヒナみたいなものが出てくる状況でしょうか」


 俺たちの会話に横から巻倉が想像を語るが、それについて否定するでもなく、河内は唸りつつ腕を組んだ。


「その易を立てた奴ってのは、伏羲六十四図ふっきろくじゅうよんずまで使いこなすんだろ? 占断を違えることも少ねぇだろうし、益々ヤベぇな」


 しばし、店内に沈黙が満ちる。厨房の奥からは重森が点けっぱなしにしているのだろう、ラジオの放送が小さく聞こえる。


「ともかくだ、当日は朝から俺たちは現地に入る。そこで重ね重ねすまねぇが、守谷さんにも裏の話の警戒を手伝って貰いてぇんだ。現地に来なくても、霊体でも幽体でも使い魔だけを飛ばすのでもいい、助けてくれねぇだろうか?」


 そう告げて河内は席を立ち、俺に腰を直角にして頭を下げてきた。


「……頭を上げてください、河内さん。ここへ伺う段階で、そういう話が出るだろうな、とは考えていたんです。正直どういう形で手伝えるかは分かりません。ですが、そこまであなたたちが危機感を募らせているなら、俺が出来る範囲で助力します」


 俺の言葉を耳にした河内は、厳つい顔のまま笑いつつ頷いた。


「ありがとうよ。あんたはそういう奴だと思ってたぜ。――全部済んだらこんな安っちい店じゃなくて、回らない寿司屋に案内するぜ。期待しててくれ。おう、巻倉、手前ぇにも寿司奢るぞ」


 次の瞬間、『ほんまですか!』と叫ぶ巻倉の声と、重森が『安くて悪かったなオレも混ぜやがれ!』と叫ぶ声で、小さい店内は賑やかになった。

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