5.真なる意味での勝利を得る

 今回俺は生命の樹の球体をつなげるパイプ部分、魔術関係者は小径パスと呼んだりするのだが、そこを使う。


 自身の経験上、他人に働きかける魔術を使う場合は、パイプ部分で行うほうが効きやすいのだ。これはあくまでも俺と世界との関わり方の話だが。


 雌型めがたとして生命の樹に固定された球体部分よりは、固定するのに使われたルール部分の方が他人に働きかけやすいと俺は理解している。


 この辺りは流派や見識によって変わることは考えられるだろうが、大切なのは俺が技術を道具として使えるか否かという話だったりする。


 お座りする猫スフィンクスたちの前でローブを被り直し、腕を組む。ここからの手順を意識の中で整理する。


 場を整え、対象を喚起エヴォークし、状況を知らしめ、身に知らしめる。


 身と言ってもこの空間では連中の物理的身体では無くて、あくまでも星幽体アストラルボディの話となるが。


 順番に行こう。




 気が付くと山城は、自分が地に横たわっていることを認識する。手足は揃えられて金属製の拘束具に囚われており、横たわる地面は荒れ地のようだ。空は暗く、厚い雲に覆われている。頬を撫でる風が、不穏な気配を自らにもたらしていた。


「何だここは、儂は……」


 慌てて直前の記憶をたどるが、自宅の布団で寝入ろうとした所までしか覚えがない。そもそも今居るような場所は記憶が無く、日本の国内で該当するような場所は無いだろうと考える。


 拘束された身で周囲を見ると、他にも自身と同じように地に転がされている者が少し離れて認められた。自身も含めて同じように囚われ、手の拘束具から鎖が伸び、それぞれ馬につながれていた。


「ううっ!」


 思わず呻いたのは、その馬がどれも単眼で、馬と呼ぶには酷く冒涜的な気配をまき散らしていたからだ。


「せ、先生!」


 よく知った声に呼ばれ、山城が視線を向けると、同じように転がされた自身の秘書の姿があった。着ているものは、普段のスーツだ。そこまで認識し、自身もまたスーツ姿である事に気づく。


 何とか上半身を起こし辺りを確認すれば、見知った顔が揃っていた。


「拉致、されたのか? ……しかし、どうやって? そもそもここは?」


 意識に浮かぶ言葉を絞り出すが、自らの中に答えは無い。だが、自身を含めたこの集団は、先の談合事件に関わった者たちだということは何とか理解した。


「突然の呼び立てで失礼した。ここはどこでもあり、どこでも無い場所だ」


 そう語られる声が、自身の拘束具から生えた鎖が伸びる、冒涜的な馬の背の上から聞こえる。視線を向けると、黒い装束をまとった者が馬の背に立っていた。その声はボイスチェンジャーを通したかのような、低い不穏当なものだった。


