【1000PV感謝!】無色の魔術書~都内のカフェの魔術師店長ですが、オカルトな副業やってます。呪術とか飛んできますが、まずはコーヒーいかがですか?

熊野八太

1.俺に刺さったのは魔術だった

 ふと店内を見回すと、ちょうど客は途切れていた。中央線沿線のターミナル駅近傍で営業を始めて数年経つ。学生時代というかそれ以前から趣味にかまけた結果、就職に困って悩んだ挙句、大手カフェチェーンのオーナー店長になった。開店資金は親類に頭を下げまわって用意したが、三十路になった今ではいい思い出ではある。


「店長、ヒマそうだね」


「手が空いただけさ、お客も居ないしな」


 浅菜令あさなれいという女性スタッフから声を掛けられる。明るい笑顔が印象的なボブヘアの女性で、カラッとした性格をしている。ちなみに今、彼女も手が空いてそうではある。


「“例のコーヒー”の売れ行きはどうだい?」


 何気なく問われるが、俺の副業の話だった。程度の違いこそあれ、スタッフたちは俺と似通った趣味をもつ者が多いから、気にかかるのかもしれない。


「まあまあさ、売ったあとの話を含めてね」


「ふうん……脱法というか、法の外にある仕事なんだよね?」


「どこぞの反社じゃないんだから、不穏当なことを言わないで欲しいです、おねがいします」


「そう言いつつ、ぜんぜん気にしてるそぶりが無いなあと」


「じっさい、法に触れるようなことは一つもしていないしな、それに……」


「それに?」


「“汝の欲するところを為せ”」


「“それが汝の法とならん“……クロウリーかあ」


 俺と一部の店員たちは、オカルト趣味をこじらせたまま大人になってしまった人間だった。オカルトと言っても範囲は広い。超科学やらエイリアン、オーパーツ、陰謀論、宗教などの諸々の信仰、予言、占いとかのたぐい。


 中でも俺に刺さったのは魔術だった。


 絵本かゲームかマンガか、あるいは親や親類の誰かか、何かに影響を受けていたのかは分からないが、気が付いたら俺は魔術が好きだった。


 実在の魔術師、アレイスター・クロウリーの言葉を出しても、昨日の天気を語るくらいの気軽さで応じてくれる部下に、頼もしさを感じてしまう。


 魔術であるとか神秘主義的な要素を含む宗教には、古式にのっとれば、今では違法となっている薬物を儀式に用いる連中がいる。だが、さすがに俺は違法なものには手を出していない。


 “例のコーヒー”とは、ただの符丁だった。俺の副業の客は、直接依頼者が来店し、合言葉をスタッフか俺に告げなければならない。そう決めてあった。――スタッフには符丁を告げる客を、俺まで案内してほしいとお願いしてある。まあ仮に、俺まで繋がらなかったとしても、そういう巡り合わせだったのだろうと思うことにしていた。


 そこまで脳裏に浮かんだとき、店のドアが開いた。いらっしゃいませ、と俺たちが告げた相手は、女性客だった。二十代くらいだろうか、年齢なりのかわいい系の服装をしている。


 だが、違和感があった。彼女には表情が無かったのだ。整った顔ではあるが、感情の波を感じさせない様子は、俺の副業の客でたまに見る特徴ではある。


 長髪を後ろでまとめた細身の男性スタッフがレジで注文を取るのを任せて、俺は厨房に戻ってやり取りに聞き入った。


「いらっしゃいませ、ご注文がお決まりでしたらうかがいます」


「はい……とても濃い、エスプレッソをお願いします。店内で」


「エスプレッソはシングルとダブルからお選びいただけますが、どちらになさいますか?」


「はい……“さらに濃く、深淵よりも深いもの”にして下さい」


「……承りました」


 程なくスタッフが、客をバックヤードの事務室に連れてくるだろう。俺は先に移動して、彼女を待った。




 扉が開き、先ほどの女性客がひとりで事務室に入ってくる。相変わらず表情はない。室内を観察するでもなく、何か考え込んでいるようにも見える。


「こんにちは。手狭な部屋ですが、気楽にしてください。バイトの採用面接をするわけでも無いですから」


 俺がそう告げてから、打合せスペースの椅子に座るよう促す。


「こんにちは……ええと、虚十字ウロジュウジさん、ですか?」


「自己紹介がまだでしたね。そちらの名を名乗った仕事をしています」


 ネームプレートは外してある。調べれば分かる事ではあるが、自己紹介と言っても本名を名乗ることは無い。俺は自身の名の守谷従治――モリヤジュウジをもじって、副業のための通り名を決めていた。虚十字――ウロジュウジと名乗っている。ウはウカンムリから、ロは谷の字の”口”からもじった。


