ホームルーム(後半)妹VSお兄ちゃんs'⑤

「金継ぎ?」


 僕が呟いたワードに対して、他の兄弟たちはキョトンとした表情で聞き返し、光は興味津々にタブレット画面を覗き込んでくる。

 開かれた画面には、金継ぎがほどこされた様々な器が煌びやかに映し出されていた。


「うん。ほら、こんな感じで欠けたところを修復するんですよ。天然の接着剤と言われている漆を使うのですが、その最後の工程で金を使うようです」

「わぁ〜! 欠けちゃったところが金ピカになってる! 凄ーい!」

「確かに、これなら見栄えもいいな」

「この継ぎ目の部分が、また新しい模様のようになっていくんだね。イイね!」

「へー。欠けることで、自分だけのオリジナルの器に変化していくってか。面白いな」

 光だけではなく、夕や薫、空たちも驚いた表情を見せ、興味深そうに画面を眺めている。

 そんな中、画面を゙見て頷きながらも、春が大事なことを投げかけてきた。


「で? これは誰がやるんです?」

「もちろん紫だろ」

「だよな。他に適任はいねーしよ」

「ですね」

「異議なし」

 即答する皆々。が、僕はぎょっとした顔を浮かべ、トンデモナイ提案にすぐさま反論意見を述べた。

「えっ⁉ ちょ、ちょっと待ってくださいよ! 僕はこれを紹介しただけであって、実際にやるのは他の人にしてください」

「何でだよ。お前、美術系専門だろ。一番適任だって」

「僕は『作品作り』に関しては、手を抜けないタイプなんです! 生半可な気持ちで取り組むのは、抵抗があるんですよ。葵の方が手先が器用でしょ? お願いします」

「いやいやっ! ちょ、ちょっと待ってくれって! 俺だって、流石にやったことねー分野にいきなり手を突っ込むのはリスクあり過ぎだって! しかも、光の大事な茶碗だろ? 失敗なんかしたくねーよ。明、パスっ!」

「ええっ⁉ 僕は、メスしか握ったことがないんだけど! 霧だったら、できるんじゃない?」

「いきなり僕に振らないでくださいよ! 僕は、万年筆より重いものは持てないくらい繊細なんです!」

「お前は、どこぞのご令嬢だっつーの。ちなみに、オレも楽器以外は無理。夕とか怜なんかが、意外にいけたりして?」

「なっ⁉ 俺なんかが、こんな緻密な作業をできるわけないだろうっ⁉」

「同じく」

「うわぁ……全滅じゃん。オレも含めてだけど。日本文化には興味があるから、『金継ぎ体験』みたいなお気楽なものだったらやってみたいけど、流石にこれには手出しはできないなぁ」


 これまで『失敗』という経験など皆無だった、九人の兄弟。

 専門外のジャンルでも、持ち前のスキルでそれとなくこなせていたため、金継ぎに関しても大まかなところまではできると思われる。

 が、可愛い妹が大事にしている器となれば話は別。『大まかなに』ではなく、『完璧に』ミッションを遂行しなければならない。

 だって、愛する妹の前で、無様な姿をさらすわけにはいかないから。

 光の前では、常に『カッコいい兄』でいたいのだ。

 ということで兄弟全員、日和状態になってしまい、話がまったく進まなくなってしまった。


 そんな互いに押し付け合いを続けている様子を見て、光が不安そうに声をかけてくる。

「お兄ちゃんたち、直せないの……?」

 大きく吸い込まれそうな瞳に、溢れそうな涙を浮かべる光。そんな姿を見て、それぞれ押し付けあっていた台詞がピタリと止まる。

「い、いや……そんなことは……」

「やっぱり、難しいんだね……くすん。このお茶碗、金ピカの模様がついたら、もっと素敵になると思うのに。お兄ちゃんたちから買ってもらったお茶碗、もっと好きになるのに……ううっ、ふぇぇ……」

「「「やらせていただきます!」」」

 あの涙を見て、誰が断ることができようか。

 結局、『九人全員が平等に失態をさらす』という条件のもと、お互いが四苦八苦しながら素人作業の金継ぎを行い、愛する妹のご飯茶碗の修復を行ったのだった――――


 ◇◇◇


「はぁ……。せっかく、今回の課外活動で光の新しいご飯茶碗を買うミッションまでこぎつけたかったのに、結局は上手くいきませんでしたね」


 家庭科部課外活動の帰り道。僕は光に聞かれないように、小さなため息を吐いた。

 すると、それを聞いていた薫と空がニヤニヤしながら僕の両肩をバシバシと叩いてきた。

「あー、なるほどね。合点がいった。だからお前、今回の家庭科部の課外活動参加の工作をしていたってわけか。小林先生に、“高いチケット”まで準備してあげて」

「あれ、手に入れるの結構大変だったんだぜ。すでに完売していたチケットだったし、オレのコネがなきゃ無理だったんだからな」

「……感謝してますよ。でも、結局、目的は達成できませんでしたけど」

「『ご飯茶碗』にこだわったのも、そのためだったんですね。まあ、別にいいじゃありませんか。光があんなに大事に使ってくれているんですから。それに、今回は光から専用の茶碗を選んでもらえたので、自分としては大収穫だと思いますけどね」

 春は、光から受け取った器を愛おしそうに触れながら、そう僕を慰めてくれる。

「そうだぞ。あんなに一つの道具を大事に使うなんて、流石は我が愛する妹」

「夫婦茶碗を買えなかったのは残念だけどな」

「僕としては『あの作品』はお粗末な物なんですよ。だから、一刻も処分したいんです。はぁ……」

「まあ、今回はミッション失敗だったが、また俺たちが光に貢げばいいだけだろう。今年の光の誕生日プレゼントは、それこそご飯茶碗にでもするか?」

「それもいいけど、僕は光に新しい浴衣を仕立ててあげたいですね」

「もうすぐ今年の『合同誕生日会』が近づいてくるな。今回は何を買おうかな〜。楽しみだな」


 当の本人には聞かれないよう、九人の兄弟はまた秘密の作戦を練るのだった。

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