ホームルーム(前半)妹VSお兄ちゃんs'④

「ええっ!? お兄ちゃんたち、一年間だけの臨時の先生じゃないの!?」


 引っ越し用のダンボールに持っていく荷物を詰めていた私は、驚きの声を上げる。

 あまりの衝撃で、持っていたお気に入りの猫柄マグカップを落としそうになったくらいだ。

 というか、この引っ越し作業を行っている経緯ですらもビックリさせられているのだが――――




 大旦那様との話し合いの後、私を抱き上げたまま書斎を後にしたお兄ちゃんたち。

 今は夕お兄ちゃんのガッシリとした腕の中で、いわゆる“お姫様だっこ”の状態になっている。

 両手は首回りにかかっているため、私も抱きつくような形になっており、さすがに恥ずかしくなってきたのだが、夕お兄ちゃんはまったく私を降ろそうとする気配は無し。

 というか、他のお兄ちゃんたちも一緒にぞろぞろと、何故かお屋敷の玄関方向へと歩いていた。

 

「ゆ、夕お兄ちゃん、どこ行くの? 私たちの部屋はあっちなんだけど……。っていうか、この体勢は恥ずかしいし、そろそろ降ろして欲しいな。重いでしょ?」

「何を言っている。まったく問題ない。というより、軽すぎだ。もっと食事の量を増やした方がいいんじゃないか?」

「こ〜らっ! 女の子は身体に関してはデリケートなんだから、そういうこと言っちゃダメだろ。ホント、夕はデリカシーが無いね」

「なっ!? そ、そんなつもりでは――」


 明お兄ちゃんが夕お兄ちゃんの背中を軽く小突き嗜めると、他のお兄ちゃんたちも我も我もと言葉を被せてくる。


「ほーんと、相変わらずガサツだなよな〜。『光は天使の羽が生えているかのように、ふわりとしているから大丈夫だよ』くらいなことも言えばいいのに」

「そっそー。そーんなデリカシー無さ過ぎ男の腕の中じゃなくて、オレのところへおいでよ♡」

「あっ! ずりーぞ! オレも光抱っこしたい!」

「これこれ。落ち着いてくださいよ。腕を無理やり引っ張ったら光が痛がりますよ?」

「そうだよ、大事に扱わないと。光の身体は飴細工のようにとても繊細で、それでいてどこもかしこも美しく……甘いんだから」

「ホント、食べちゃいたいくらい。まるごとペロリと」

「そこまでの表現が限度だな。まあ、とにかく行き先は『俺たちの家』だから、心配するな」


 怜お兄ちゃんはそう言うと、お屋敷の外で待たせていたと思われるジャンボタクシーに手を上げ、全員で乗り込んだのだった。



 二台のジャンボタクシーにそれぞれ分かれて乗り込み、発進すること約十分。

 いったいどこへ行くのかと思っていたら、連れてこられたのは篠花学園近くの閑静な住宅街。

 目の前には、見たこともないモダンスタイルな四層作りの大きな建物が立っている。ワンルームマンションだろうか。

 外壁はシックな色合いで統一され、開放感のある大きな窓や広めのバルコニーがあり、下層階には自家用車が数台停められる駐車場が設置されている。

 はたして。一体ここは、どこなのか?

 戸惑う私を尻目に、お兄ちゃんたちはスタスタと入口まで歩いて行ってしまった。


「ちょ、ちょっと待ってよ。お兄ちゃんたち、本当にどこ行くの? ここって……」

「あっ、ここ? ここは、オレたちの新しい住処」

「そっそー。オレと光ちゃんの、愛を奏でる場所だよ♡」

と光のな。これからはあの屋敷ではなく、皆でここに住むんだ」

 差も当然のようにサラリと言う、初耳な台詞。


「え……? えええっーーーー!? 私、何も聞いてないんだけど!?」

「うん。言ってないからね。光りんを驚かせたくて、お兄ちゃん頑張っちゃった!」

「ここは、学園で使わなくなった高等部の学生寮を買い取ってリノベーションしたんですよ。デザインは紫に担当してもらったんです」

「僕は少しアイディアを出しただけだよ。さすがにリノベーションデザインの専門家じゃないからね。でも、細かい内装までこだわったから、光に気に入ってもらえるといいけど。あっ、和風テイストの部分は霧の発案だったよね」

「うん。和モダンも入れた方が落ち着くかなと思って。フローリングの素材に木目調のものを入れたし、和室に掘りごたつも作ってもらったんだ」

「共有スペースも、もちろん充実! トレーニングジムやライブラリースペースも入れたし、あと、ガーデンスペースも作ったんだよ。光、キッチンガーニングやってみたいでしょ? あっ、これはオレのアイディアね!」

「もちろん、防犯対策に関しても徹底しているぞ。うちの警備会社監修だからな。まあ、俺たちからの進級祝いだと思ってくれ」


 へ、へぇー。進級祝いねぇ……。


 って、思えるわけないでしょ!?

 重すぎるでしょ!?

 中学生相手に、こんな『進級祝い』あるわけないでしょ!?


 ……油断してた。完全に、油断していた。


 溺愛兄s'は、昔から自分で稼いだお金は自分のために使うよりも、私に貢ぎたがる。物凄く。

 篠花学園に赴任する前は、世間一般からみればかなりの高収入を得る職についていたのだが、使う暇もないほど忙しかったらしく、自分のために何かを買うことはあまりなかったらしい。

 というか、自分で買うよりも、“ご贔屓さん”たちから貰う方が多かったんだって。

 でも、私という妹が出来てからは、『貢がれる』側だったお兄ちゃんたちが正反対の『貢ぐ』側になってしまい、推し活、いわゆる課金フィーバーが止まらない状態になってしまっている。

 なので、私の誕生日プレゼントなど毎回一度に使う額が想像を遥かに超えているため、頭を抱えることが多かったのだが、まさか『マイホーム』に使うなんて……誰が予想できようか。

 どおりで、三月に入ってから聞こえてくるお兄ちゃんたちの話し声に、『出勤時間が短くなってラッキー』だの、『平日でも朝のギリギリまで光と一緒に過ごせる』だの、理由の分からない台詞が混ざっていたわけだ。


 ということは、あの大旦那様との一件がなくても、お兄ちゃんたちは私とこの家に移り住む予定になっていたことになる。

 本当にいったい、あの激務の中でどうやって準備をしたのだろうか。


 頭が混乱している私をそよに、溺愛兄s'は“褒めて! 褒めて!”と言わんばかりに部屋の隅々を案内し、満足げな表情を浮かべていたのだった。


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