 そいつは深くフードを被り、その表情を伺うことはできない。


「皆さんを呼び立てた理由は、自らの罪に向き合うきっかけをその身に刻むためだ」


「ちょっと待ってくれ、ここはどこなんだ。そもそもどうやってこんな人数を誘拐したんだ!」


「警察沙汰だぞ貴様! 何を考えてるんだ!」


 そいつへ向ける声の中には塩見のものも含まれている。彼を含め身をよじって立ち上がろうとする者も居たが、うまく動けないようだった。


「何だ? 下半身が動かせない? ……いや、地面の感触はある」


 そいつから意識を外し、山城は身体の状態を確認しようとするが、正常な状態では無いと理解する。


「ここに集めたのは、K県のシステム導入に関する、談合の関係者だ。皆さんはこれから体感で長い時間、この荒野を馬に引かれてもらう」


 周囲の悲鳴にも似た罵声の中で、そいつは淡々と告げる。奇妙なのはその声が決して大きなものでは無いのに、しっかりと内容を認識できることだった。


「馬は全力で疾走するが、これは皆さんの意識が保てなくなるまで続く。その間の痛覚は保たれるが、狂うことも死ぬことも無いのは保証しよう」


 ふざけるな、と最後に誰が叫んだのかは分からないが、撤回される余地が無いことは全員が理解したのだろう。口を開くものは居なくなった。


「なあ君――」


 周囲の沈黙の中、山城は震える声でそいつに問う。


「何だろうか?」


「ここは、地獄だろうか?」


「残念ながら違う。地獄も天国も、結局は人間が創り出すものだ」


「……儂らは、罰を受けるのかね?」


「皆さんがここで受けるのは報いだ。その上で自らのしたことに向き合い、考えてほしい」


 そいつの言葉を受け、山城は空を仰ぐ。


 そしてそいつは周囲を見渡してから、さらに告げた。


「ここで起こることは、皆さんが何をしていても、毎日一度おなじように起こる。そしてそれを忘れることは無い。皆さんが自らの行為にしっかりと向き合うまで、これは続く」


 泣いている者も居るだろうか、すでに大きく呻き声を上げている者が居るようだった。


「俺が皆さんに会うことは二度と無いと考えている。いまは空疎に感じるかもしれないが、皆さんが今回のことを踏まえ、真なる意味での勝利を得ることを期待している」


 そいつは一方的に告げて、馬の背から突如としてその身を虚空に消した。


 そして程なく、冒涜的な馬たちは終わらない地平線めがけ、土煙をあげて走り始めた。




 数日経って、ネット媒体を中心に大きなニュースがあった。複数の動画サイトやSNSに、K県のシステム導入談合事件について、連名で投稿があった。どれも証拠付きの自供動画が付されており、瞬く間に拡散されて大きな騒ぎとなった。


 登場する者たちは一様に衰弱した表情をしていたが、その眼だけは確たる意志の働きが認められた。曰く、談合を主導したのは我々であるとのこと。


 動画が上げられたほぼ同時刻に、代表ということでK県警察本部に現職の県議が証拠付きで出頭し、逮捕される運びとなった。県議本人は出頭前に、議員を辞職する手続きに入っていたそうだ。


 一連の流れについて様々な憶測や分析が流れた。


 談合の背後で、割を食ったシステムインテグレーターと紐づいている国会議員などから睨まれたとか、入札に失敗した法人が反社会的勢力を動かして今回の流れとなったなど、幾つものネタが語られた。


 それでも当事者を語る声に共通したのは、本人たちが真摯に犯行を反省しているという評価だ。専門家の話として、起訴されたうえで執行猶予付きの判決が付くだろうと語られた。




 客が途絶えたタイミングで俺は、厨房でスマホを取り出し、件の談合自首騒動の報道を眺めていた。


「意外と早かったのかね」


「何が早かったんだい?」


 画面から視線を移すと、浅菜が厨房に来ていた。彼女も手が空いているのだろう。


「仕事中にスマホを弄るのは、感心しないかな」


「ああ、すまない」


「気になるコンテンツでも見つけたのかい?」


「まあ、そんな所かな」


 爽やかな笑顔を向ける浅菜に、先の件で特に話すことも無い。それでも表情を読まれたのか、彼女は俺の何かを察したようだ。


「この前の副業と関係する情報かも知れないね」


「さて、どうだろうか」


「ふうん、否定はしないんだね」


 自身の副業に関しては、否定も肯定もしない。副業の客が来た時に取り次ぐように頼んでいるという面では、皆を巻き込んでしまっているのだが。


 そもそも語られるべきでは無いと考えるから、かまを掛けるように問われても、会話のキャッチボールは成立しない。


 やがて諦めたのか、浅菜は話題を変えることにしたようだ。彼女は、そういえば、と口を開く。


「話は変わるけれど、前に聞いたことがあったかも知れないんだけどさ」


「うん?」


「うちの店って社内恋愛は特に禁止してないよね?」


 反射的に、地雷原が足を生やしてひたひたと迫ってきたような気がした。どんな妖怪だそれは。


「別に店内で仕事中にいちゃいちゃしたり、客や他のスタッフに迷惑が掛からないなら、俺は問題無いと考えているよ」


「そうだったよね? 良かったよ」


 花が綻ぶような笑みを前に、俺はこの話題を続けるべきか一瞬悩む。だが一応店長として、それなりに把握しておいた方がいいのだろうと判断する。


「ちなみにそれって、誰の話?」


 俺の問いに、浅菜は首を傾げた。

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