16.終わりなのかあるいは始まりだろうか

 食事会の日から一週間ほどして、俺のところに照汰でるた経由で情報が来た。失せ物探しの依頼の件だ。


 依頼者である照汰の友人の情報は、匿名を希望するとのことで提供は無し。寺の情報を掘れば調べられるが、その辺は空気をよんで調べないことにする。


 寺宝が無くなった門跡寺院もんぜきじいんの名は陽輪院ようりんいんで、京都市左京区内にあるそうだ。倉庫に関しては警備会社と提携している市内の貸し倉庫を使っていたらしく、市役所の南西部の街中のビル内にあったようだ。その住所は教わった。同じ場所に保管してあった他の寺宝は、いまは全て別の場所に移送済みとのこと。そりゃ、寺宝が一つ消えればそうなるよ。


 無くなった仏像の名は釈迦金輪座像しゃかきんりんざぞうで、要するに座ったお釈迦様の木像らしい。金箔が貼られた輪宝りんぽうを抱えており、仏像の体には古木の茶色が出ている像とのこと。特徴的なのは衣の部分に赤く彩色されていることだ。江戸後期に一度修復されているらしく、画像データで見ればかなり分かりやすく赤い色が出ている。像の高さは一尺で、約三十センチくらいとのこと。


 像の背部の木を適切な順番にずらすと、背中がかぱっと外れて仏像の体内から経の巻物を取り出せる仕組みになっている。お経の名は一字金輪布薩儀則覚書いちじきんりんふさつぎそくおぼえがきとのこと。それってお経の名前なのかとも思うのだが、密教の儀式について記した文書なので経として扱われているらしい。寺に伝わる記録では、こちらの経は江戸後期の修復の際に複写を造ろうとした御用職人が居たそうだが、本人が行方知れずとなったそうだ。




 市街地ゆえか夜の暗さは、古都の街並みでもそれほど感じない。時間帯によるものか、人通りはまばらで、商店街やらの繁華街の喧騒はそこには及ばなかった。


「それじゃ、指定の荷物二点はたしかに渡したで」


「ああ、注意して運んでおく」


「おれが気にすることでも無いんやけど、事故だけはほんまに気を付けてな。あんたの身の安全もそうやけど、荷がバレるとそれだけでアウトやから」


「分かってる。……だが仮に事故があっても、その時点でまじないが発動して、俺がどこで荷受けしたかを思い出すことは無い」


「そこらへんもざっくり説明は受けとる。警備会社にも雇われたやつが居るようやし、ことが済めば、おれらの記憶には何も残らへん」


「監視カメラにも手が打たれると聞いているが、つくづく恐ろしいものだな」


 二人の男が、路上駐車されたワンボックスカーの車内で話し込んでいた。彼らを見る限り、荒事に慣れている様子は伺えない。運転席の男は表情を暗くする。


「そんでも、報酬も物納やけどもらっとる。闇バイトともちがうやろ」


「まさか、檀家になってる寺を経由してこんなことを頼まれるとはな……」


「まあ、何も残らんでもあんたも共犯や、それに何や大掛かりなこの国のための儀式に必要いう話やろ」


「儀式ねえ。陰陽師とかが活躍してた時代じゃ無いんだからとは思うが、記憶操作は体験してるしな」


「ふかく探らん方がええこともある。東京に戻れば、別の仕事をしたことになるんやし、もう気にせんでええとおもうわ」


 浮かない顔を二人は浮かべるが、時間は過ぎる。それに気づいた関西弁の男が口を開いた。


「ほなら、そういうことで、あとはよろしゅうたのんます」


「ああ、確かに任された「停止」」


 ワンボックスカーの後部座席で二人の会話を聞いていた守谷は、権能の力により場の記録を停止させた。




 俺は四番目アッシャーの生命の樹の球体イェソドに展開された世界で、京都市内に居た。リアルタイムを再現される世界で、いつものように残された記録を探った。その結果、倉庫近くの受け渡しの場面はすぐに特定できた。


 問題なのはここからだ。


 現実の時間はすでに過ぎてしまっている。過去に起きてしまったことを追跡しながら移動するのは、俺の処理能力を超える。


 俺にできるのは、遠くともせいぜい視界にギリギリ入るくらいまでの範囲で過去に起きたことを読み出すくらいまでだ。


 それ以上を試そうとして意識がホワイトアウトした挙句、現実世界へと意識がもどされ涙と鼻水とよだれで顔はべとべとになり、手足はつり気味の筋肉痛になったのは黒歴史だ。幸いにもお漏らしは無かったがゾっとしたぜ。オムツァー魔術師とかは斬新ではあるけれど、あまり目指したくはない。


 土地を移動しながら過去の場の記録を探るとなると、時を管理する神格のほか複数の神格の力を借りる必要がある。そのレベルになると俺の師匠くらいじゃないと実現できないだろう。師匠は筋金入りの変人だが、魔術の技量は底が知れない。


「ク〇師匠のことは今はいいか。確認を進めないとな」


 目の前に居ない〇ソ師匠のことは意識から追いやり、俺はまず目の前の二人の免許証を権能により複製し、住所などを確認してからポケットにしまい込んだ。


 ワンボックスカーの外に出て、固定した空間の縛りを解放すると、そこには昼間の落ち着いた雰囲気の街並みがあった。


 こうして見るだけでは地方都市の街角という感がある。近くには織田信長の墓がある寺や、聖徳太子が開いたらしい生け花発祥の寺などがあったはずだ。機会が許せばまた、京都に観光で行きたいななどと考えていた。




