15.気づけばすでに手遅れな集団

 俺は久喜さんの声に促されて、自らのグラスのワインを眺めていた。


 その日、俺の退院祝いの食事会を行うということで、緊急設備点検を名目にして店を早く閉めた。会場のチョイスが元料理人の久喜さんということで、二十名ほどのスタッフたちは全員が行きたがった。退院祝いは名目で、飲み会食事会をやりたいだけなのは分かってはいるのだが。


 けっきょく急な話だったため、時間の都合がついたのは半分の十名ほどだった。いつもの面々は含まれていたが。


 食事会は結局、久喜さんの顔なじみのイタリアンの店になった。参加者がそろったところで、幹事の久喜さんが口を開いた。無難に、普段の俺の働きへの労いと、退院への祝意を簡潔に述べてくれた。そして俺が皆に挨拶する段になった。


「今日はこのような会を開いていただきありがとうございました。先ずは皆さんへの謝罪と、それに倍する感謝を告げたいと思います――」


 あまり長くしても不評になるのは分かっている、というか言葉を並べるごとに微妙に杉山あたりから殺気に似た何かが送られてきている。今日はバイキング形式で、すでにラザニアとかパスタなんかが何種類も用意されているからだろう。


「――そんな訳で、皆さんもお身体にはお気を付けください」


 ローキックよりもヤバいものを食らいたくない俺は、とっとと話を終えて一礼した。


「それじゃあみんな、座ったままでいいからグラスを掲げてくれ。店長の退院祝いと、みんなのこれからの健康を願って――カンパイ!」


 間を置かず流れるように、有無を言わさず杉山が音頭を取った。ここからはもう、ひたすら腹に詰め込むつもりなんだろう。タッパーとか隠し持ってる奴が居ないことを、俺は密かに願っていた。




 うちの店のスタッフは、オカルトが好きだ。


 自分ではオカルト分野のものを実践していなかったとしても、今日いない者も含めて、かなりの勢いでオカルト話に喰いついてくる聞き専の連中が揃っている。


 別にスタッフの採用条件に掲げたことは一度も無いのだが、類は友を呼ぶのか、気づけばすでに手遅れな集団となっていた。解せん。


 その連中がくじ引きで今日の席を決めた結果、俺の隣の席には高校生の志藤清麻しどうせいまが座った。杉山と同じ空手道場に通い、そのつながりでうちの店で働いている。


 空手ということで体育会系を予感させる清麻だが、ゾンビ系テレビゲームから始まってホラームービーにハマり、最後はソロモンなんかの悪魔ネタに転んで今に至る男子高校生だ。厨二ネタなんかは彼の生きる糧であるようだ。


 ホカホカに温かい、ベーコンとチーズクリームのフィットチーネの山盛りが視界に入る。清麻は取り分けて戻ったあと、その山盛りに粗挽きコショウをたっぷりまぶしながら口を開いた。


「辻先輩から聞いたんスけど、店長が意識を失ってる間にヤバい夢を見たって、マジすか?」


「ヤバいといえばそうなんだが、カンタンに言えば夢の中で神様たちに会ったんだ」


「……確かにヤバそうっスね。宗教の勧誘とかなら自分マジ勘弁スけど、店長のばあいすげえ捻りが効いてそうなんだよな」


 それはある意味期待されてるというべきか、信頼されているというべきか。




 店で意識を失って、白い空間で気が付いたところから順に俺は説明した。


 五体の神格に会ったこと。俺が倒れたのは、密教の大威徳明王の攻撃を食らったこと。その対抗策はあるので、今後は問題が無いこと。困ったときは頼りにするよう言われたこと。その辺りについて、かいつまんで話をしておいた。


 集団祈祷だったことや、店で倒れるときに現実の感覚の中で明王の剣に刺された話、ハスターが神格の中に居たことなどは、話がややこしくなりそうだと判断した。そのため説明からは省いた。いあいあ。


 神格の中に弁天が居たことは、真っ先に子安さんが反応した。


「それは貴重な経験をしたのねー。弁天さまと直接お話できるなんて、修験者しゅげんじゃや巫女でもなかなか無いと思うわよー」


「そういう意味ではそうですね。あと弁天さまですけど、なんかこう渋谷辺りを歩いてそうなカジュアルな品のいい格好をしてましたよ?」


「それは興味深いわねー。都内を歩いているときに、気づかずすれ違ったりしてるのかしらー」


「日本は八百万やおよろずの神々がいますから、案外身の回りに普通に居るのかもしれませんね。――それで、その場には西王母せいおうぼという神格が居たんですが、西王母って仙道に縁が深い神さまなんですよね」


 そう告げて少し離れた席に座っている浅菜に視線を向けると、こちらを向いて固まっていた。


「浅菜は仙術を習ってただろ。何かしら手を打ってくれたんじゃないかと思ったんだ」


「う……うん」


「ありがとうな。助かったよ、ほんとに」


「そうなんだ……僕が力になれたなら、良かったよ」


 固まった表情で時間をかけて答えた浅菜は、自分の皿のラザニアを口に押し込んだ。


 その様子を見て、周囲の連中は生暖かい視線を送っていた。中には鼻息を荒くしてるおばちゃんたちも居る気がするな。――同時に、脳裏でおばちゃんという単語が浮かんだ瞬間、微妙に周囲から殺気を感じた気がする。




