24.ひとまわりとかちがいません

 俺たちは照汰とその友人である巻倉の三人で、中野駅周辺のカラオケボックスを使って打合せをしていた。部屋の中は巻倉によって呪術的な封印が為され、術を使った盗聴などの横やりは防ぐことができるようだった。


「話の腰を折るようで済みません。この部屋は巻倉さんの術で、よそからの呪術的な干渉を防げるようになったようですが、物理的な盗聴はどうしましょうか?」


「ああ店長、それやったらぼくが手うってます。ぼくらに関心を持つものが現れた段階で、警告が来るようにしました」


「オーケー、話を切って申し訳なかった」


「いえ、それで……そう、わたしの所属先が文化財保護に関する便利屋みたいなものってところまで話したのでしたか」


「便利屋ですか。微妙に否定的な響きを感じるんですが」


「そうなんですよね……」


 巻倉はそう告げ、はあ、とため息して腕組みした。


「今回お世話になった件も、そういう類いの話だったんです。それでも、行方不明そのものについてはもう、お陰さまでわたしたちの手を離れたんですけどね」


 そう告げて巻倉は、俺の報告後の状況を説明し始めた。




 そもそもの寺宝はすでに回収済みで、警察の捜査が始まっていること。門跡寺院の意向や、盗まれたものの呪術的な側面から、事件は公けにされないこと。フリーメールについては警察が盗難の捜査の延長で追っていること、などが説明された。


「寺宝を無事に取り返せたことについて、ほんとうにありがとうございました。改めてお礼申し上げます」


「いえ、俺ができる範疇で調べただけですから」


 室内のモニターには、女性アイドルグループの新曲のデモ映像が流れていた。退屈な日常を吹き飛ばすようなアップテンポの曲だったが、ここまでの話で室内の雰囲気は少々重いものになっていた。


「調査結果で指摘いただいた件がまだ残っていて、うちの上の方で問題になっているんです」


「寺宝のデジタル万引きの件ですね」


「そうです。調査の中にあった人名について、知っている者がうちの上にいまして、その集団について手を打たなければという話になっています」


「集団ですか」


 ええ、と応えて巻倉は説明を続けた。


 件の煤山観解すすやまかんげは実在する僧で、特定の寺には所属しないが、ある勉強会に所属していること。その勉強会は阿那律院あなりついんといい、釈迦の十大弟子の一人を神聖視していること。その活動内容は、仏教を護るためという名目であること、などが語られた。


「いわゆるカルト集団なんですか?」


「過去に調査を入れたんですが、穏当な勉強会なのは確認されています」


「うーん……それでも、煤山でしたっけ。その坊さんですけど、こちらに対してはかなり攻撃的でしたよ?」


「そういう報告でしたね。そもそも今回、盗難に関わっている時点でちょっと普通の感覚では無いと考えた方がいいでしょう」


「その阿那律院やらの方針からはみ出した者、という感じなんですかね」


「じつはその辺りを含めて、勉強会の中心人物にあたってみようということで、うちでは話が動いているんです」


 巻倉の言葉に、俺は考え込む。巻倉の上長が阿那律院とどのような関係なのかは不明だ。もし過去の調査以降に、煤山のような触法を厭わない者が主流になっていたなら、接触自体にリスクがあるだろう。




 断片的な情報に過ぎないけれど、以前俺が集団祈祷を受けたのはおそらく阿那律院の関係者であるように思われた。藪をつついて蛇を出すようなことは、場合によっては命に係わるかも知れない。


 俺については幸いにも医師が首を傾げるほど無傷で済んだが、何体もの神格が俺を助けてくれたゆえなのは忘れがたい。


「その集団が過去の時点から変質して、カルト化している危険性は無いんですか?」


「そこが悩ましいところなんです。うちの上長と中心人物は定期的な交友があるようですが、人格的な面では大丈夫と言われています。ただ、対組織となると、接触することで新しく問題が発生するかもしれない」


「なんで、巻倉くんが動くときは、ぼくも護衛代わりに同行する算段でいるんですわ」


「護衛か……」


「はい――そこで、改めてお願いがあるんですが、この件で阿那律院を訪問するとき、守谷さんにも同行をお願いできないでしょうか」


「それは、護衛という事でしょうか」


「そうです。報告のお陰で、記憶操作を行えるほどの呪術を使える者が関わっていることが分かっています。それに対抗する手段を持つ者は、うちでは手が空いていないんです」


 巻倉からのお願いについて数瞬考え込む。だが、俺の裡にある判断基準に照らして、その答えはすぐに出た。


「組織としてというお話でしたら、持ってくる相手を間違えているのではと思います」


「……そうですか」


「手が空いていないと言っても、無いとは仰っていない。加えて、あなたの所属は国に連なる組織です。私のような変わった特技をもつだけの喫茶店店長を頼るのは間違っている」


