23.あるいは存在するかもしれない
実のところ、俺は後ろ暗い部分をもつ集団からは、鬼札扱いされている。副業の関係で都合よく利用しようとしても、痛くない腹をどこまでも探られる可能性を白眼視されているようなのだ。
従って、副業を始めたころに幾度か反社会的集団が粉を掛けてきたことがあったが、今では向こうから関わってくることは無い。
「会うことは構わないけど、照汰の友達は俺と会うことのリスクは承知しているんだな?」
「リスクですか」
「ああ、俺は見知った相手なら、調べようと思えば隠していることも調査できる。逆に言えば俺と接点ができない限りは、知られたくないことがあっても
「その点は問題無いおもいます。素性はしっかりしたやつですし、後ろ暗いことはいちおうしとらんおもいますし」
「ならいいんだ」
いつ頃会うんだと俺が問うと、照汰はその前に話すことがあるという。
「じつはぼく、黙ってましたけど
混沌魔術は一九七〇年代に魔術業界で起きた、一種のムーブメントだ。英語の呼称であるケイオスマジックから翻訳された関係で、混沌の名を冠している。
混沌というとホラー小説の描写の影響なども、その印象に影響するかもしれない。不吉で背徳的な印象を想起する者も多そうだが、原義はどちらかというと“
「そうか、混沌魔術ね」
現代魔術の草分け的な団体である
ところが、儀式の流れであるとか、様々な魔術的イメージの実践的な使い方に触れていた者の中で、柔軟な考え方をする者が現れた。『つかう
その結果、混沌魔術の使い手には自身で儀式を設計したあげく、伝統的な天使や悪魔の代わりにアメコミのヒーローを召喚して使役することに成功した者が出た。
あるいは日本人なら、NINJAマンガのヒーローたちを召喚することも可能かもしれないな。螺旋の玉とかロマンだってばよ――やった奴は聞いたこと無いけど、うちのク〇師匠とか試しそうなんだよな。
なんせあの人、尻から魔法が出るマンガを読んで三日間笑い転げた挙句、じっさいにできないか検討したらしい。最後はあきらめたみたいだけど。変人め。
照汰の例でいえば、旧い神の力を借りているのかも知れない。現実の世界の裏側に蠢く、名さえ忘れられた暴力的な旧い神格は、あるいは存在するかもしれない。
宇宙的恐怖を描いたホラー小説を土台にして、クトゥルフ神話と呼ばれるものがある。その象徴体系を仮面として被せ、旧い神々の力を借り受けることも、混沌魔術なら可能だったりする。
「これ見えます?」
俺の表情をうかがいつつ照汰は左手の平を差し出して問う。彼の手のひらにあるのはただの虚空だ。少なくとも通常の視覚で見る限りにおいては。
だが先の神猿たちとの鍛錬によるものか、魔術的な感覚では照汰の手のひらの上の空間に、鳥が羽ばたいていることに直ぐ気づいた。
「ずい分変わった鳥? だな。黄色い鳥が羽ばたいてる。頭に巻角が出てて、目がヤギとか羊みたいだ」
「ハスターの力を召喚して、店なんかを護らせたりしとったんです」
照汰が手を引っ込めると、ハスターの鳥は虚空に消えた。
「そうだったんだ、改めてありがとうな」
「いえ、助けになったんやったら、ぼくも自信になります」
そう告げて照汰は、控えめににこりと笑った。
俺は、彼がなぜ内緒にしていたのかは、問わないことにした。こういう
いまは、照汰の助力に感謝すればいいか、と考えていた。
翌日の夜、中野駅近くの飲食店が立ち並ぶ路地の一角、カラオケボックスの一室に俺と照汰は居た。道すがら焼き鳥店から立ち上る匂いに足を止められそうになったのだが、内緒の話ということもあり、行くなら帰り道でもいいかと移動してきたのだ。
相手はまだ来ていないようだったが、照汰に促され入店し、個室に入ってからそれぞれに飲み物を頼んだ。
「ほんで店長、はなしを持ち込んでこない言うのはほんと申し訳ないんですけど、ぼくのツレがたぶん、時間どおりにきぃひんおもうんです」
「なに、遅刻魔なの?」
「ええと、本人はえらいまじめな奴なんですけど、それだからか仕事をよく差し込まれるみたいなんですわ」
「ああ、ブラックな職場で働いてる感じか……」