 俺の話もそこそこに、食事会は進む。それぞれに料理を楽しんでいるようだし、グループになって話し込んでいる連中もいるようだ。


「恋バナは女の子たちの永遠の好物よー。スイーツなみに何杯でも行けるわー!」


 子安さんのそんな声が聞こえる。杉山がいつの間にか絡まれているようだ。スイーツの単位って“杯”だったのか、と突っ込んだらまたつねられる気がするな。


「そうよ! それで鼓典こでんさんとは旨く行ってるの?」


 やや鼻息荒く子安さん以外のおば――ゲフフン、マダムたちから正面突破で問われているようだ。鼓典桐人こでんきりひとはカフェチェーンの物流担当で、時々俺の店に来る。杉山は社員だから、鼓典くんとは接する機会が多い。


「ん? 桐人とは別にそんなんじゃ無いけどな。前にも言ったかもだが、あいつもバイク乗るし良くツーリングには行ってるよ」


「なにかこう、もう一押しあったらいいのに!」


「一押しねえ、あいつと居るのは割と気楽だし、居合を習ってるマッスル野郎ってのもオレ的には高評価ではあるんだけどな」


 杉山は幼いころに父親の蔵書で読んだ、世紀末の覇者が激しく指圧しまくる漫画に多大な影響を受けたらしい。本人の推しはマッスルな生涯に一片の悔いもないお兄さんで、学生時代のスマホの着信音にその作品のアニメの主題歌を設定してあったそうだ。どんな女子高生時代だったんだよまったく。


「桐人はさあ、良くも悪くも几帳面なんだよ。ツーリング行ってもとにかくスケジュール通りに動こうとするのさ。そういうとこがオレ的にはちょっとな」


「でも、気楽に過ごせる相手は貴重よー」


「ええ、もうそれなら事実婚なんかでもいいとおもうわよ」


「結構それでうまく行ってる人たち知ってるわよ、私の親戚で――」


 駄目だ、あの周辺はもう魔境だ。事実婚という単語に反応したのか、赤井がそちらに興味深そうな視線を送り始めたが、俺には健闘を祈ることしかできなかった。




 清麻は恐る恐るといった様子で杉山たちの方を観察していたが、こちらに飛び火することは無いと判断したのか、ボロネーゼソースのペンネを食べ始めた。俺ももう少し食べるか。


「ところで店長、自分の春、いつ頃来るんスかね」


 何の話だよ、と思いつつ清麻を見る。まあ、毎度の出会いが無い云々だろうけれど。


「高校生ならうちにも何人かいるじゃないか」


「アイツら怖いんスよ。自分もっと女の子らしい人と仲良くなりたいんス。しかも何かあると杉山さんから指導入るし」


「アイツってどいつよ、文句があるなら本人に話すべきよ。そういうところが志藤くんはダメだと思うけど」


「ええ? 文句とか言っても、相手の言い分を聞いてたらいろいろ考えちまうしな」


「優柔不断をやさしさとか考えてるんじゃないの。偏差値だけはムダに高いくせにそういうのはホントダメね」


「さりげなく嫌味か? 偏差値云々はうちの学校のトップ集団だろ。どうせおれは成績はそんな良くないしな。ああ、ぎゃふん……」


 清麻の近くの席に座った女子高生のスタッフの月潟つきがたからいきなり突っ込まれてるな。彼女たちの話では当人たちは学校では大人しいらしいのだが、清麻への当たりの強さはその反動なんじゃないのかとも思う。いまは口調は強めだが、怒気のようなものは感じられないから大丈夫だろう。何だかんだで


 彼らのやり取りを本人たちに任せ、高校生か、と思う。先日の稲荷神社で会った少女を思い出したのだ。関西弁を喋っていたが、彼女は神社の関係者だろうか。今のところ、少女に再会することも無いだろうとその時は思っていた。


 その後、女性陣による追い込みがスイーツが出てきたタイミングで見られ、男性陣は色々と感心しつつ――感心すると表現するしかない気持ちになりつつ、それを眺めたりした。そして、食事会は好評のなかでお開きとなった。




 その男は、ロンドン市内を歩いていた。背が高い白人で、黒髪をした中年だ。馴染みのゲームショップを出て、ソーホーの街並みを歩く。そういえばそろそろ昼食の時間帯かと思い、足に任せてイタリアンの料理店に向かったのだ。なぜかニョッキが食べたくなっていた。


 入店してシーフードクリームのニョッキを注文し、スマートフォン画面を開く。メールを確認するが、特に変わったものは無いようだ。


 自身のバッグから、先ほど購入したばかりの日本製ゲームを取り出し、そのパッケージを確認する。合衆国で翻訳されたものを買ったが、描かれているキャラクターは日本のそれと同じものだ。


 あまりに可愛らしい画は、歳を考えろと家族から言われる原因でもあった。男は嘆息してカバンに仕舞った。トーキョーならゲーマーやオタクはそれほど騒がれないだろうにと思う


 店内を動き回るスタッフの中にアジア系の若者が目に留まる。そういえば、自身の不肖の弟子は、息災だろうかと思う。弟子は日本で故郷を離れ、トーキョーでカフェを開いたはずだ。彼とはしばらく連絡を取っていない。それでも、弟子の父とは友人なので、時折メールのやりとりがある。


「そうですネ。たまには連絡を取ってみるのも悪くないでしょウ」


 男は日本語、、、でそう告げた。


 半ば勘働きのようなものではあるが、友人や弟子などと連絡をとることは、善いことであるように男には感じられた。過去にはそれで幾度か自身や部隊の命を拾ったこともあり、男は自らの勘には自信があった。

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