18.仮にも意志の働きを重んじる

 バイトの面接に向かうのに地図を確認していた少女は、志藤が話をしてみればどうやら自身のバイト先である守谷の店に向かうところだった。


「そのカフェだったらおれ知ってるし、近くだから案内するよ」


「ほんまに?」


「ほんまに」


「ふふ、それやったらお願いします。あ、私、山崎好芽やまざきこのめいいます。あんじょうよろしゅう」


志藤清麻しどうせいまだ、よろしく」


 そうして二人で店に向かう。道すがら、近隣の店や防災の体験施設の話などをしていたら、すぐに着いてしまった。


「それじゃ、縁があったらまたどこかでな」


「ほんまありがとうな。あ、そや」


 山崎は自身と志藤のチャットアプリのアカウントを交換した。志藤は密かに山崎が怖い子では無いことを祈りつつ、店の前で別れた。


「関西弁でうちの店のバイト志望って、辻先輩の知り合いだったんだろうか」


 そんなことを呟きつつ、志藤はその場を離れた。




 先日の入院騒動もあり、俺を心配してくれるカフェチェーンのエリア長からは、もう少しスタッフを増やしたらどうかと言われている。俺としても現状では否は無いのだが、不思議とこういう採用関係の出来事は、採る方も採られる方もタイミングで決まったりする。


 そんなことを思いつつ事務室にいるときにスタッフから、面接希望者が来たと告げられたので、お通しするようにお願いした。そしてやってきたのが、先日稲荷神社で会った少女だった。


「ええと、たしか先だって神社でお会いしていますが、ここは初めましてと言っておきます。店長をしている守谷です」


「こんにちは、今日はよろしくお願いします。アルバイトの面接希望で伺っている山崎好芽です」


「はい、まずはそちらの席にお掛けください」


 彼女の言葉に微かな関西弁のイントネーションが残るのを感じつつ、着席を促しながら俺は名刺を渡した。


「それで、山崎さんはアルバイト希望ということですが、数あるバイトの中からうちを選んだ理由を、まず伺っていいですか」


「はい、ええと……」


 彼女にはいくつか聞いてみたいことはあるが、志望動機の確認は面接の基本だろう。最初に確認してしまうことにする。


「志望動機としては変な理由と言われることはわかってます。それでも言いますと、夢枕でお告げを聞いたからなんです」


「お告げ、ですか?」


「はい、夢の中で大きな白い狐さんに会いまして、こちらの店の店長の力になれと言われたのがきっかけです……」


 そう告げる彼女も、どう伝えるべきか、言葉を重ねるべきか、とこちらを伺っているようだった。


 俺は少し目を閉じて腕を組み、考え込んだ。どこをどう考えても白狐であるとか夢枕に立つなどは、個人的に心当たりがありすぎる。数瞬、頭の中で言葉を整理しながら、山崎さんに応じる。


「分かりました。はい、非常に良く分かりました。……山崎さんのお話に心当たりがあります」


「……はい!」


「それで、それはそれとして、あくまでも切っ掛けの一つと受取ります。そのきっかけから、最終的にうちで働くことを決めた理由は他にはありますか?」


「はい。働くことでお金を稼ぎながら、社会経験を学生のうちから積んでみたいとおもったんです」


「社会経験ですか」


「そです、私は飲食店ではたらいた経験はありません。けれど、私はこれまで巫女のアルバイトの経験があります。いまは学生ですがいずれ社会人になるまでに、お金を稼ぐということについて、自分の身でもっと経験しておきたいと考えております」


「客商売は大変ですよ? 先輩たちは助けてくれるでしょうけれど、変わったお客様への対応をしなければならないこともあります」


「そこはもう、頑張りますと申しあげます」


 身だしなみなども問題ないし、稲荷神のこともある。ここまで聞きだせたら問題無いだろう。


 神様に言われたから、というのはあるいは働く理由にはなりうるかも知れない。けれど、視点によっては自身の人生を神様を理由に外部に丸投げてしまう形にみえる。仮にも意志の働きを重んじる魔術師の端くれとしては、その答えでは問題があると考えたのだ。


