26.近くに居るって訳でも無いんだ
幸いにも天気は晴れてくれた。時間的には昼下がりで、街なかを行く人も多くみられる。昼休みの時間帯だからか、道端にはところどころでランチの看板が見られた。
「店長、ごちそうさまです」
「気にするなよ。おいしかったと思うけど、お礼がこの店で良かったのか?」
「うん、前から気になってた店だし、店長と来れて良かったよ」
「そうか」
浅菜の言葉に、守谷は優しく微笑んだ。
先日、店長に頼まれて本人に仙術を行った件で、食事をおごってもらうことになっていた。二人が休みの日に待ち合わせし、ネットで調べた洋食屋に来たのだ。
先日の守谷の退院祝いの食事会でイタリアンを食べたのだが、今日は洋食にするか和食にするか、それ以外にするか二人で悩んだ。その結果、じゃんけんをして行きたい店を決めようと浅菜が言ったところ、守谷は浅菜に従うと言ってくれたのだった。
「それで、俺はまだ時間あるけど、このあとどうする?」
「だったら少し付き合ってよ、店長。買う予定があるわけじゃないけど、ちょっと家具を見たいんだ」
「構わんぞ」
そうして浅菜たちは移動し、ショッピング施設などを二人で散策した。特に予定なども立てていなかったが、時間はあっという間に過ぎてしまったようだ。結局二人はその後も流れで夕食を共にし、夜になってしまった。
「今日はごめんね、店長。なんだか連れまわしちゃって。疲れたんじゃないかい?」
「別に疲れてないぞ。たまの休みだ、浅菜への礼も兼ねてるんだし気にするな」
「うん、ありがとう」
「それより、浅菜こそ疲れたんじゃないのか」
浅菜は守谷の言葉にどう応えたものか、一瞬考える。当の守谷は、少し照れくさそうな表情で微笑んでいる。もしかしたら彼は、自分を誘ってくれているのだろうか。
「……そうだね。疲れたかな、と言ったらどうするんだい?」
「それなら、少し二人で休めるところに行かないか?」
そう告げて、守谷は自身の右手を前に出した。浅菜は一瞬戸惑うが、その手を取る。
「うん、行こうよ」
まだ夜は始まったばかりだ。二人でシティホテルに移動し、部屋の窓から浅菜は外を眺める。
「ここからはこんな風に街が見えるんだな」
「そうだね、上から見ると街の雰囲気も違って見えるよ」
いつの間にか自分の背後から、守谷も外を眺めていた。そしてその手が浅菜の肩をそっと抱いた。
「浅菜、何か、いつもありがとうな」
「店長、こういう時は名前で呼んでよ」
「そうだな。……でも、
「従治さん……いつもありがとう」
守谷が浅菜に顔を寄せ、優しく見つめる。こういう時は、もう少し焦ったりするものかと思っていたのだが、浅菜は自身が意外と冷静なことに驚いていた。そして浅菜は、そっと目を閉じた。
浅菜が目を開けたとき、そこはどうしようもなく自身の部屋だった。服装は有名スポーツウェアメーカー製のパーカーに、下はジャージだった。完全に部屋着である。
彼女はベッドの上で組んでいた
「子安さんからイメトレしなさいと言われたのは良しとして、本当にやったら虚しくなっただけなんだけど」
そう呟きながら立ち上がって、身体の各部を伸ばした。いつもの自身の部屋を見渡すが、特に代わり映えは無い。基本的に片付いていると思うが、特徴的なのは本棚の蔵書だろうか。マンガなどの類いは、ずいぶん前からスマホのアプリで読んでいる。
だが、書店で見かけた神話であるとか呪術や魔術の本が場所を取っている。オカルト関連の本は内容の濃さにバラツキが大きいので、どうしても書店で手に取って確認して気に入ったものを買ってしまうのだ。ふと目に入る魔女宗やルーン文字の書籍を、最後に開いたのはいつだったかと思う。
浅菜は子供のころから本が好きだった。身体を動かすことが苦手なわけでも無かったし、友達と家庭用ゲーム機などで遊ぶことも好きだったが、それより本が好きだった。
もう少し運動をさせたいと思っていた浅菜の母は自身の弟――浅菜の叔父に相談した。叔父は小さいながらも商社を経営していたのだが、社員の奥方が台湾出身で拳法の心得があると分かった。その後、叔父から師匠を紹介され、拳法を含め仙術を習って今に至っている。
因みに叔父の会社には月に二度ほどデータ入力のバイトを入れている。いま住んでいるアパートも叔父家族の資産で、家賃をずい分安くしてもらっている。
目の前のローテーブル脇の床に座って机上のノートPCを起動させ、動画サイトを開きBGM系の音楽動画を再生させた。
