12.オカルトにトップギア入れたわ

 目の前には白狐と三人の女神たちが居た。俺がカフェラテを淹れて持参すると、なぜかそこには西王母と弁天が居たのだ。彼女たちによれば、先回乞うた者が一応まだ心配しているから顔を出したという。


 女子会ならぬ女神会でもしたかっただけじゃねえの、という言葉が生成されるのを意志の働きで抑え込み、俺は追加のカフェラテを淹れに走った。


「あやつは別の用向きがあるので、来ぬそうだ」


 ちなみに先回に居たもう一人(?)がいつの間にか来ていないかと見まわすも、それを察したのか西王母が告げた。いあいあ。




 全員に飲み物が行き渡ったところで俺は席につく。さりげなく西王母が、隣の白狐の背を撫でている。いいなあ、もふもふ。


「それでマアト様、お話があるということですが」


「ええ、前回の説明の後すこし弁天ちゃんと話してね。説明が多少足りなかったって気が付いたのよ」


「わたくしは大威徳明王が死神に近いと話したけれど、もう少し補足すべきと考えたの」


 弁天を除く神格たちは、前回と同じ姿をしている。


 弁天に関しては髪型は変わらないものの、今はカットソーにタイトスカートを合わせ、ショートブーツを履いている。モデルさんみたいだな本当に。


「彼は死の働きをもって、対象を六道に叩き込むと言ったでしょう」


「まさに死神ですね、なんて話しましたね」


「ええ、でもね、人間は死を終わりだと考えていることに後で気が付いたの。彼の力は命にも物事にも及ぶのよ。このことが分かるかしら」


 相変わらず浮世離れした弁天の美貌を目にしながら、俺は少し考える。死を終わりだと無意識に思うのは、命の本能みたいなものだ。だがたぶん弁天は、そこで終わりではないと強調したいのだろう。流れをつかさどる女神らしい視点だ。


「輪廻とか、物事の循環を忘れるなということでしょうか」


「そうよ――やっぱり相応に修行している子は話が早いわね」


「さもあらん。妾たちも五行の巡りこそ、その命脈よ。魂魄にせよ命にせよ事象にせよ、万象は巡るのじゃ」


 弁天の説明に西王母は言葉を重ねる。その手は相変わらず、さりげなくもふもふを撫でているが。


「大威徳明王と関わるとき、彼がもたらす死は一つの形よ。その本質は魂とか願いみたいなものの循環を、彼のところでいちど受け止めるの。彼はそこでリセットし、別の担当者に引き継ぐ。それを忘れてはならないわ」


「リセットして引き継ぐ……」


 弁天の説明は概念的すぎるが、身近な例に例えれば、持続可能社会のような仕組みを思い浮かべればいいのだろうか。


「あなたは、わたくしたちが居る彼岸に近いすべを修めているでしょう。死を恐れるだけではなく、本質を考えておくクセをつけるように伝えたかったのよ」


「それがあなた自身を護ることにつながるの!」


 ホットのカフェラテを飲んでいたはずのマアトが、どこから取り出したのか、俺の店で使っている紙のストローで俺を指した。


「そういうのは私のところにもあるのよ。お父様の太陽の船と夜の船も、大きな括りでは本質は同じだし」


 確かに死神怖い、で終わっていれば思考が止まってしまうだろう。だがこの世の循環だとか、より本質的な働きを考えるクセをつけるのは、魔術を修める身には大切なのかもしれない。


「ありがとうござい――」


「そういえばラー殿の夜の船といえば、護衛はセト殿だったか。妾も多少気になっていたのだが、砂漠化の影響で仕事が増えているのではないか?」


「セトちゃんよりもむしろ、ナイル川の水不足でハピちゃんの方が大変みたい」


「川の話はわたくしも他人事では無いわね……」


 礼を告げようとした俺の言葉は、女神たちの言葉に流されていった。


 話は次第に白熱し、段々と海の神が、水源が、気象変動が、極地の氷が、などと環境問題的な話が加速していく。女子トークの雰囲気で、この場に居ない神々や環境問題について語られて行くのだ。すでに場は俺が割って入る雰囲気ではない。


「もう俺、帰ったほうがいいですか? いちおう入院中なんですが」


 会話が途切れたタイミングで、必死の思いで俺は告げた。現実の肉体で、意識が戻らない状況は避けたいのだが。


「もう少しいいじゃない。お代わりお願いしていいかな?」


 いい笑顔でマアトが告げた。まだ俺はしばらく巻き込まれそうだ。白狐に意識を向けると、機嫌よさそうに尻尾を左右に振っていた。病院のメシの時間に間に合えばいいなと思いながら、俺はお代わりを淹れに走った。