「……わかりました。ところで採用とは関係ない話なんですけれど、前に稲荷神社で会いましたよね?」


「はい、お会いしました」


「あの時にはもう、お告げですか、お稲荷さんから何か話があったんでしょうか」


「ありました。守谷さんの姿を夢で見せてもらって、相手をよく見て、初見の印象を大切にせよって言わはった……言っていたんです」


 それで、グッドですやん、か。まあ、稲荷神の巫女を務める少女から、俺に悪い印象が無かったのなら光栄だと思うことにしよう。


 面接はその後、滞りなく済んだ。事務室のPCでスタッフのシフト表を確認しながら、彼女が希望する働き始めの時期とすり合わせるが、特に問題は無さそうだ。


「実は今は採用に力を入れていまして、バイトに関しては歓迎している状態なんです」


「そうなんですか」


「ええ、そういう事なので、山崎さんについてはうちの店で働いて頂こうと思います。採用です」


「分かりました、ありがとうございます。よろしくおねがいします!」


 採用を告げられた彼女の眼には、やる気がこもったように見えた。


 その後彼女には、必要書類を作るのにやり取りをする旨などを告げ、面接を終えた。飲食業は未経験ということだが、山崎の立ち振る舞いならすぐ馴染むだろうと思いつつ、彼女を帰らせた。




 気が付くと俺は、変わった鳥居を前に立っていた。ここまで移動してきた記憶はない。通常の鳥居の意匠の上部に、ハの字のような傘が被った変わった鳥居だ。確かこれは山王鳥居さんのうとりいと呼ばれるものだったはずだ。


 直前の自身の記憶を探れば、自宅で寝ようとして横になったはずだった。先日の副業での調査に関連して、知りたいことがあったなどと考えていたはずだ。


 鳥居の向こうには石造りの参道が伸びているが、途中から始まる階段の脇にはエスカレーターが付いている。振り返って鳥居の前を横に伸びる車道を見れば、すぐそこには交差点と信号機があり、車道の脇の標識には“外堀通り”の表示があった。周辺の高いビルと併せて考えれば、ここは都心の神社の前と思われた。


「あなた寝る前に、私に相談しようと考えていたでしょう。割とまじめに」


「我、此の辺りにて仕事を成した。そのついでに此度こたび案内した」


 いつの間にか俺の両脇には、マアトと白狐が佇んでいた。都心の永田町にあるこの神社は、そういえば稲荷神社も境内にあったのだったか。


「貴様も話が有ろう。我、茶房まで案内するなり」


 女性の声でそう告げ白狐が歩き始めたので、マアトと俺は近所のテラスのあるカフェに移動した。白狐の尻尾はご機嫌な様子で左右にずっと揺れていた。


 案内されたカフェは動物がダメな気がするけど白狐は神格だし、そもそもここまでクルマや人間を見ない。恐らくここは夢のなかであるし、俺は気にしないことにした。


 白狐は俺たちを席まで案内し、それぞれが座ったところで左の前足で二度、たんたんと床を叩いた。すると俺たちの前に、それぞれアイスのカフェオレが現れた。


「賞味するが良い」


 そう告げて本人は、深皿の中のアイスカフェオレを舐め始めた。以前、俺から出したのがカフェオレだったのを思い出し、気に入ってくれたんだろうかと一瞬考えた。




 俺は寝る前に考えていたことを意識の中でまとめつつマアトを見ると、にこにこと晴れやかな笑顔をこちらに向けていた。相変わらず、白いワンピースが可憐だ。


「まずはお二方、来てくださってありがとうございます」


「気にするで無い。此度は気紛れなり」


「そうよ、気にすること無いわ。私に用があったのでしょう?」


 そう、俺は誰かに相談したいことがあったのだ。具体的には、照汰でるた経由で受けた依頼で経験した、奇妙な出来事について。


「はい。先日部下を経由して探し物を頼まれたんですが、その過程で俺の理解を超えることが起きて、誰かに相談したかったんです」


「ふむふむ」


「俺が修めた魔術の技法で、現実を写し取った空間を作りました。その空間では俺は管理者というか、俺自身が望む結果を目の前に現すことができます。そこで俺は失せ物を探しました」


「探し物は見つかったのよね?」


「見つかりました。それはいいのですが、その過程で呪術を使うとみられる者に、俺を認識されたようなんです」


 もう少し詳しく教えてと問うマアトに、意識の中で問うべきことを整理する。あの時に感じた違和感について。現在の時点で過去を見ていたのに、逆に見られていたと感じたこと。


「例えば、いますごく良く似たクフ王の肖像画を描いたとして、その肖像画を介してクフ王が未来に居る俺を知ったり、俺に呪術を掛けることは可能ですか?」


「あら、クフちゃんね。――そうね、あなたは可能だと思う?」


「現実では無理でしょう。ただ、世界の記録を写し取ったものを魔術で再現したときに可能か、気になったんです」


「できるかどうかでいえば、できるわね」


 当然でしょう、といった顔を浮かべながらマアトは告げた。

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