ホームルーム(後半)お兄ちゃんs’VSお兄ちゃんs'①

 私が得意気にタネ明かしを披露すると、九つの声はさらに大きな驚きの音を吐き出していった。


「うっそだろ!?」

「おい、薫! 一央はテニス部なんじゃなかったのか!?」

「そのはずだよ!? 昨日だって、練習に参加してたし!」

「じゃあ、何でこんなことになってんだよ!?」

「二央だって、パソコン部に入ってたんじゃねーのかよ!?」

「入ってるっつーの! なのに、何でっ!?」

「嗚呼……。ショックで目眩が……頭痛が……」

「霧っ! しっかりしろ!」

「光。本当にあの梅野俣の双子が入部したのですか? 幻ではないのですか?」

「そんなわけないじゃん。あの二人には、副所属の形で入ってもらったんだよ。それよりも、お兄ちゃんたちってば、何で一央ちゃんたちが篠花学園に入学したって教えてくれなかったの? 私、二人が日本に帰って来てることすら知らなかったんだよ? 早く言ってくれればよかったのに」


 目の前で繰り広げられるドタバタ騒動と茶番劇を横目で見ながら、私は溺愛兄s’に教えてもらわなかったことへの文句を口にする。

 すると、溺愛兄s’は私の文句に対して一段階トーンを下げ、何事もなかったかのようにケロリと一斉に返答し始めた。


「そうだっけ? 夕、聞いてる?」

「俺は知らんぞ」

「あ〜、そう言えば前にそんなこと言ってた気も……」

「忘れてた♡」

「俺も。ってか、別にあいつらのことはどうでもいいし」

「興味ないね」

「光のこと以外は記憶に残さないたちなのでな」

「僕たちは、光さえ側にいてくれればいいんですよ」

「ええっ!? いや、そうじゃなくて! 大事なことはちゃんと言ってよ! 報・連・相!」

「そ・ん・な・こ・と・よ・り! お兄ちゃん、光に裏切られてすっごく傷ついたなぁ〜。泣いちゃいそうだなぁ〜。その手作りマフィン食べないと、傷心の思いを癒やすことが出来ないんだけどなぁ〜」


 大げさなリアクションをしながら、私の頬にぐりぐりと頭を寄せてくる、明お兄ちゃん。

 その行動に合わせて、他の八人も同じようにめそめそと泣き真似をし始めてしまった。外から見たら、なんてシュールな光景だろうか。

 もう。どこが、『華麗なる一族の九人兄弟』よ。

 でも、このままの状態にしておくのは物凄〜くウザったいので、仕方なく私は余ったマフィンを渡すことにした。

 吹き抜けの真新しいリビングへ歩みを進め、ソファーと一緒に配置してあるガラスのローテーブルの上にペーパーバッグをポスンッと置いて、うずうずとステイをしている溺愛兄s’に合図をする。


「ど・う・ぞ!」

「「「よっしゃー! いっただきまーす!」」」


 さっきの嘘泣き表情をアッサリと捨て去り、我先にと手作りマフィンに飛びかかる溺愛兄s’。

 あまりの早変わりに私は呆れてしまうが、まあ、こんなに喜んでくれるんだから仕方がない。

 せっかくだからマフィンに合いそうな紅茶も入れてあげようと思い、飲料類が置いてあるキッチン棚へと足を運んだ。


 う〜ん、今日は何がいいかなぁ。ダージリンにしようかな。それとも、アッサムの方がいいかな。

 あっ、そういえばこの間ドライフルーツがたくさん入っているフルーツティーの茶葉を買ったから、そっちにしようかな〜。


 そんなことを考えながらお湯を沸かし、カチャカチャと全員分のティーカップの準備をしていると、急に大きな声が耳に飛び込んできた。


「ちょ、ちょっと、待ったーーーー! 数が一つ足んねぇんだけどっ!?」


 この一段とハリのある声は、葵お兄ちゃんだ。

 わなわなと震えながら、くるりと私の方へ体を向けて訴えに来た。


「光〜〜! オレの分がねーんだけど!? 何でっ!?」

「ええ……? そんなはずないんだけどなぁ。えっっと、全部で十二個作っていって、あげたのは小林先生と、一央ちゃんと二央くんで、二央くんは二種類持っていったから……あっ、確かに残りは八個だね」