「仕事自体は本人は好きでやっとるみたいなんですが、その影響で待ち合わせも時間どおりに着たためしがないんです」
そういうわけで、と告げながら端末を操作して、照汰は一曲目を選択した。
「あそびに来たみたいで何やけど、せっかくやし歌いましょ。場所はもうメッセージ送ったんで」
やがて部屋の中に荘厳な前奏が流れ始める。モニターを見れば、宇宙服のようなツナギを着た男たちが整列する画像が流れた。これはたぶんあれだ、隕石をどうにかする採掘師の父ちゃんが頑張る映画だ。
一曲目からこれかあと思いつつ、照汰の歌に聞き入る。ギターとはいえバンドをしているためか、音がキチンと取れている。普通に上手いなと思いつつ、そういう事ならと俺も曲を選んで端末に入力した。
彼が来たのは何曲目だったか、俺が日本のロックバンドの歌を歌っていたときだった。見るからに疲れているような彼は、申し訳なさそうに頭を下げた。
「本当に申し訳ない、遅れました。そちらが守谷さんですね、わたしは
「守谷です。調査に満足いただけたのなら良かったです。まずは座りませんか?」
曲の途中だったが、俺は巻倉に応じた。
全員に飲み物が行き渡ったところで、少し待ってくださいねと告げながら、巻倉がポケットからやや幅広で白地の付箋紙を取り出した。もう片方の手にはゲルインクのボールペンがある。
彼は付箋紙の束から数枚取ると、それぞれにペンで五芒星を描いた。四枚あるようだ。俺が興味深く視線を送っていると、星を描いた以外の付箋紙とペンを仕舞い、巻倉は立ち上がった。
「内緒の話とかしますから、ちょっとした水漏れ対策しときます」
そう苦笑して星を描いた付箋紙を左手に握りしめ、右手の人差し指と中指で剣印を作った。彼は剣印を自身の顔の前に構え、静かに目を閉じる。その瞬間、俺の魔術的な感覚では、巻倉の気配が周囲に同化した。
程なく巻倉は姿勢を保ったまま両目を開けて半眼となり、口を開いた。
「黒海の王たるものよ、
叫ぶでもなく囁くでもなく、それでもカラオケボックスで流れるデモ音源を斬り分けるように、巻倉の声はその場に満ちた。
そして剣印で左手に持っていた付箋紙に触れ、もういちど急々如律令と告げた。その後、巻倉は部屋の四方の壁に付箋紙を貼っていった。
「陰陽術か……」
「そんな大層なものでもないですけどね、せっかく使える隠し芸みたいなものなんで、使えるときは使ってるんです」
俺の見立てでは、この部屋は魔術的に目張りが施された状態になっているように感じられる。巻倉は水漏れ対策と言ったが、この場に居る限り呪術などの類いで邪魔が入ることは避けられるように思われた。
さて、と告げて巻倉は俺たちを見てから座り、ひと口アイスウーロン茶を飲んでから口を開いた。
「改めて、自己紹介から。名前は先ほど申しましたね、巻倉です。国立研究開発法人・文化総合研究管理機構で働いています。組織の通称は文総研です」
「守谷従治です。……文総研、ですか」
「ええ、ざっくりと言いますと、有形無形を問わずに文化財全般と、日本にある世界遺産やその候補なんかについて、研究や管理を行ってる組織です」
「研究畑なんですね」
「だったら良かったんですが、半分以上は政治的な話が絡むので、その辺りはかなりこき使われてますね」
「国絡みだとそういう感じなんですかね」
「そうですね。――組織としては比較的歴史が浅くて、文科省を中心に内閣府や経済産業省なんかにも跨いでいた仕事を切り分けて、成り立ったんです。拠点は分散してるんですが、ふだんは丸の内あたりで仕事をしてます」
話を聞く限り、国の文化財関連の元締めに近いところの仕事をしているようだった。その辺りを問うと、巻倉は苦笑いした。
「元締めといえばそうなのかも知れないですけど、逆に言えば『国に投げなければ管理できない面倒な代物』を扱う便利屋みたいな感じなんです」
彼の表情を見る限り謙遜などではなく、その言葉は現状への問題意識を含んでいるように感じられた。
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