二限目(2-1)家庭科部課外活動にも、お兄ちゃんたちがいっぱい!?

 木々の色がみずみずしく輝く、新緑の五月。

 長い連休も明け、新入生たちはいよいよ正式に部活動入部が決まり、どの部も活気に満ち溢れている。

 この月は大会前の集中月間ではないため、いくつもの兼部をしている生徒たちは副所属先にも気軽に参加し、各々活動を楽しんでいた。

 なので、私も『新部長』として家庭科部の活動日を週二回に増やしていろんな企画をやってみようと思ったの――――……だけれど。


「お姉様、じゃなくて、光先輩。申し訳ありませんわ。わたくし、その日はフルートの個人レッスン日でして。あと、もう一つの候補日も梅野俣家が新規に立ち上げる事業の手伝いに入らなくてはならないんですの。家族からも、『もっと王番地家の役に立つように』と言われておりまして。またの機会にお願いいたしますわ」

「僕も、ゴメンね〜。せっかくのお誘いなのにぜ〜んぜん参加できなくて。家の人間からは、前々から中学に入ったら、『遊んでばかりいないで家のことをやれ』とか、『九人の兄様たちみたいに王番地家一族としての自覚を持って行動しろ』ってうるさく言われてるんだよね〜」

「そ、そっか……。じゃあ、仕方ないね。ううん、こっちは気にしないで! また別の活動日を考えてみるね」

 二人からもの凄い勢いで謝られてしまったため、私はこれ以上何も言えなくなってしまった。


 新学期が始まってから一ヶ月も経つと、一央ちゃんと二央くんは『あの王番地先生も一目置くTwins』という噂が広まり、その活躍ぶりは一学年部を中心に注目の的になっている。

 授業中だけではなく放課後にも積極的に質問に行ったり、担当係じゃなくても自ら教師の手伝いに参加したり。部活動では、仮入部の時からもう同学年を引っ張る中心的メンバーになっていたんだって。

 一央ちゃんは、テニス部だけじゃなく英会話部にいたも参加し始めたと薫お兄ちゃんから教えてもらった。それと、フルートレッスンは空お兄ちゃんから特別に個別で受けているみたい。

 二央くんは、パソコン部とロボコン部のどちらにも所属していて、すでにアイディアコンテスト参加に向けて動き出しているんだって。あと時々、演劇部にも顔を出して紫お兄ちゃんともよく話しているって言ってたなぁ。

 なので、日によっては私よりもあの二人の方がお兄ちゃんたちと関わる機会が多いことも出始めていた。

 私ひとりだけが知らない話を、周囲の人から聞かされることもある。


 ――――――――……モヤッ。

 あれ? まただ。

 最近、ひとりで考えごとをしていると、不意に頭の奥底や心の中にスッキリしないモワモワした思いが湧き出てくることがある。

 今までこんなことはなかったのに。おかしいなぁ。体の調子がイマイチなのかな。

 でも、四月にあった学校検診では、特に引っかかってなかったはずなんだけどなぁ……。


 まあそんなことより、とにかく多忙な一央ちゃんと二央くんは、家庭科部に顔を出してくれることはあれから一度もなし。

 なので、結局はこれまで通り、私一人だけでの家庭科部の活動になってしまった。

 人数が増えたから、これまで一人ではやりづらかったこともやってみたかったんだけどなぁ。はぁ……。

 それにしても、二人とも学校生活だけじゃなくて、お家の手伝い――というより、梅野俣家や王番地家が行っている事業にも関わっているなんて。

 まだ中学生なのに。私には、全然わからない世界だ。

 二人とは学校で顔を合わせるたびに、『昨日は人脈作りのために父に伴って会合に出ておりまして。本当に大変でしたわ。光お姉……、光先輩は、どちらの会へ参加されておられたのですか? ……あら、そうですの。ゆっくりお休み出来てよろしいですわね』とか、『せっかくの休みなのに、毎回参加させられるの大変だよね〜。もっと経営学について勉強しろだなんて、凄く疲れちゃったよ。え? 光ちゃんは出てないの? 九人の兄様はみんな参加してたって聞いてたけど。いいなぁ。光ちゃんは自由があって』などと言われている。

