ホームルーム(後半)妹VSお兄ちゃんs'②

 怜お兄ちゃんから初めて聞く結構な爆弾発言に戸惑っていると、浴衣の袖を軽く引っ張るように合図が送られる。薫お兄ちゃんだ。


「ねえ、ねえ、光ちゃん。オレ、あの屋台も気になるんだけど」

 薫お兄ちゃんは、私たち兄妹と比べてダントツで海外生活が長かった。

 なので、日本文化に直に触れる機会も少なく、こういった場所に来ると目を輝かせて私を案内役に指名して来ることが多いのだ。


「薫お兄ちゃん。もう少しで花火始まるから、後にしない?」

「えー? せっかく光ちゃんと一緒なんだし、思い出いっぱい作りたいんだけどなー。ねーねー、ちょっとだけ、いいでしょ?」


 笑顔でウインクしながら、甘えたモードになる薫お兄ちゃんに、私の気持ちはグラグラ揺れる。

 こんな甘えっぷり、見たことある?



「あっ! ずっりーぞっ! 光はオレと見るんだからなっ!」

 大きな声がしたかと思うと、勢いよく私と薫お兄ちゃんの間に体が割り込んでくる。葵お兄ちゃんだ。

 ほっぺを膨らましながら無理やり体を間に入れてくる、葵お兄ちゃん。

 いつもは無表情のまま、淡々とパソコンのキーボードを打ち込んでいる葵お兄ちゃんも、私といる時はくるりと表情を変え、我がままモードになることが多い。


「な、光っ! オレと一緒の方がいいよなっ!」


 薫お兄ちゃんはそう言って私を強引に引き連れようとするが、すぐさま後ろからガッシリとした腕に抱きしめられる。明お兄ちゃんだ。



「ここに、いて」



 笑顔の中に泣きそうな瞳を浮かべ、さらに強く抱きしめられる。

 明お兄ちゃんはいつも朗らかな笑顔を絶やさないのに、ふとした瞬間に、悲しげな笑みを浮かべることがある。

 それを見ると、私は明お兄ちゃんから離れられなくなる。


 ど、どうしよう……。



 そんな私を見て、そっと柔らかく、結い上げた髪を撫でてくる人物がいた。春お兄ちゃんだ。


「すみませんね。光もお祭りを楽しみたいでしょうに、僕たちの我がままを聞いてもらって」

「ううんっ! いいの! 私も、こういう思い出はいっぱい作りたいから嬉しいの。こういう雰囲気、私は好きだなー」

 お兄ちゃんたちは、どんなに忙しくても私と過ごす時間を大切にしてくれている。

 普段のべったり溺愛具合が鬱陶しいこともあるけれど、それでもやっぱり、大事にしたい時間なのだ。

 そんな私の言葉を聞いて、春お兄ちゃんも優しく微笑みかけてくる。



「俺も、好きだよ。光」



 ――っ!? ふへっ!? い、今、なんて言った!?


  いつも敬語で『僕』口調の春お兄ちゃんが、『俺』って言った!?

 しかも、敬語じゃなくてタメ口!?



 完全に油断していた私は、もう頭の中が完全に真っ白になる。

 結局、数々のとんでもないお兄ちゃんs'の行動が脳内から離れられず、その後に花火を見たかどうかも忘れてしまったのだった――。





 そんな、今日あったお兄ちゃんs'の過剰な溺愛行動。

 自宅に帰って来てからも、それぞれのシーンが私の身体中に焼き付いてしまっている。


 今日の溺愛ぶりは、いったい何だったのだろうか。

 普段からも兄たちの溺愛行動はよくあることだが、今日のは度を過ぎている。


 あきらかに、おかしい。


 そんなことを頭の中で巡らせていると、ふと机の上に置いたスマホが目に入る。

 はたと思い、急いでスマホの画面を開く。

 すると、今朝まであったはずのものがないことに気づいた。



 連絡先が、消えている……。


 ――あっ!

 あ、あーーーーーーっ!



 これ絶対、私が内緒で連絡交換したことバレてるよねっ!?

 激おこってことだよねっ!?

 だから、全力で魅力をばら撒いて、妹の記憶を上書き保存したんだよねっ!?



 お兄ちゃんたち以外のことを、全てを忘れるように。


 


 あああぁぁぁーーーー。もうダメだぁぁーー。


 せっかく伸び伸びできると思った夏休みは、これでもう消えることが確定。間違いない。


『私の肖像画を描くため一日中モデルをやらされる』だの、『私のために作った曲を一日中演奏される』だの、『私を思って作った詩や物語を読み聞かせさせられる』だの、『一日中ショッピングに連れ回された挙句にファッションショーをさせられ写真を取られまくる』だの、私が恐れている“ペナルティ”の数々が、この夏休み中に行われるのは確実だ。



 でも、それより、何よりも。



 何あれ!? 

 中学生には、刺激が強すぎるっ!!

 これは、ぜーーったい、明日は寝不足だ!

 こんな状態で、寝られるわけがなーーーーいっ!



 兄たち全員からドキドキするお仕置き体験をさせられた私。

 今回も完敗。お兄ちゃんs'には、まだまだ勝てません。

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