33.小さな違和感を大勢の目で追って
中野駅近くのカラオケボックスで、俺と照汰と巻倉の三人は打合せをしていた。先のリセットボタン経典の件で、情報共有したいと巻倉に集められたのだ。
問題の経典は巻倉の組織、文総研が専門家たちの協力を得ることで解読に成功。呪術的には実際に世の中をリセットする効果があるとのこと。
経典の効果については、本来は元号が変わるときの祈祷だそうだ。従い、それ程邪まな結果にならないと想定されたが、別の問題が発覚したという。
祈祷の中に
「……何というか、遷化って坊さんが死ぬことの言い換えだろ? 冷たい言い方をすれば、最悪でも
「うちでもそういう声はありました。ですが解読に参加した宗教学者が、儀式の構造で懸念があると指摘したんです。儀式の実施者だけじゃなくて、リセットに浮かれた者たちが暴走して死に至る可能性があるとか」
「よう分からんのやけど、その儀式って一般人の参加者がいてるん?」
「そこが分析中でね。日本史の中でなら改元の喜びのもとに祭を行い、その変化に喜びを込めたというところまでは分析できている」
「今回、何らかの形で一般人を巻き込もうというのか……」
それこそカルト集団の儀式の暴走じゃねえか。俺は思わず嘆息した。
その後、経典の核心部分について巻倉から説明を受けた。通常の祈祷に加えて、三嶋大明神、すなわち
「解読の完了後にそのまま対策会議に突入したんだが、呪術的には大山津見神に泣き付く作戦が検討されてる」
「神さまに泣き付くってどういう意味なん?」
「ここでクイズです、大山津見神の娘の神さまってどの神さまでしょうか。ちっちっちっぶー。はい時間切れです」
「ああ、マッキーがこわれたわ」
「正解は富士山がご神体の神さま、
「なるほど、宗教学者に協力してもらったって言ってたけど、その助言だな。儀式で登場する神さまに対し、その娘の神様から横やりを入れて貰おうって話か」
「そういう事だと思います」
「それなら、何とか阿那律院の非主流派を抑える算段は付きそうということなんだな」
カラオケボックスのモニターでは、ヒット曲のデモが流れている。いまはガールズバンドの曲が流れていたが、あいにくとこの部屋に居るのは将来のおっさん予備軍だよななどと俺の脳裏によぎった。
抑える算段云々の話になり、巻倉は表情を曇らせる。何か懸念があるのだろう。そういえば、情報共有はしてくれているが、俺や照汰なりへの依頼のようなものは語られていなかったことを思い出す。
「それで、呪術的な部分では対策が見えてきたのですが、そもそもの非主流派たちの現在の場所について情報を集めているんです」
「確かに警察の捜査だと、まだ時間がかかりそうだよな」
「そうです。そこで、うちの部署はいま抱えてる仕事を全部とめて、使えるコネを総動員して非主流派を探ることにしました。そこで二人にお願いがあります」
「なんやろか」
「まあ、依頼だよな」
「はい。どんな小さな情報でも構いません。阿那律院の非主流派の現在の活動に関わる情報を集めて貰えないでしょうか?」
俺たちの言葉に頷いて、巻倉は告げた。ただ、第一回焼き鳥会議を行ったときのような悲壮感は、今回見られない。
自身の所属組織が丸ごと注力していることに加え、今回のお願いは『みつかればいいな』くらいのお願いである。その分、気は楽なのだろう。
「使い走り、という風には動かないけど、もし何か俺の伝手で知ることがあったなら直ぐ連絡するよ」
「ぼくもそれでええんやったら手伝うで」
「ありがとうございます。それで充分です。今回はとにかく手が足りないので、小さな違和感を大勢の目で追っていくべきということになったんです」
その言葉に俺と照汰は頷いた。
その後俺たちは、第三回焼き鳥会議に突入するか、第一回餃子会議に突入するかで割れたが、最終的には餃子を食べることに落ちつき、カラオケボックスを後にした。
駅の自動改札を抜ければ道を挟んで反対側に、時間帯で歩行者天国となった竹下通りがあった。この“カワイイ”の聖地は日本中に、いや国を超えて信者を持つが、休日の昼頃ということもあり人波でごった返している。
「ごめんな、渋谷方向に行く時は寄ることにしてる美術館があるんだ。結構面白い展示をやっててな」
「別にええって。私、竹下通り初めてやし。通ってくんやろ?」