 もちろん、二人に他意はないと思うんだけど、それでも会うたびに言われると、見えないことばに身体中を突き刺されたように感じてしまう。

 そもそもお屋敷にいた頃から、お兄ちゃんたちからは『光は何もやらなくていい』って言われていたし、王番地家の親族の人たちからは疎まれていたから、私だけ“何もしていない”ことが当たり前になっていた。

 何だか私だけ一人ポツンと違う世界に取り残されているみたい。

 でも、だからと言って私が王番地家のために何かできるわけでもない。

 ダッテ、ワタシハ、『ヤクタタズ』ダカラ――――――


 

 そんないろんなモヤモヤ感を抱えながらも、楽しみにしていた家庭科部課外活動日がやって来た。

 本当は春休み中に実施予定だったんだけど、私の引っ越し作業があったため、この五月の週末に延期になったのだ。

 けれど、やはりあの二人には参加できないとまた断られてしまった。残念だけれど、仕方がない。

 私と小林先生の二人だけの課外活動になってしまうけど、めいっぱい楽しまなきゃね。

 今回は『和食器の学習』と称して、土曜日に開催される蚤の市へ顧問の小林先生と一緒に行くことになった。

 焼き物が中心に並べられているんだって。どんな器があるんだろう。楽しみだなぁ。

 普段料理をしているため、食器を見るもの集めるもの好きなんだけど、よくよく考えてみたらそれは洋食器がほとんどだったから、和食器だけに注目したことはなかった気がする。

 課外活動日前にちょっとだけ和食器について検索してみたんだけれど、器の種類や形、素材や産地、窯元などなど、調べれば調べるほど知らないことだらけ。

 季節に合わせた食器選びや器の置き方のポイントまで、凄く細かいことが書かれてあったの。『器の顔』って表現することもあるんだって。

 お椀一つにしてもいろんな形やサイズがあることを知ったし、材料に使われている木の種類も、ヒノキやブナ、さくらやカエデ、クリの木もあることを知ってびっくりした。材質の違いによって、舌で感じる味も変わってくるのかなぁ?

 少し調べただけでこんなに興味を引く内容が出てきたから、実際に器を見たり触ったり出来たらもっともっと楽しめそう!

 というわけで、もうずっと前から課外活動日が来ることを心待ちにしていたんだけど――――



「遅いなぁ、小林先生……」


 予定時刻をすでに十分以上過ぎているにも関わらず、小林先生はまだ姿を現さなかった。私、集合時間を間違えちゃったのかなぁ……。

 でも、昨日小林先生に再確認した時は確かにこの場所だったし、時間も午後一時に待ち合わせだったはず。

 ずらりと並んだテント付きのお店には、すでに多くの人が足を運んでおり、この一帯はかなりの賑わいになっていた。

 どうしよう。小林先生の緊急連絡先はあらかじめ聞いていたから、さっき自分のスマートフォンでかけてみたけど繋がらない。

 再度辺りを見渡してもそれらしき姿はやはり見えず、私の心は焦りと不安の気持ちでいっぱいいっぱいになっていた。

 そんな重い感情に頭の中をぐるぐると支配され続けていると、爽やかな心地よい風とともに、よく目立つ黄色のツアー旗のようなものを持っている集団が目の先に飛び込んで来た。


「はいはーい! こちら、篠花学園家庭科部課外活動ツアーで〜す。本日ご参加の『キュートな♡王番地光様』はいらっしゃいませんか〜?」


 いつものあの、ウザったくも安心できる聞き慣れた声。


「…………えっ? ええっ!? な、何で!? 何でお兄ちゃんたちがここにいるのーーーーっ!?」



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