「べつに殺風景ってわけでも無いし、部屋も片付いてるよね。いきなり知り合いが来ても大丈夫だけど……」
自身の呟きから、赤井の言葉を思い出した。彼女は、互いにお泊りしたりと言っていた。浅菜は、たとえばこの部屋に守谷を招くことがあるのだろうかと、ふと思う。
目を閉じれば、守谷が微笑む姿を労せず想像することはできる。
「まだ、近くに居るって訳でも無いんだよな」
そのまま浅菜はローテーブルの下に足を延ばして大の字に床に寝そべり、身体を楽にして目を閉じた。
その日俺は、夜の東京駅丸の内駅舎を意識にとらえていた。
いつものように仕事を終え、帰宅してから身の回りのことを済ませた。その後横になって魔術的空間へと意識を移し、無限光から生命の樹を生成、分離させた。このうち
待ち合わせの場所は丸の内駅舎前の広場で、待ち合わせの相手は、俺に魔術を教えた者。ダン師匠だった。
赤レンガの歴史的な景観は、近代的で機能的な高層ビルなどと異なって、俺の意識を安心させてくれていた。
旅情をかきたてるその佇まいは、遠く離れた誰かとこの駅から伸びるレールで繋がっていると予感させた。あるいはそれは、時が分解していく己の紐帯を繋ぎ止めてくれる頼もしい城塞のようにも感じられた。
「やあ従治、いい夜だネ」
「師匠」
俺が振り替えると、ダークネイビーのスリーピーススーツに身を包んだ黒髪の白人男性の姿があった。
数年前、同じように魔術的な空間で会ったときよりも、少し老けたような外見をしているが、その姿はダン師匠だった。
「意外と元気そうじゃないカ。――ここに来る前に考えていたケド、始めに訊いておきたい事があるんダ」
「どうしたんだ? 改まって」
「ああ、最近のアキバのメイド喫茶はおさわりOKになってないカイ?」
「死ねばいいのに〇ソ師匠! 数年ぶりに顔を合わせて、最初のやり取りがそれかよ!」
割と本気で俺は、今すぐに帰ろうかと考え始めていた。まあ、この人の場合、俺が現実に逃げても意識だけをこの場に召喚しそうだけど。
高校生のときあったんだよな、俺が現実空間に逃げたら直ぐに俺の意識を召喚して、『大魔王からは逃げられないってことわざがありマス』とか言いながらドヤ顔をかましたんだよ。もう俺その時、色々と心が折れたよ。
「ハハハ、元気があるなら大丈夫ですネ。それで、
そこまで告げるとダン師匠はパチンと指を鳴らし、その場にキャンプテーブルとキャンピングチェア二脚をその場に生成した。亘というのは俺の父の名で、定期的にダン師匠とメールをやり取りしているそうだ。
ちなみに俺の母は
「キミが病院送りになるなど、なかなかの事態デス。詳しく話してくれませんカ?」
そう言ってからダン師匠はキャンピングチェアに座った。
表情を伺えば、澄ました顔をしているが、こういう風に俺に話題を振るとき師匠は俺を気遣ってくれていることが多い。俺は苦笑いしたあとパチンと指を鳴らし、ホットのチャイラテをキャンプテーブル上に二つ出現させた。
そして俺もキャンピングチェアに座り、口を開いた。説明したのはここ最近経験したことだ。先の副業で談合事件関係者に対して依頼を受け、報いを受けさせたところから話始めた。
その後、集団祈祷で送り込まれた大威徳明王から致死性の攻撃を食らったが、神格たちに助けられ命をつないだこと。
副業でリセットボタン経典を含めた仏像盗難の調査を依頼され、実施したこと。調査で過去を見たとき、呪術を使う者にこちらを認識された可能性があること。
寺宝は取り戻せたが、デジタル万引きされたこと。主犯が過去に所属が確認された組織があること。その辺りまでを順に説明した。
ダン師匠は俺の話を茶化すこともなく、穏やかな表情で聞いていたが、経典の話をした時だけ少し眉をひそめた。
「色々と興味深いことを経験していますネ。神格と個人的なつながりができたことは、非常にラッキーだったと思いマス。今後も従治の修行に協力して貰えそうですしネ」
「それは俺もそう思う」
「リセットボタン
「
「初めて聞きましたが、ボクも調べてみマス。でも多分、従治の方が日本に居る分早く接触しそうですネ」
「そうかも知れない」
「もう一つ、“
何やら響きからして厨二な感じがするが、欧米とか秘密結社の本場だったりするんだよな。そんなことを思い、俺はチャイラテを啜った。
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