三限目(3-5)合同生誕祭にも、お兄ちゃんたちがいっぱい!?

 あれから、どれくらいの時間が経ったのだろう。

 ふと気がつくと、私は花さんの自室に置いてあるソファーの上で眠っていた。

 体には、ふわりとした柔らかなブランケットがかけられており、壁時計の針は既に夜の十二時を回っていた。

 室内には、ぼんやりとした灯りの間接照明だけが付けられている。

 薄暗い空間の中で、私はヒリヒリとした両目を押さえながら重い体をゆっくりと起こし、おぼろげな視界の中で花さんの姿を探し始めた。


「花さん、どこに行っちゃったんだろ……。はぁ……。やっぱり、急に泊まりに来ちゃったから、迷惑だったよね……。お兄ちゃんたちは、今頃どうしているのかなぁ。凄く、怒っているんだろうな……」


 誰もいない空間で、途切れ途切れに出てくる独り言。

 すると、ソファーの背もたれ付近から、ひょいと顔を覗かす七人の小人……ならぬ、九人の大人が現れた。


「光、大丈夫? あっ、目をこすっちゃダメだよ」

「そのままの状態でいると、腫れてしまいますよ。この冷やしたタオルを使ってください」

「そうそう。あと、急に起きるとしんどいでしょ? まだ寝ていて大丈夫だよ」

「寒くない? ブランケット追加で持ってきてもらおうか?」

「温かく蒸らしたタオルもありますよ。冷やすだけじゃなくて、温めるのも大事だそうです」

「むくみを取るには、目の周りのマッサージもいいそうだ」

「ついでに、肩のマッサージもする? 今日一日大変だったでしょ?」

「あっ、喉も渇いてない?」

「必要な物があれば、花に言って持ってきてもらうぞ」

「あ、ありがとう……って!? な、何で!? 何で、お兄ちゃんたちがここにいるの!?」


 無意識に手を伸ばしたその先には、いつもの優しく微笑みかけてくれる九人の兄たち。

 薄暗い中にたった一人取り残されているように感じていた空間が、あっという間に賑やかさを取り戻していく。

 いつもの全員の姿を見て、驚きと安堵の気持ちに包まれた私だったが、同時に、心の中に罪悪感が急激に襲ってくる。

 そのため、私は反射的に体全体をブランケットですっぽりと覆い隠し、うずくまるような姿勢を取ってしまった。

 年に一度の大事な日に、お兄ちゃんたちを欺くようなことをしまった私には、その優しく見つめてくれる眼差しを真正面から見ることが出来なかったから。


「光っちゃ〜ん? 出っておいで〜」

「その可愛いお顔を、お兄ちゃんに見せてほしいな♡」

「今日はもう半日以上、光りんに会えなかったから、お兄ちゃん、光りん欠乏症になってるんだよねぇ」

「…………」

 薫お兄ちゃんと空お兄ちゃん、明お兄ちゃんが、ブランケットの外側から明るい声で呼びかけてくる。

 お兄ちゃんたちのその明るい声は、どんな時でも私の暗く落ち込んだ気持ちを上昇させてくれるのだが、今日に限ってはいたたまれない気持ちの方が上回る状態になっていた。


「光、大丈夫だから」

「そうですよ。今回の件は、光のせいではありませんよ」

「ああ。別に俺たちは何も怒ってないし、気にしなくていいんだぞ」

「……………………ごめん、なさい」 

 紫お兄ちゃんと春お兄ちゃんからはそんな優しい声をかけられ、夕お兄ちゃんからはブランケットの上からそっと頭を撫でられる。

 ダメだ。もっと、お兄ちゃんたちにはちゃんとした言葉で謝らなきゃいけないのに、わずかな言葉しか出てこない。

 ようやく引っ込んだ涙が、また溢れかえりそうになってきた。


「光、今日はごめんな。せっかく俺たちの料理を作って待っててくれてたのに、生誕祭に間に合わなくて」

「前日から、ケーキも用意してくれていたんですよね。今年はレアチーズケーキだと聞いて、楽しみにしていたんですよ」

「俺もだ。毎年、光がこの日のために作ってくれる料理を心待ちにしていたのだが、変なことに巻き込まれてすまなかったな」

「そ、そんなことない! わ、私が、私のせいで、お兄ちゃんたちが……」

 今回の件は私が原因なのに、葵お兄ちゃんや霧お兄ちゃん、怜お兄ちゃんは、逆に申し訳無さそうにしてくる始末だ。


 ごめんなさい。ごめんなさい。

 こんな時に、泣くだけなんてまた一央ちゃんからは『甘えだ』なんて言われてしまいそうだけど、どうしても涙が止まらない。

 泣いているだけじゃ、ダメなのに。

 お兄ちゃんたちの役に立たなきゃ、ダメなのに。


 私はせめて、泣き声は聞かれないようにとブランケットの中で必死に声を押さえようとしていたが、わずかな声の違いだけでもすぐに気づくことができるお兄ちゃんたちには、隠し通すことなどできず。

『大丈夫?』『辛いならお兄ちゃんの胸で泣いていいんだよ』『抱きしめてあげる』など、いつもよりさらに多くの甘い言葉が、私の元へと降り注がれた。

 そんな状態がしばらく続いていると、扉の外からトントンと音が聞こえ、優しい香りを携えて、花さんが部屋の中へと入って来た。


「光ちゃん〜? もうこんな時間だし、そろそろベッドルームに行きましょうか。これ飲んだら、きっとぐっすり眠れるわよぉ……って、アンタたち、いつの間に来てたのっ!? コラッ! そんなにまとわりついてちゃ、光ちゃんが心の整理が出来ないじゃない! 暑苦しい男たちだねぇ。ほら、離れて! 離れて!」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る