「――そうですよね、仰る通りです。非常にざん「しかし」」


「しかし、思うんです。巻倉さん個人としてのお願いなら、部下の友人の命に関わる困りごとなら、手を貸さないのはどうかと思うんです」


「守谷さん……」


「ダチのダチは友達だ、的な青いことを言うつもりは欠片もありませんが、照汰の友人なら助けたい。これでも仕事を抜きにすれば、こいつとは友達だと思ってるんです。ちょーっとだけ俺の方が年上ですけどね」


「ひとまわりとかちがいません?」


 俺の言葉に突っ込みをいれる照汰を見やると、彼にしては珍しく歯を見せて笑っていた。そのとき、カラオケボックスの室内には、攻撃的なロックの曲が掛かっていた。




 そのあと俺は、個人的に引っ掛かっていたことを確認した。問題のリセットボタン経典の内容についてだ。その記載内容ついて、組織的な窃盗を企図してまで強引に入手するほど重要な内容が含まれているか否か。それが気になった。


 巻倉によれば、経典の実物を用い所有者の寺に協力してもらい解読を進めているそうだ。だが専門家にとっても抽象的な表現が多く、内容の把握には急いでも数週間はかかるということだった。


「そもそもそんなお経、どうして所在とか知られとったんやろうね」


「その点も、うちで問題視している人が居たよ。現状では不明ということになるかな」


 そんな話をした。


 今後の日程については照汰経由で俺に話が届くことになった。打合せのあとは皆予定が無いという事なので、連れ立って近くの焼鳥屋に向かうことになった。


 焼鳥屋への道すがら、また神格たちの助力を得るのなら、俺は浅菜や子安さんに相談するべきかを考えていた。




 志藤と山崎は歩いていた。バイトの上りが重なったので、駅まで一緒に行こうと山崎が言い出したのだ。以前、彼女が男に絡まれている現場に遭遇したこともあり、快諾して歩いていた。


「なあ、しどくん。しどくんは渋谷とか遊びに行ったりするん?」


 自分はいつから英国のパンクロッカーになったんだと思いつつ、山崎の方を見る。


「渋谷かあ、たまにしか行かないかな」


「えーそうなん? 若者の街いうけど、しどくん若者ちゃうかった?」


「いや、若者だよっ? たぶん。 おれの人生でおっさんて呼ばれたこと無いよ?」


「……東京の子ぉらは渋谷や原宿とかかよったはる思っとったんやけど」


「んー、この辺から渋谷原宿あたりだと、微妙に距離があるよ、やっぱり。買い物とか近くで済むし、ネットもある。習い事とかバイトの都合なら分かるけど。……あ、女子とかだと知らないぞ」


「なあ、しどくん。私、渋谷とか行ってみたい」


「おう、中央線快速で新宿まで行って山手線で着くぞ」


「そやのうて、案内してくれると助かるんやけどぉ」


「案内か……」


「うん、案内。自称やけどこないかわいい子ぉと、一緒に渋谷で遊ぶとか、ときめいたりせぇへん?」


 志藤は反射的に『自称かよ』と突っ込みを入れる衝動を、比較的素直に抑えた。


 そして以前山崎が絡まれていたとき、男に“山崎が浮足立ってるかも”と自身が説明したことを思い出した。


 放っておいてもいいのかも知れなかったが、ここで放り出すのも微妙に気が引ける上に嫌な予感がした。


「あかんかなぁ?」


「ええとな、渋谷とか確かに遊ぶとこ多いんだけど、怪しげなスカウトとかヤバい人種も居ない訳じゃ無いの」


「そやったらますますしどくんが居たら安心なんやけど」


 志藤はうーん、と唸りつつ、何となく自身が山崎の手の平の上で転がされ始めたような気がした。


 結局、志藤は時間を作って山崎の渋谷行きに同行することにした。


 だがそれは女の子と連れ立って歩くときめきのようなものよりも、親戚などの身内の子が暴走するのを心配するときのような気分に若干傾いていた。


 おれってこんなに心配性だったろうか、と志藤は思った。

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