六限目(6-2)終業式でさえも、お兄ちゃんがいっぱい!?
今は完全なる“お邪魔虫”な私だが、五年前のあの時、初めて顔を合わせた時は私の不思議な力を見て興味を示してくれた大旦那様。
そして、その特技を生かそうしたのか、私を引き取ってからは囲碁や将棋といった棋士の世界へ導こうとした。
兄たちとはまた違った分野で才を披露することで、王番地家の裾野をさらに広げようとしていたらしい。
当時の私は何もわからなかったが、言われるがままその世界へと飛び込んだ。
すべては、大旦那様に喜んでもらうために。
でも、ダメだった。
私には、無理だ、
あの世界へは、入れない。
理由もわからず飛び込んだ、特殊な世界。
そこでは、対局一つ一つに人生のすべてをかけるかのように神経を尖らせ、死にものぐるいで練習を繰り返す。
相手に負けるとすべてが崩れ去ったかと思うほどの涙を流し、一つ勝つことでさらなる熱身を高めていく。
一戦一戦にかける情熱の深さ、そして重みを、あの空間全てに広げていたのだ。
――――でも、私は違った。私は、あの
だって、練習しなくても、何もしなくても“見えてしまっていた”から。
何もせずとも、勝ててしまう自分。
周りはちやほや称賛してくれていたが、自分の実力で勝ち取ったものではないため、何も実感がわかなかった。
むしろ、いたたまれなかった。
あんな魂をぶつけ合う世界に馴染めるわけでも、情熱をそそげるわけでもなく、ただ“見える方角”へ指を動かしていただけの私。
対局後に感想戦を行っても何も言葉を出すことができず、ただ黙り込むだけの私。
最初は褒め称えてくれた周囲も、私の不可思議な態度を見て気味の悪さを感じたようで、向ける視線はだんだんと奇異なものへと変わっていった。
周りとの温度差、そして向けられる視線に重苦しさを感じ、ついに私はその世界から逃げ出してしまった。
そんな私を見て、大旦那様はたいそう呆れ、以後、関心を向けることはなくなったのだった。
暗い気持ちのまま昔のことを思い出しながら歩いていると、大旦那様の書斎の扉が見えてきた。
その入口を見ただけで、体が強張る。
でも、無理やりにでも体を動かさなければならない。
私は深く、ゆっくりと呼吸をして扉を軽く叩いた。
コンコンコンッ
「入れ」
「……失礼します」
何度来ても、緊張する。
恐る恐る入室すると、木製のロッキングチェアに体を預けていた大旦那様がギロリとこちらへ顔を向けた。
きっと、前置きもなく、おそらくあの話をいきなり出されるのだろう。
「お、大旦那様。お久しぶりでござ……」
「挨拶など必要ない。時間の無駄だ」
有無を言わせず、ピシャリと閉じられる会話。
その断言するような言い方に、私の心臓はいつもどくどくと嫌な音をたてる。
これから告げられるであろう、最後通告。
深く、えぐられるような言葉が私の耳へと降り注ぐはずだ。
――――嫌。聞きたくない。
でも、私には耳を塞ぐ手段も、そんな権利も与えられていない。
「手短に聞く。お前の今後の進路の件についてだ。この間行われた三者面談の内容は、既に文面で把握している。その時、お前は進路について“未定”と答えたそうだな。私が以前勧めたように、再び囲碁や将棋のようなプロの世界を目指すことはないのだな?」
――――やっぱり。
私の不甲斐ない状況を見て、大旦那様はいよいよリミットをかけようとしている。
三学期に行われた三者面談も、結局大旦那様が参加することはなく、私の家だけまたもや二者面談で終わっていた。
その時に、再び話題に上がった進路の話。
今後のことについては、無理やりにでも捻り出さなきゃいけないことはわかっていた。
だから、あの一月のラーケーションでの経験が役に立つと思っていた。
――――でも、“見えなくなった”真っ黒な道。
あの光景が脳内にこびりつき、進路のことを考えようとしてもすぐにフタを閉じてしまっていたのだった。
どうしよう。
どうしたら、いいの…………?
「王番地家は、代々優れた者だけがその名跡を名乗ることができる。つまり、凡庸なままでは、我が一族の者として値しない」
質問に答えず俯いたままの私を見て、痺れを切らした大旦那様は、さらに言葉を重ねてくる。
私は、両手でスカートの裾をぎゅっと握り、ただただその言葉に頷くしかないのだった。
「…………はい。存じております」
「その上で、もう一度だけ聞く。お前はその独特な個性を、王番地家のために使う気はないのだな?」
「…………」
「答えろ。お前の力は、王番地家のためになるのか、ならないのか」
「…………大旦那様には、これまで何不自由なく育てていただき、大変感謝しております。でも、でも……私には無理、です。私は、私には、何も……できません」
声が、出ない。
息が、詰まる。
一言を出すだけでも、こんなに苦しくなるなんて。
途切れ途切れになりながら返答する私を見て、大旦那様の表情はより一層険しさを出していた。
そして、ついにあの言葉を宣告される。
「……わかった。それでは、お前は義務教育が終わった段階で、我が王番地家の養子縁組を解消とする」
有無を言わさぬ、その命令。
予想はしていたけれど、やはり実際に突きつけられると、心の奥までその鋭い痛みが突き抜けていく。
まぶたの裏から、大粒の、止めることが出来ない波が溢れかえってきた。
わかっていた。
こうなると、予想はしていた。
でも、でも、私は――――――――
「やっぱ、何もわかってねーな。アンタ」
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