「魔術を使って、いろいろな願いを叶えてくれると聞いています」


「そうですね、神社仏閣の祈祷に毛が生えたようなものではありますが」


「そういう場所では――頼めないことも……」


 確かに、依頼を達成したことはある。他者を害する魔術で、呪殺であるとか破綻に追い込んだのは経験済みだ。魔術の標的がどんな種類の人間であれ、自身の判断において実行するに足ると判断したものは依頼通りに行ってきた。文字通りの意味で物証が無い呪殺を成功させることは、これまでの経験から可能だ。


 だが俺は、殺し屋でも傭兵でもない。


 魔術師の末席に納まっている若輩でしかない。


「まずは、あなたの事情を聞かせて下さい。その上で、ご依頼を受けるか決めさせていただきます」


 努めて穏やかな口調で告げると、彼女の表情に少しだけ感情の波を見た気がした。


「ある男と……それに連なる連中を……破滅させてほしい……!」


 長い沈黙の後に、彼女は絞り出すようにそう言ってから一筋、涙を流した。


 抑制された声で語られた内容を整理すると、K県の県議の談合に絡んだ復讐の話だった。


 K県の医療システムで予防医療に関する新機能を追加しようとする際、システム開発を行うベンダーの入札があった。かなり大規模な開発で多額の予算が動いたが、現場では実績のある大手に依頼することがほぼ決まっていた。そこに今回の標的の県議が割り込んだ。結果、県議の鶴の一声で都内のベンチャーへの発注が決まった。そして、その件が談合として立件された。


「その外資系ベンチャーの談合事件は、一時期ハデに報道されていましたね」


「はい……でも、あくまで官製談合と報じられるだけで、県議の名前が出ることは最後までありませんでした」


「あなたは、その件の関係者か知人ということですか?」


「彼が――付き合っていた人が県の職員で、実行者として捕まりました。わたしの、彼だけが……」


 彼女の口調から、返ってくる答えを想起しつつ俺は問う。


「今日来られたのは、その方からの依頼ですか?」


「彼は先月、自殺しました」


 そう告げてから彼女は泣き崩れた。


 事務室には遠く、カフェに流れるリラックス系の音楽が聴こえていた。




 少なくとも俺には、彼女が嘘をついているようには見えなかった。魔術を修める過程で意志の流れのようなものを御するようになってから、訓練されていない相手の表層意識は概略を読めるようになっていた。彼女の中で真実とされている事が語られた感触がある。


 俺は腕組みして利き腕の拳を口に当て、数瞬考えた後に彼女を見る。自身のカバンから出したハンカチで、すでに涙は拭われていた。


「なにか……すみません……」


「飲み物を持ってこさせます。少し待ってくださいね」


 俺は内線の電話機で厨房につなぎ、ハーブティーを持ってくるよう頼んでから口を開く。


「俺も独自に調べさせて頂きますが、お仕事を受けようと思います。ですが、仕事の話は一息入れてからにしましょう」


「……わかりました」


 少しして事務室がノックされ、スタッフの浅菜が飲み物を置いて部屋から出て行った。アイコンタクトで浅菜は、こちらが深刻そうなことは察してくれたようだった。


 その後、依頼者や関係者の名前、標的は殺さず生きながら地獄を味わわせること、標的の範囲、依頼達成の期限、成功報酬の額と支払い方法、手付として報酬の十分の一を現金一括で本日中に支払うことなどを話した。

 手付金はそれなりの家電がセットで買える額だが、彼女は自身の鞄から慌て気味に取り出して渡してきた。


「確かに受け取りました。カウンセリング料ということで、領収書をお渡しします」


 静かに頷く彼女に、事業者名としてアルファベットでウロジュウジと書いただけの領収書を用意し、手渡した。押印は無い。


「最後にお聞きしたいのですが、俺のことは誰から聞きましたか?」


「習い事の友人から、今回のことで相談したときに伺いました」


 そう言ってから返ってきた彼女の友人の名には覚えがあった。年配の女性だ。都内の反社会的組織の、かなり悪辣な末端構成員への復讐依頼を受けたときの依頼者だった。


「俺のことは、今回の依頼も含め基本的に秘密にしてください。ネットなどにも名も手段も上げないで欲しいんです」


「はい」


「それでも、あなたが本当に必要だと判断した親しい相手には、教えて頂いて結構です」


 そこまで話してから、彼女を帰らせた。彼女が部屋を出るとき、強い意志を感じる視線で目礼されたのが印象に残った。

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