「ああ、折角だしな。美術館からは最寄りの地下鉄駅から渋谷駅に出るから、一回しか通らないけど。でも、竹下通りで寄り道したい店とかあったら言ってくれ」
「そうするわ」
山崎はそう答えて竹下通りに向かおうとするが、志藤は待ったをかける。
「ちょっと待ってくれ。この人混みだと、一瞬足を止めてる隙に
「別に嫌やあらへんで。ほな行こかー!」
そして志藤と山崎は人混みでごった返した竹下通りに突入した。
今回の渋谷行きは、志藤は期せずして実現した。バイト先の守谷のカフェで、奥様方に突然のシフト交代を頼まれることがここ数日重なった。結果として今日、予期しない休みを得ていた。聞けば山崎の方も似たようなことが起こったという。
どこから渋谷行きがバレたのか、志藤は杉山から事務室でクギをさされた。曰く、人混みでは躊躇なく山崎の手を握ってやれということだった。さらにいえば、山崎を迷子にでもしたら、す巻きにして多摩川に流すと脅されてしまっていたのだが。
まだ都内に明るくない山崎を迷子にするのは確かに問題があると思えた。従い志藤は杉山に快諾したが、その瞬間、壁の向こうで誰かが“にちゃあ”と笑った気がして寒気を覚えた。
その後はふつうに二人で竹下通りを散策した。山崎がクレープで腹ごしらえするのに付き合ったり、かわいい系ファッションの店に寄ったり、ヴィジュアル系ファッションの店に何となく二人で引き寄せられたりした。
挙句は女性下着の店に山崎が突入するのを志藤が拝み倒して同行を見逃してもらい、近くのスポーツ用品メーカーの店で待ち合わせたりした。
その後ふたりは目的の美術館を拝観したあと、予定通り地下鉄で渋谷駅まで移動した。
「おおハチ公や、撫でていいんかなこれ?」
「好きにすればいいんじゃね? 何だかんだで外だから手にホコリが付くかもしれないけど――もしかしたら誰かが掃除してるかもだけどな」
その後スマホで二人でハチ公と記念撮影をして、目の前のスクランブル交差点を望む。
「それで、渋谷のスクランブル交差点まで来たけど、感想は?」
「うん、まあ、交差点やね。テレビの情報番組とかでもふつうに見かけるし、そこまで特別とも思わへんけど。ただ……」
山崎は志藤の顔を伺ってから、スクランブル交差点の方を見る。
モニターの向こう、あるいは動画などの一部でしか見たことが無かった交差点に、自分が仲間と呼べる者と並んで立っていることに、山崎は充足に似た感情を覚えた。そして、自分はいま確かに東京で暮らしているのだと、今さらながらに思った。
「どうした?」
「ううん、何でもあらへん」
「そうか。そろそろ渡るけど、手を繋ぐぞ。人波で混んでる上に渡った先に、マナー無視の変なスカウトとか居るときあるから」
「うん、ありがとう」
その後、センター街を少し歩いた後、ショッピング施設を冷やかした。道すがら山崎がバイト先で助言をもらったと言った。
「しどくんが『
「……誰だそれ言ってたの。――いや、やっぱいい、だいたい想像できる」
「何か意味があるん?」
「ラブホテル街があるんだよ。色んな意味でやる気がある人たち以外は近寄らないほうがいいな」
「そうなんや、なるほどな。まあ、しどくんとはそういう意味では付き合うてへんし、そういう事になるんやったら考えよう」
「悪いな、しょうもないたわ言に、大人な対応をさせちまって。それよりさ、一息入れるんだったら普通のカフェとかじゃなくて、猫カフェとか行ってみないか?」
猫カフェという単語を聞いた瞬間、山崎は鬼気迫る気配を漂わせながら志藤に仁王立ちで向かい合い、志藤を見上げる形で両肩に手を置いた。
「そんなん行くに決まっとるやん! なあしどくん、何で今のいままで猫カフェ黙っとったん?!」
「お、おう……、そこまで喰いつくとは思ってなかったからだよ。まあ、悪かった」
「それやったらええよ。そんで、……どっちなん? すぐ猫カフェ行こ?!」
志藤が記憶にある店の方角を指すと、山崎は志藤の手をむんずと掴み、ぐいぐいと引っ張っていった。
そうして二人は猫カフェに無事たどり着き、猫たちをいじり始めた。
長毛種のネコに絡まれて、優しく撫でている山崎の表情はうっとりした様子だった。
それを見ながら志藤は、べつに渋谷じゃなくても良かったんじゃないかと、少しだけ考えていた。
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