 寺宝の荷運び役の住所は都内だった。二十三区内の男の住所付近に転移し、本人の所在を確認。その後に男の住居や勤め先の運送会社などの場の記録を調べ、移送当日の寺宝の配達先を突き止めた。――比較的あっさりと突き止めたのだが、そこは都内の芸術大学の構内だった。


 構内に美術館まで持つ大学だ、彫刻や書画などを扱う美術研究者も確かに居るだろう。そう思いながら寺宝の配達先を調べると、研究室を特定できた。


 やはり彫刻の研究者が受取っていたが、ここで問題が発生した。受取りに同席した者の一人が禿頭だったのだが、場の記録を探っているとき彼に“身を隠しているのにこちらを認識された”気がしたのだ。


 現実世界から見れば魔術で空間を固定したうえで、個人的に再現しているこの場は過去の出来事だ。しかし、過去の時点で禿頭の男が、現在彼を見ている俺を認識したようなのだ。そんなことはあるのだろうか。


「魔術的に現実から写し取った世界だから、この世界の権能で隠れた俺を見つけるということは、そういう技術を持ってるんだろうな」


 あるいは未来予知に似たなにかの呪法があるのかも知れない。俺は嘆息しつつ、気休めだろうとは思いながらも権能によって可能な限り気配をごまかして調査を続けた。




 分かったことがいくつかある。


 寺宝が受け取られたとき、俺を認識したと思われる禿頭の男は、手で印を作って何やら真言を唱え仏像の認識疎外のまじないを外していた。その場にいた研究者が仏像を認識できるのを、禿頭の男と確認し合っていたので、間違いなさそうだ。


 場を固定し、研究者と禿頭の男の免許証を権能で複製したのだが、禿頭の方は免許証写真の視線がぐりっと動き、俺を見て得意げに笑った。こう伝えるとホラーのようだが、相手に邪気が感じられないためか恐怖を感じるようなことは無かった。どちらかといえば驚きの方が強かったよ。


 直後にその免許証は虚空で燃えて消えていったのだが、名前だけは確認できた。


 禿頭の男の名は読み名が分からないが、“煤山観解”という名だった。まあ、名字は煤山すすやまと読むのだろうけど、名前がそのまま読んでいいものだろうか。


 世の中には様々な呪術があるだろう。考えにくいことだが、俺が調べる行為で禿頭の男に情報が流れた可能性は否定できなかった。あるいは奴は、先日の明王による攻撃に関わっているのだろうか。


 その他に分かったこととしては、芸術大学では修復などは行われず、採寸を重ねデジタルデータとして記録していったことだった。一度外部に運ばれたが、放射線を使って木像の状態を調べたようだった。


 デジタルデータはメールでどこかに送られて行ったようだった。だがフリーメールのランダム生成らしきアカウントだったため、ふつうは個人を特定できるようなことはないだろう。事業者と協力すれば警察などなら捜査できるかもしれないと思い、メモ用紙を生成して手元に控えた。


 そして、早回しの追跡によって二か月ほど経過したタイミングで、仏像は法具と共に芸術大学から運ばれていった。研究者から寺宝の記憶が消されているかは、俺の調査では確認できなかった。


 寺宝は、警備会社と契約がある都内の貸し倉庫で厳重に保管されていることは、最終的に確認できた。


「だがなあ、徹底的に採寸されたうえに、デジタルデータで経の記載内容やらがコピーされちゃったからな……」


 現実の自室に戻った俺は、思わずため息をした。結局のところ、特殊なリセットボタンの経典は専門家の手でデジタル万引きされたようなものだ。


「仏像や法具は彫刻家やら仏師が再現するどころか、下手すれば木工の作業ロボットなり3Dプリンターで複製できるだろ。経典もデジタルデータがあれば、職人が複製できるだろうな。どうするんだよ、リセットボタン経典……」


 俺は生命の樹の中でメモしたメールアドレスや、関係者の情報を脳内でイメージとして再現しながら、現実の紙のノートに書きなぐった。あの禿頭の男の名も報告しなければな。


 いずれにせよ俺が今すべきことは、照汰経由で本来の持ち主に寺宝の所在を報告することだろう。


 それは終わりなのか、あるいは始まりだろうか。




 彼女は作戦を練っていた。手持ちの情報をすべて開示して、協力を仰ぐ方がいいと個人的には思う。だが、夢枕に立った巨大な白狐が、対象の者から問われない限りは他の者に秘せと告げていた。


「うふふ、あのもふもふは堪らんかったわ。また出てきはったらええのに」


 撫でていいかを夢の中で問うたら、好きなだけ撫でて良いと言われたので白狐の背を撫でまくったのだ。


 夢から覚めても記憶に残るその感触にうっとりしつつ、白狐から告げられたことを思い出す。


「こないだ会ったお兄さんが店長したはる店で働いて、その人や店員と縁を作れ言ったはったな」


 貴様ならあ奴を助けられるしその力もある。そのことで、優しき東男あずまおとこと善き仲になる。そんなことも言っていたはずだった。


 いま彼女は月に一度程度、親戚の手伝いで巫女をしている。それでも親の仕事の都合で引っ越してきたこともある。知見を広めるといえば、新たなバイトを始めるのに親から大きく抵抗されることは無いだろう。


「東男言わはってもな、ピンとこんわ正直」


 その口から語られる内容よりは、彼女の表情には期待が込められているようだった。

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