「『だね』じゃねーって! オレのマ・フィ・ン! マジでねーの!? あっ、お前ら食うのストップ! ジャンケンするぞ!」


 そう言うと葵お兄ちゃんは、猛ダッシュで他のお兄ちゃんたちのところへ行ってマフィンを回収しようとする。

 一番近くにいた夕お兄ちゃん目掛けて飛びかかろうとしていたが、兄弟の中で一番瞬発力がある夕お兄ちゃんはいとも簡単に体をひらりと交わしていた。


「残念だが、俺はもう半分以上食したぞ。やはり、光の手作り菓子はいつ食べても旨いな」

「お前〜〜! 『甘い物は食わない』とか言ってたくせに!」

「ふん。光のものに関しては別格に決まっているだろうが」

「僕はこのまま食べたいけど、ずっと取っておきたい気もするから、半分切って残りは冷凍で保存しとこうかな〜」

「だったら、その半分をオレにくれよ!」


 今度は紫お兄ちゃんのマフィンに手を伸ばそうとする葵お兄ちゃんだったが、華奢な外見とは裏腹にもの凄い力で手を締め上げられていた。


「僕は神棚に飾っておこう」

「俺も保存しておきたいが、旨味が落ちてしまうからなぁ。悩みどころだ」

「確かに。でも、すぐに食べてなくなってしまうのは残念ですよね。やはり光は、時間をかけてじっくり味わいたいですからね」

「“光のマフィン”な。大事な単語が抜けるとえらいことになるぞ」

「オレ、抹茶味も食べてみたいなぁ〜。なあ、空? 交換しようぜ?」

「ヤダ。ってか、お前のマフィンの方が大きくね? オレ、やっぱそっちがいい!」


 八個しかないマフィンに対し、ギャンギャンと醜い争奪戦を繰り広げる溺愛兄s’。

 マフィンを手に出来なかった葵お兄ちゃんは、フルーツティーを入れる準備中の私の背中を抱きしめ、さめざめと泣き始める。今度は、嘘泣きではなさそうだ。


「なぁ〜、光〜。オレの分、ホントにないの? お兄ちゃん、泣いちゃうぞ〜」

「もう泣いてるじゃない」

「うう……。光が冷たい……。お兄ちゃん、拗ねちゃうからな」

「も〜。しょうがないなぁ。じゃあこれ、特別にあげる」


 お兄ちゃんを一度拗ねさせると後から大変になることを知っている私は、キッチン戸棚の奥から小さなラッピング袋を取り出した。


「はい、これ。どうぞ」

「えっ……? これは?」

「試作品のジンジャークッキー。本当はこれを新入生向けに配ろうかと思ってたんだけど、風味が強くなり過ぎちゃったから、結局マフィンに変更したの。だから、これは私のおやつ用にしようと思っていたんだけど、でも、葵お兄ちゃん食べていいよ」

「ほ、本当にいいのか?」

「うん。だって、そんなに私の作った物を欲しそうにしてくれてるから、食べてくれる方が私だって嬉しいもん」

「あ、ありがとう! 光、愛してる〜!」

「ちょ、お兄ちゃん。く、苦しいってば……」


 もの凄い勢いで、私を抱き締めてくる葵お兄ちゃん。

 私はそこから逃れようと必死に両腕を動かそうとしたが、急にベリッと大きな効果音がしたかと思うと、葵お兄ちゃんはリビング側の壁へ思いっきり投げ飛ばされてしまった。

 そして、手に持っていたジンジャークッキーは怜お兄ちゃんの手の中に。


「よし、葵。俺のマフィンをやろう。代わりに、これは俺が貰っておく」

「あっ、ズルっ! じゃあ、オレも交換してやるよ!」

「「「オレも・俺も・僕も!」」」

「お前ら〜〜〜〜! このマフィン食いかけってか、もう半分以上ねーじゃねえかっ! ふざけんなよ! それは俺が光から特別に貰ったんだからな! ぜってー渡さねぇっ!」


 今度はジンジャークッキーの争いを起こし始めた溺愛兄s’。

 もう……。ご勝手にどうぞ。


 呆れた私は、お兄ちゃんたちをリビングに放って自室に戻ると、ひとり、入れ立てのフルーツティーを楽しむのだった。


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