六限目(6-3)終業式でさえも、お兄ちゃんがいっぱい!?
――――ダンッ!!!!
部屋中の空気を切り裂くような鋭い声。
と同時に、重厚な書斎の扉が瞬く間に蹴破られ、九人の兄たちが一斉になだれ込んでくる。
それぞれの顔には、見たこともないくらい赤く激昂した五つの表情と、青く静かな、しかし身も震えるような四つの表情が浮かんでいた。
「……騒々しい。お前たちは呼んでいない。出ていけ」
大旦那様は目の前に急に現れた光景に一瞬だけ怯んだ様子だったが、すぐにいつもの淡々とした口調で突き放した。
しかし、怒気を帯びた九人の兄たちは大旦那様に対して立て続けに激しい思いをぶつけていく。
「ハッ、出ていくとも! この部屋だけじゃなく、光と一緒に王番地家そのものからなっ!」
「ということで、オレたちも養子縁組を解消するからよろしく」
「お互いのために、“円満に”協議離縁といきましょうか。離縁調停や離縁訴訟なんて、一族の恥でしょ?」
大旦那様から私の姿を覆い隠すように、囲い込む形で目の前に立つ葵お兄ちゃんと明お兄ちゃん。
怜お兄ちゃんは、フレームレスメガネをくいと上げ、睨みつけるように前を見つめていた。
「――なっ!? 断りもなく勝手に入ってきたかと思えば、何を馬鹿なことを言っておる! お前たちには関係のない話なのだぞ! だ、だいたい、誰が、ここまでお前たちを育ててきたと思ってるのだ!」
お兄ちゃんたちのとんでもない主張に、流石の大旦那様もギョッと驚く反応を示す。
しかし、お兄ちゃんたちの主張、九つの口撃は止まることを知らず、さらに言葉を重ねていた。
「育てた、ねぇ……。金だけ出しただけでしょ?オレたち、誰もアンタに育ててもらったなんて思ってないし。だいたいアンタだって、オレたちの“外側”に関心があっただけで、内面のことなんかこれっぽっちも興味ないでしょ? ってか、知らないでしょ」
「そっそー。『親父』なんて名で呼んでるけど、アンタを父親だと思ったことなんて一度もねーよ。紙切れ一枚の、ただの関係。だけど、光ちゃんはアンタを父親だと思って接していたがってたよ。……本心からアンタを家族と欲していたのは、光ちゃんだけさ」
心の内側を切り裂くように答える、薫お兄ちゃんと空お兄ちゃん。
私の両手は、いつの間にかお兄ちゃんたちの優しく、温かい手に包まれていた。
「な、何をたわけたことを……」
「光だけですよ。光だけが、貴方を家族として見てくれているのです。知らなかったでしょ?」
「僕たちの存在意義は、光から生み出されたものだ。暗闇を照らしてくれる“光”がなくなったら、何も見えなくなる。自ずと僕たちも消える」
霧お兄ちゃんと紫お兄ちゃんは、哀れみと寂しさを感じさせる声で語りかける。
その言葉を聞き、私は瞳からぽろぽろと流れるものを抑えることができなかった。
「ふざけるなっ!! お前たちは、この王番地家の後継者候補なのだぞ! それを――」
「そんなものに興味はない。大体、貴方もわかっているはずだ。この家に『本当に必要な者は誰』なのか」
「先を読む力、バタフライ・エフェクトを感じ取れる者。我々凡人には持ち得ようもない神秘な力。それを手放して本当に良いのですか?」
夕お兄ちゃんと春お兄ちゃんは、『私の力』について、すでに大旦那様の考えを見透かしているかのように問い詰めていく。
「うぐっ……。し、しかし、其奴は結局のところ欠陥品だ! 持っている才を発揮させようともせずに腐らせ、挙げ句の果てにはコントロールすらできていないのだぞっ!」
“欠陥品”
その言葉を聞き、私は全身をビクッと強張らせる。
不要なもの。できそこない。
また、捨てられる――――
しかし、その言葉以上に、目の前にいる兄たちの表情を見て、私はさらに動けなくなってしまった。
怒ってる。
書斎に入ってきた時のそれよりも、ずっと。
今まで見たこともないくらい本気の怒気を放つ九人の兄たちは、静かに、でも、奥底へと響き渡らせるような声を大旦那様へ降り注いだ。
「……それ以上、口汚い言葉を出すなら容赦しねーぞ。テメーこそ、何も知らないくせに」
「だーれが、欠陥品だって? 鏡見ろよ」
「ほんと、これだから孤立するわけですよね」
「まったくだ。素直になりゃいーのに」
「威勢を張ってるけど、怖いだけだろ? 光に自分の結末を、『弱さ』を見られるのが」
「ったく。光はアンタのために頑張って努力してくれてるってのによ」
「貴方は本心では恐れていたんでしょ? 最初は光の力を王番地家発展のために利用しようと思ってたんでしょうが、あまりにも“見え過ぎる”その力に対して不安を抱いた。だから、その力を別の方面へ使えるよう促した」
「でもね、光は本来持っている力とは別に、無意識に相手の望んでいることを掴むことができるんですよ。僕たちは『普通の家族』を望んでいたから、光は『普通の妹』として、どんな時でも僕たちが望むような接し方をしてくれた。わざとらしくなく、自然に。それが、僕たちにとってどんなに大きなモノになったか」
「アンタは無意識に光の力を恐れ、自分の行く末を見られないよう望んだ。光はそんなアンタの思いを敏感に感じ取った。光はな、持っている力を使わなくなったわけじゃない。腐らせてたんじゃない。力を発揮しないよう閉じ込めてたんだ。『普通』であろうとしたんだよ。全部、アンタのためになっ!」
「なっ…………」
九人の言葉を聞いた大旦那様は、声を詰まらせ、喉を抑えるように息を荒々しく吐き出す。
私は、眼前に壁のように立つ兄たちの身体の隙間からそっと大旦那様の様子を見てみると、目を見開き、顔全体を強張らせているように感じられた。
「貴方は、これまで何もわかろうとしなかった。見ようともしなかった。すべて『王番地家のため』という壁を作って。でも、貴方自身にとっては何が必要ですか? 何が本当に大切ですか? 『自分自身のために、本当に大事なものは何か』、もう一度よく考えられた方がよろしいですよ? それでは」
そう言うと、お兄ちゃんたちは私をそっと、大事に大事に抱え上げ、そのままお屋敷を後にしたのだった――――――
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