 その後の検査を経て、俺は数日後、無事に退院した。医師からは、異常があったらすぐに来るようクギをさされたが。


 俺はいちど帰宅してからシャワーを浴びて着替え、道すがら菓子店で箱詰めした洋菓子を買って俺の店に向かった。時間的には平日の昼下がりだ、店が開いていればスタッフも居るだろう。


 通い慣れた道を歩き、店が視界に入ると、何とも言い難い安堵が浮かんだ。数日間の不在ではあったが、久方ぶりに感じるのは店への愛着の裏返しなのだろうかと思う。


 店舗入り口ではなく勝手口から入ると、事務所にはたまたま誰も居なかった。皆仕事しているのだろうと室内を見渡していると、スタッフが一人やってきた。


「店長! お疲れさまです。もう大丈夫なんです?」


「あ、お疲れさま。心配かけたな、ごめんな本当に」


 言葉に関西弁のイントネーションを滲ませて喋るのは、辻照汰つじでるただった。昼休憩で事務所に入ってきたのだろう。


「ぼくの方がヒョロいのに、店長が血ぃ吐いて救急車とかホントびっくりしましたわ」


「俺も驚いたよ、うん」


「何やアカン薬とか使ってへんですよね? 健康なのに倒れるとかおかしいでしょ」


「使ってない使ってない、大丈夫だよ。――それより照汰は休憩だろ、邪魔してごめんな」


「何や謝ってばかりですねぇ。ぼくは気にせんでください、適当にしますんで」


 関西弁といえば芸人をイメージする者も多いかも知れないが、照汰のそれは字面ほど強くはない。どこか、他人に寄り添うような喋り方をする。


「そんでも……」


「どうかした?」


「いや、血ぃ吐いて救急車とか、何となくロックな感じせんですか?」


 いや、ロックとかどうなんだろうと思いつつ、俺は苦笑いを浮かべた。




 俺が事務所の机に持参した洋菓子を置くと、照汰は自身のカバンからコンビニのおにぎりを数個と水筒を取り出して席についた。


「そういえばさ、久喜さん経由で、とても濃いコーヒーの話をしたいって聞いたんだが」


「ああ、そですね。正直病み上がりにどうかとも思ったんですが、ちょっと特殊なモノに関わる話なんで。ぼくの昔のツレが、探し物をしてほしいみたいなんです」


「失せ物の捜索、か」


「そです、詳しい話はまた前金を渡すときにでもしますが、探し物は仏像と、その中に収められてるお経の巻物らしいんです。でも問題があって、仏像に何やらまじないの類いが掛かってるみたいなんです」


 そこまで告げて照汰はおにぎりを頬張る。破られた封を何となく見ると、具は昆布の佃煮だった。渋いなと思いつつ、俺も炊き立てのご飯で佃煮を食いたくなった。


 ともあれ、俺の副業の話は分かった。詳細をもう少し聞いてから、実施の判断をしようと思う。


「とりあえず分かったよ。受けるかどうかも含めて、また後日に時間を作って詳しい話をしよう」


「たすかります」


「それで、突然だけどさ、照汰は“ハスター”に心当たりは無いか?」


「ハスターですか? ……ええと、クトゥルフ神話の神さまでしたっけ?」


「そうそう」


 神の名を出しても、照汰の表層意識には動揺の類いは認められない。最初に俺がマアト達と会ったとき、黄衣の神格に会った。そして十中八九その特徴から、クトゥルフ神話で語られるところの風を司る存在のハスターと思われた。


 問題はあのとき、誰が彼(?)を呼んだかということ。俺はそれを知っておきたかった。あの神の力は良くも悪くも強大に過ぎる。


「心当たり、うーん……」


「実はな、皆にも話すが意識を失っていた間、俺は夢を見たんだ。その夢の中で複数の神格――まあ、神様に会ったんだ。どうにもうちのスタッフとかが願ったことで、俺を助けに来てくれたらしい」


「おお、オカルトにトップギア入れたわこの店長」


「……それでな、そこで会った神の中にハスターが居たんだけど、誰が呼んだか心当たりが無くてな?」


「そんでぼくが呼んだ神さまやと?」


「それを聞きたかったんだ」


「か……」


「か?」


「かっこええですよね? ぼくがハスターとか使いこなせたら、何かこう、ええ感じやと思うんです」


 俺の問いに照汰は目を輝かせ始めた。その手で自身の水筒の茶を掲げている。それを見て俺は脱力する。どこのスイッチが入ったのか、UFOを語るときと同じ目をしているな、こいつ。


「照汰が呼んだの?」


「ぼくが呼んだんですかね?」


 いや、それを知りたかったんだが。


 照汰は水筒の茶をぐい飲みし、虚空に視線を走らせて目を輝かせていた。他のスタッフでは考えづらいんだが、俺はまあいいかと思った。

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